2024年11月10日(日)、NPO法人 日本心不全ネットワーク / アストラゼネカ株式会社 メディカル本部共催の市民公開講座が、ビジョンセンター東京八重洲とオンラインのハイブリッド形式で開催されました。普段はあまり聞くことのできない、発症から治療までの経緯や思いをお二人の心不全患者さんご自身に語っていただきました。また、地域のかかりつけ医、そして心不全療養指導士としての観点から、心不全と向き合うためのヒントや心構え等を医師、薬剤師の登壇者にお話しいただきました。
「隠れ心不全」にできるだけ早く気付くためには
気を付けたい症状と定期的な検査の重要性
総合座長 かわぐち心臓呼吸器病院 副院長 佐藤 直樹 先生
医療法人社団みやび 理事長 渡邉 雅貴 先生
聖マリアンナ医科大学病院 治験管理室 主任/心不全療養指導士 土岐 真路 先生
患者 Fさん(栃木県在住・70代男性)
患者 Aさん(東京都在住・80代女性)
まずは、心不全が徐々に悪くなっていったFさんと、ある日突然倒れて生死を彷徨ったAさん、お二人の心不全患者さんにお話を伺いました。患者さんの体験談の後には、それぞれのポイントを座長の佐藤先生や渡邉先生、土岐先生にコメントいただきました。
病気になって気付いた早期発見と治療の大切さ
Fさん: 栃木県宇都宮市で建設会社を経営しています。症状が現れはじめた当時は、現場で作業しているときに少し息切れを感じ、それが階段の昇り降りのときにも起こるようになりました。また、夜寝ているときに胸が締め付けられるような苦しさを覚えるようにもなりましたが、昼間でも苦しくなり、そこでやっと病院に行きました。
受診するまでは心臓が悪いとは思っていませんでしたが、病院で心不全と診断され、薬の処方を受けました。その後、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら、だんだん悪くなっていく中でいくつか転院し、大きな病院に行かないとダメだということになって、心臓の専門病院にお世話になりました。
Fさん: 入院する頃にはかなり重症になっていて、車から降りて、家の玄関まで歩いていくのも苦しかったです。今後の仕事や生活について不安を感じ、また治療してもあまり改善は見込めないのではと思っていました。しかし、退院後帰宅し、いろいろな日常動作をし始めると、前は椅子から立ち上がるのも大変だったところ、すっと立ち上がって台所で立って料理等ができるようになりました。
体が動くようになったので、少しずつストレッチもできるようになり、筋力をつけるよう心掛けていきました。元々日光の戦場ヶ原の木道を歩くのが楽しみでしたので、久しぶりにやってみたら、かなり歩けるようになっており感動し、心臓が良くなったことが実感できました。
こんなに悪くなってしまった私でさえ、心臓の専門病院で適切な治療をしていただいて元気になることができました。
佐藤先生:Fさんの心臓の機能に影響を与えていたのは不整脈で、脈が非常に速く(頻脈)、わかりやすく言うと、夜中も含めてずっと走り続けているような状態でした。それが何カ月、何年も続くと、当然心臓はくたびれてくるので、機能が悪くなります。その不整脈を止めることによって、心臓の機能がある程度回復したということです。より早く気付いて早く治療を受けることで、心臓の機能自体も戻りが早くなります。 いまのFさんのお話の中で、心不全の症状として必ず知っておかなければならないポイントがあれば、渡邉先生教えていただけますか。
渡邉先生: 心不全には、徐々に進行し悪化する場合(慢性心不全)と長期間潜伏していて突然発症する場合(急性心不全)がありますが、症状で注意いただきたいキーワードには「胸の締め付け感」があります。こうした症状がある場合、受診すると狭心症や心筋梗塞を疑われて検査を受けると思います。しかし、慢性心不全の場合、心電図検査では異常が発見できないこともあります。何か症状があって受診した際は、いつもと違うということを医師によく説明し、心電図以外にも詳しく検査してもらうことが診断への近道になるかもしれません。
救急処置を受け、生還して思うこと
