自動車の電動化(EV/HEV)が、急速に進行している。メーカー毎でここへ対応する戦略は異なるものの、全体の流れとして、動力源を内燃機関系からEVなどのバッテリーを利用したモータにしていく動きがあるのは論を待たない。以前は1台の自動車に6inchウェハ1枚分ほどのサイズだった車載半導体の数も、EVの時代を受けて8inchウェハ1枚を超えるほどにまで増えている。その中でEVにおいて大きな重要性を占めるのが、パワー半導体である。自動車向けのパワー半導体の動向について、インフィニオン テクノロジーズ ジャパンの竹谷 英一氏にお話を伺った。

  • 竹谷 英一氏

    インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社
    オートモーティブ事業本部 シニアスタッフ エンジニア
    竹谷 英一氏

EVの波で高まるIGBT/SiCへの期待。半導体メーカーの対応状況は?

パワー半導体スイッチ素子は⼤きくSiベースのMOSFET/IGBT、ワイドギャップ半導体を用いたGaN HEMT/SiC MOSFETなどに分類することができ、それぞれが異なる特徴を持つ。

MOSFETとGaNは、耐電圧や扱う電力は比較的低いものの効率性に優れるのが特徴で、ECUやメーターのバックライトなどを含めたいわゆる電源系で利用される。一方のIGBTやSiCは、効率性はやや落ちるものの数千Vに達する高い耐電圧と数百Aの駆動電流を誇るもので、こちらは大出力が求められるモータの駆動や制御で多く利用される。EVの波を受けてこのIGBTやSiCへ向けられる期待が強まっているのだが、では、半導体メーカーはここへどう対応しているのか。

たとえばInfineonの場合、2011年という早い段階から、IGBTをベースとしたさまざまな製品をリリースしてきた。図1はInfineonの車載対応パワーモジュールのラインアップで、最下段の「EasyPACK™」ソリューションは、産業用機器やルームエアコン、無停電電源、EV充電ユニットなどにも適用されている。中段の「HybridPACK™ DSC」は両面冷却(DSC:Double-Side Cooling)を実現したシリーズ。そして自動車向けフレーム型パワーモジュール製品としては「HybridPACK™」シリーズを提供しており、2011年にHEV/EV向けに「HybridPACK™ 1」を発表して以来、より大電力動作に対応した「HybridPACK™ 2」と進化を続け、2019年には「HybridPACK™ DSC S1/S2」を提供。さらに、2016年より車載専用のテクノロジーチップを搭載した水冷型モジュールである「HybridPACK™ Drive」も発表している。

  • Si / SiCのポートフォリオ

    図1

モータの出力も今述べた変遷の中で大きく向上。2010年代に初めてEVが出たときは100kW未満のモータが主流だったが、現在では100kW超えがごく普通になってきている。さらに、ここ数年は高級車あるいはスポーツカーなどで最大200kWを超える大出力のモータを搭載する動きも顕著に。こうした流れと合わせるように、Infineonは2021年5月、最大300kWに対応できる「HybridPACK™ Drive CoolSiC™」という新製品を投入。同製品は、大出力という側面にくわえ、Infineonにとって初の「自動車向けSiC製品」として話題を呼んだ。

大出力に対応すべく、IGBTからSiCへとシフト。課題は「コスト」

ここでIGBTとSiCのそれぞれの特徴について解説しておこう。まずIGBTはInsulated Gate Bipolar Transistor(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)という名前のとおり、入力段にMOSFETを配し、出力段をバイポーラトランジスタとしたデバイスである。ベースとなるのはシリコンで、高耐電圧と大きな駆動電流能力を実現することが可能。また、既存のCMOSの半導体製造ラインと互換性が高いこともあって、コストを抑えて大量生産できるというメリットもある。ただし耐電圧や駆動電流にはシリコンに由来する限界がある。またバイポーラトランジスタを利用することから、閾値電圧以下は電流が流れずI-V特性が直線にならないことや(図2)、ターンオフ時間が長いといった課題もある。

  • IGBTとSiC比較

    図2

これに対してSiC MOSFETはSilicon Carbide(炭化ケイ素)を利用した素子で、シリコンに比べて絶縁破壊電界強度が10倍、バンドギャップが3倍となるため、IGBT以上に高電圧/高出力へ対応することが可能。熱伝導度も高いため放熱が容易で、同じ絶縁特性であれば絶縁層(ドリフト層)をシリコンより遥かに薄くすることができる。結果としてシリコンベースのIGBTと比較すると回路オン時の抵抗に由来する導通損失をかなり下げられる。また、IGBTと違いSiC MOSFETではユニポーラデバイスとして構成できるため、I-V特性が直線的になるという利点もある。図2の右側のグラフは、IGBTとSiC MOSFETのI-V特性を比較したもので、400A以下の範囲で見るとSiC MOSFETはIGBTよりもスイッチングに要する電圧の損失を減らせることがわかる。