Aさん: 日曜日の朝、新聞を取りに二階から階段を下りる途中、あと2、3段を残した辺りで意識を失い、滑り落ちました。異変に気付いた家族がすぐに救急車を呼び、到着するまでの間、出勤前だった消防士の孫が気道確保や心臓マッサージ、人工呼吸をしてくれましたがこれが救命につながったと後に聞きました。病院に搬送後、救急処置までにすでに1時間半が経過し、救急車内でAED(自動体外式除細動器)を使用しても心臓は動かず、非常に厳しい状態でした。
しかし処置中、私の体に反応が見られ、脳にも少しずつ血液が流れ始めていたことで、先生方は可能性を感じ、すぐにECMO(エクモ)*1やImpella(インペラ)*2を導入してくださいました。そのおかげで心臓が再び動き始め、他臓器の数値も安定に向かいました。その後2週間眠り続け、やがて自発呼吸ができるようになりました。
*1 「体外式膜型人工肺」。生命を脅かすような重篤な状態のとき、呼吸機能や心機能を補助するために、人工肺によって酸素と二酸化炭素の交換(ガス交換)を行い、血液ポンプで体内を循環させる機器
*2 「補助循環用ポンプカテーテル・経皮的補助人工心臓」。心臓の動きが極端に悪くなったとき、心臓が血液を全身に送り出す機能を補助する超小型ポンプを内蔵したカテーテル装置
Aさん: その後の検査で「拡張型心筋症」と診断されました。一般病棟に移りリハビリを開始しましたが、全身の筋力が低下し、スプーンを持つことも重く感じられるほどでした。しかし、リハビリのおかげで杖をつきながらも歩行できるようになり、後遺症もなく1カ月半で退院できました。退院時には植え込み型除細動器(ICD)を体内に埋め込んでいただき、安心して自宅に戻れました。
私は以前から不整脈があったのですが、健康診断で日常生活には問題ないと言われていました。今思えば、自分の健康を過信していたのかもしれません。不整脈のある方には精密検査を受けることをおすすめしたいと思います。
佐藤先生: 人間は心臓が止まったら1分経つごとに10%近く助かる方が減っていくと言われています*3。ですから、分刻みでとにかく早く蘇生をしなければいけない。 土岐先生、今のお話を聞いて特に皆さんに伝えたいことは何でしょうか。
土岐先生: Aさんのお話の中で「AED」というワードが出てきました。心臓の中で悪い不整脈が起こったとき、電気ショックで不整脈を止めて心臓を動かす機械ですが、コンビニや交番等に設置してあります。例えば皆さんが駅等で急に倒れた人を見かけた場合、救急車を呼ぶこととAEDを持ってくることは誰にでもできるということはぜひ覚えておいていただきたいと思います。
佐藤先生: Aさんは健康診断で不整脈と言われたということでしたが、胸部X線検査も心電図検査もそれなりに進行した状態でないと異常が見つからないことがあります。こうした「隠れ心不全」の状態により早く気付くために、人間ドックの血液検査のオプションにあるBNPやNT-proBNP*4といった、心不全かどうかある程度推測できる検査を積極的に受けていただくことも必要だと思います。
心不全には4つの段階があると言われています。まず高血圧や糖尿病といった生活習慣病がある段階、それを放っておくと心臓の機能が落ち始める「隠れ心不全」の段階になりますが、検査を受けないと気付づけません。その後、息苦しさやむくみ等の症状が出てくると3段階目に入り、この時点で初めて自分は心不全だったとわかる人も多いです。そして、治療を止めてしまう等によって、後戻りできない、命にかかわる4段階目に至ります。*5
このように心不全には悪化を予防できる段階がいくつもあるのだということ、健診・検査をしっかりと受けて、自分の心臓は自分で守るということは知っておいていただきたいと思います。そして、何か気になる症状があったり、不整脈に限らず健診で何か異常が指摘されたりしたときは、専門の医療機関を受診し適切な検査をしてもらってください。
*3 AHAガイドライン2005
*4 BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)、NT-proBNP(ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)。ともに心臓への負荷が増えると血液中に分泌される慢性心不全のリスクを測る検査項目
*5 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)
心不全を理解し、向き合い、日常を過ごしていくために、知っておきたいこと
第2部は、心臓の専門病院と患者さんをつなぐクリニックの院長で、循環器内科専門医の渡邉雅貴先生と、患者さんの生活全般のサポートを行う心不全療養指導士で、薬剤師でもある土岐真路先生に、それぞれのお立場から患者さんに知っておいていただきたいことを伺いました。
心不全と上手に付き合っていくために。
『心不全を克服するための正しい知識』
【演者】医療法人社団みやび 理事長 渡邉 雅貴 先生
高血圧は心不全の第一歩
心臓の働きについては、前負荷と後負荷に着目して考えるとよく理解できます。心臓の前負荷とは、血液を体中から吸引しているときに心臓にかかる負荷です。後負荷とは、心臓がポンプとして血液をぐっと送り出したときに心臓にかかる負荷です。この後負荷は、皆さんがよく知っている血圧になります。高血圧とは、心臓が血液を送り出したときにかかる負荷が高い状態のことで、心不全への第一歩になります。
先ほどから話があるように、心不全はなかなか診断がつかない場合があります。なぜかというと、心不全は症候群、つまり、いろいろな病気(症候、症状)の集まりだからです。私は日ごろから、心不全を診るときに1番大事なのは「病気ではなく“病期”(ステージ)を診る」ことだと言っています。
自分の心不全ステージを把握しておく
心不全の病期分類には2種類あります。息が苦しいか等、症状の程度により分類したものがNYHA分類です。非常に苦しいのはⅣ、それほど苦しくないのはⅠです。一方、心不全の重症度で分類したものがACCF/AHAステージ分類で、非常に重い段階はD、軽いものはAで、(心不全の症状はないが)血圧が高かったり糖尿病を患っていたりする場合はAです。これらの分類の大きな違いは、NYHA分類の場合は ⅣからⅢ、Ⅱ、Ⅰへと戻る場合もありますが、ACCF/AHAステージ分類の場合は、ステージが一度上がると元には戻れないことです*6。だからこそ、患者さんは今自分がどこのステージにいるかということをしっかりと認識することも大事です。
なお、ACCF/AHAステージ分類でステージC以上は症状が出ている段階ですが、この段階の心不全患者さんの数は、日本では2025年頃には130万人に達すると言われています*7。
ところで、心臓の筋肉、心筋は細胞分裂を行わないことが特徴で、心肥大といって心臓が大きくなることもありますが、これは生理的な肥大によるもので心筋細胞は再生しません。つまり、心臓を働く馬に例えると、一度悪くなってしまったら、ムチを入れる(強心薬)か、先ほど言った前負荷という荷を減らす(血管拡張薬)か、速度を落とす(β遮断薬)か、最後は新しい馬に乗り換える(心臓移植)かが治療選択肢となってきます。
医師も患者さんも知っておきたいGDMT
とはいえ、心不全の治療法は日進月歩、どんどん変わってきています。薬も良いものがどんどん出てきていて、診療ガイドラインで推奨されている薬物療法(GDMT、guideline-directed medical therapy)も新しくなっています。早期にGDMTを開始することで、死亡率や再入院率の低下が期待できると言われています*8。皆さんには、お近くでしっかりとガイドラインを勉強してらっしゃる医師にかかることをおすすめしますし、患者さんから先生に、私も一緒にガイドラインを勉強します、と言っていただけると良いと思います。
*6 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)
*7 Okura Y, et al. Circ J 2008; 72: 489-91
*8 JACC journals, VOL. 83, NO. 15, 2024
食事や環境等、自分らしい日常をサポートする、
『あなたに寄り添う“心不全療養指導士”』
【演者】聖マリアンナ医科大学病院 治験管理室 主任/心不全療養指導士 土岐 真路 先生
心不全は急激な悪化を繰り返す