大出力への対応からSiCへのシフトが進みつつあるのだが、このSiCにもデメリットはある。最大の欠点はSiCが既存の半導体製造プロセスとの互換性が低いこと。そもそもシリコンベースのウェハではなく、SiCのウェハを用意する必要がある。また製造上の課題も多く、マテリアルウェハの欠陥密度、分布のせいで大きなチップが作れないなどの問題もあるため、現状ではIGBTと比較すると高コストにならざるを得ないのだ。

コストの課題をクリアしたInfineonのSiCパワー半導体

Infineonが現在注力するのは、今述べたコスト課題をクリアしたSiCの開発である。同社では長年SiCの技術開発に取り組んでおり、トレンチ(溝)ゲート技術を始めとしたさまざまなノウハウを駆使して、IGBTよりもまだ高価ではあるもののコストを抑え、小さなチップ面積ながら効率的なSiCパワー半導体を提供している。

  • 従来のトレンチとの比較

    図3

具体的にどのようなコストメリットがあるか。一つは製造技術を駆使しての低廉化であるが、もう一つは消費電力量にある。図2の左上グラフではEV/HEVの速度と時間の経緯を表しており、フルパワーで常に運転し続けるというよりも、ストップアンドゴーが繰り返されるのがわかる。この状況で実際に流れる電流は左下のグラフに示すように、全体の70%以上が50Aを切る状況である。この50A程度というのは図2の右グラフにあるように、IGBTとSiC MOSFETで電圧の損失の差が非常に大きい部分だ。IGBTからSiC MOSFETに置き換えることでインバータ単体では69%、パワートレイン全体では7.6%ほどの消費電力削減につながる (図4)。

消費電力を削減できればバッテリーの搭載量を減らすことも可能で、同仕様のバッテリーを搭載した場合も航続距離が延びる。これは、充電時間の削減や、CO2削減といった付加価値を生み出すことになる。同社の試算によれば、バッテリー50kWh分に相当する電力を削減できればIGBTからSiC MOSFETに変更しても採算がとれるという (図5)。このことから、同社のSiCは、システムの軽量化、小型化が要求される車両や、大出力のモータと大容量のバッテリーを搭載する高級車・スポーツカーなど幅広い車両において有用だといえる。

  • SiCでメインインバーターでのエネルギー消費量

    図4

  • Si、SiCのバッテリー搭載量と航続距離の比較

    図5

SiCトレンチ技術を実装した製品をリリース

InfineonはこのSiCを搭載したモジュールを、HybridPACK™ Driveシリーズと同じモジュール構造での提供を開始している。ラインアップとしては200A出力のFS05と400A出力のFS03の2製品(図6)。もちろん同じモジュール構造だからといって、既存のデザインのままで置き換えられるとまではいかない。ただ、既存のメカニカル設計は流用できるだろう。またIGBTと比べてオン抵抗が低いということはそれだけ発熱も少なく、既存の冷却デザインを流用できる可能性もある。

  • HybridPACK™ Drive CoolSiC™ MOSFET の特徴的な機能とメリット

    図6

データシートやアプリケーションノートに加えて「IPOSIM」と呼ばれるオンラインパワーシミュレーションツールなどをすでに提供しており、評価キット(図7)も2021年12月ごろから提供を開始する予定だ。この評価キットはパワーモジュール制御を行うゲートドライバや、それを管理するためのロジックまで組み込まれている。

  • 400および800Vに最適化された CoolSiC™評価キット

    図7

FS05/03はEV/HEVに向けた第1世代SiC製品だが、Infineonではすでに、第2世代の製品も開発を進めている。こちらは1200V耐圧の製品に加えて750V耐圧も加わるほか、HybridPACK™ DriveモジュールだけでなくHybridPACK™ DSCやベアダイでの提供も予定しているという(図8)。価格面もふまえてより広範な要求に応えられる製品ラインナップを用意するほか、モジュール制御を行うゲートドライバのラインナップも拡充していく。

  • HybridPACK™ DriveモジュールだけでなくHybridPACK™ DSCやベアダイでの提供も予定している

    図8

コスト課題がクリアになることで、次世代EV/HEVの駆動系の設計にあたってIGBTからSiCへのシフトが進むことは想像に難くない。Infineonが取り揃える魅力的なソリューションも含め、車載向けパワー半導体の動向に注目していってほしい。

[PR]提供:インフィニオン テクノロジーズ ジャパン