日本人の死因の最多はがんですが、心臓の病気は2番目、がんに次いで亡くなる人が多い病気です*9。しかし、がんと診断されると患者さんは非常にショックを受けるものの、心不全と診断されても「ピンとこない」患者さんは多いようです。日本では一般の人の中でまだまだ浸透していない病気と言えるのではないかと思います。
この2つの病気によって患者さんが元気を失っていくイメージを比べてみますと、がんはステージが進んでも比較的長期間元気で、最後ガクンと体の調子が悪くなり亡くなることが多いと思います。一方で心不全は、苦しくなって入院されますが、退院するときはスキップして帰られるぐらい元気になります。ただし、薬を飲まなかったり、暴飲暴食や、インフルエンザ等の感染症にかかったりすると、すぐにまた悪くなります。回復後に急激な悪化を繰り返しながら元気を失っていくのが心不全で、この悪化を予防することが非常に重要です。
なお、心不全では退院直後3~6カ月間ぐらいが実は1番危ない時期と言われ、再入院や死亡のリスクが増加すると言われています*10 。心不全の悪化には、図の赤いバーで示したように意外と生活に関連する要因が影響することもあります*11 。こうした生活で気を付けたい部分について、ぜひかかりつけ医や心不全療養指導士(後述)に手伝わせていただきたいと思います。
悪化を防ぐ4つのポイント
心不全を悪化させないためにやっていただきたいことの、代表的な4つを挙げます。まずは「食事の管理」。バランス良く召し上がっていただくのが大事です。心不全患者さんの塩分量は1日6g未満が推奨*12 されていますが、好きなものを全部諦める必要はありません。管理栄養士や心不全療養指導士と、帳尻を合わせる方法を一緒に考えていきましょう。
2番目は、「しっかり薬を飲む」ことです。心不全は1つではなく、複数の薬を使う場合がどうしても多いです。その患者さんに最も適した薬を使うようにするのは医師と薬剤師ですが、4、5種類、場合によってはそれ以上になったとしてもそこは嫌がらずにきちんと服用していただければと思います。3番目は、「自分の体調をチェックする」こと。体重や血圧ですね。そして4番目が「運動」です。ポイントは2つ、筋トレと有酸素運動、これをバランス良く行うことです。また、脚は第2の心臓と呼ばれるぐらい、多くの血流を心臓に戻してくれる役割があるので、脚に筋力をつけていくのは大切です。ただし、闇雲に運動するのは少し危ないので、まずはご自分の心臓の状態にあった強度で行うために主治医の先生や理学療法士にご相談ください。そのうえで、座ってできる筋トレや、さらに可能な場合は、汗をかくような散歩や自転車等の運動をしていただければと思います。
心不全療養指導士を頼ろう
私は心不全療養指導士という、心不全の皆さんの療養生活に寄り添う医療従事者が取得する資格を持っています。私のみでなく認定者は全国に5000人ぐらいいます*13。皆さんの食事や体調管理、運動、薬のことや今後どうやって生活していけばいいか等、社会保障のことまで一緒に考えますので、ぜひ私たち心不全療養指導士も頼っていただければと思います。
*9 厚生労働省:令和4年人口動態統計の概況
*10 Am J Ther. 2018 Jul-Aug;25(4):e456–e464.
*11 M Tsuchihashi et al.Jpn Circ J 2000 64:953-959
*12 急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)(日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン)
*13 一般社団法人日本循環器学会 心不全療養指導士名簿
今回の講座では、心不全とはどういった病気か、そのリスクに早く気付くために重要なこと、心不全とうまく付き合っていくポイントについて知ることができました。私たちが寝ている間も休まず動き続ける心臓だからこそ、定期的な検査等を受け、その健康には日ごろから気を付けていくことが大切です。
Spotlight on Heart Failure/日本循環器協会、アストラゼネカ
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