10月15日(金)から全国で公開中の『最後の決闘裁判』。リドリー・スコット監督が、マット・デイモン、アダム・ドライバー、ベン・アフレックという豪華キャストを迎え、14世紀のフランスで起こった事件の〈実話〉をもとに、歴史を変えた世紀のスキャンダルを描くエピック・ミステリーです。

  • (左から)ジャック・ル・グリ、マルグリット、ジャン・ド・カルージュ
    (C) 2021 20th Century Studios. All Rights Reserved.

『最後の決闘裁判』あらすじ
権力と地位を求めて苦闘する騎士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)。彼の美しき妻マルグリット(ジョディ・カマー)は、カルージュの友人であり、宮廷から寵愛を受ける家臣ジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)に乱暴されたと訴える。だがル・グリは無実を主張し、目撃者もいない。マルグリットの訴えは、カルージュとル・グリの「決闘裁判」へと委ねられる。
「決闘裁判」は、フランス国王が正式に認めた、神による絶対的な裁き。勝者は正義と栄光を手に入れ、敗者はたとえ決闘で命拾いしても、罪人として死罪になる。もしカルージュが負ければ、マルグリットまで偽証の罪で火あぶりの刑を受けることに。カルージュとル・グリの死闘の火蓋が切って落とされる──。

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今回は、ジャーナリストの浜田敬子さん、映画ライターのよしひろまさみちさん、弁護士の大渕愛子さんによる座談会を開催。それぞれの立場から、『最後の決闘裁判』の見どころや、本作が私たちに訴えかけることについて伺いました。
【プロフィール】
浜田敬子(ジャーナリスト)
1989年朝日新聞社に入社。2014年にAERA編集長に就任。朝日新聞社退社後、経済オンラインメディアBusiness Insiderの日本版を立ち上げる。著書に『働く女子と罪悪感』。

よしひろまさみち(映画ライター)
音楽誌、情報誌、女性誌の編集部を経てフリーランスに。編集者として「sweet」などを手掛ける一方、映画ライターとして取材、執筆のほか、TV。ラジオなどで映画紹介を担当する。

大渕愛子(弁護士)
中央大学法学部在学中に司法試験に合格。中国を専門とする大手法律事務所に入り、北京支部及び上海支部に赴任。企業法務のほか離婚、男女問題、職場問題などが専門。現在、アムール法律事務所代表弁護士。

真実はひとつ。でも人によって見える景色は違う

――まずは、映画を観た率直な感想を聞かせてください。

浜田敬子(以下・浜田):主要な登場人物である夫のカルージュ、妻のマルグリット、夫の親友であり妻を乱暴したとされるル・グリの、3人の視点を三幕構成で描かれていたことが印象的でした。カルージュは、若く美しい妻を「力のない庇護すべき存在」として見ていて、彼なりに愛している。でも彼女の賢さは見えていません。逆にマグリットの視点からは、感情的で知性よりも腕力にものを言わせ、束縛がきつい夫の姿が見えてくる。そういう違いが面白かったですね。

大渕愛子(以下・大渕):同じ行動でも、3人がそれぞれ違う受け止め方をしていて面白かったです。現代の調停や裁判でも、真実はひとつのはずなのに、人によって捉え方や言っていることが違うというのはよくあります。意図的に話を曲げている場合もあれば、認識自体が思いこみの場合もある。密室での暴行は目撃者もおらず、証拠を出しにくいため判断が難しいです。その点は、いまも昔も変わらないなと思いました。

よしひろまさみち(以下・よしひろ):同じ出来事を複数人の視点で描く手法は、黒澤明監督の映画『羅生門』で使われたもので、いまや世界中の映画やドラマで使われています。本作も、この表現が効いていますよね。『羅生門』は霊媒師による死者の視点が入りますが、本作はすべて当事者の視点で描かれているので、よりリアリティがあります。 カルージュとル・グリの章はベン・アフレックとマット・デイモンが脚本を担当し、マルグリットの章はニコール・ホロフセナーが担当しています。女性の脚本家を起用したのは、ここ数年のハリウッドの潮流があればこそ。女性の細やかな心の動きが描かれていて、引き込まれました。

#Me Tooだけではない。きめ細かな女性の心理描写が見どころ

浜田:ハリウッドの潮流という言葉がありましたが、それは#Me Tooと関係はあるのでしょうか? というのも予告を観たとき、「暴行されたマルグリットが勇気を持って告発する」という映画だと思っていました。でも、実際はそんなに単純な話じゃなかった。その前後の彼女の行動や、迷いや苦しみを描くことに重きを置かれていた気がします。

よしひろ:そう、女性が告発するだけの映画じゃない。でも、同じ題材だとしても、10年前なら女性脚本家は加えなかったかもしれないんですよ。そういう意味で、#Me Tooもきっかけにはなっていると思います。映画に性別・人種・性的指向の違いといった多様性の視点を入れるという流れは、確実にきています。

大渕:女性が告発した後には何が起きるのか。予想以上に辛い思いをして後悔することもありますし、夫と告発した相手だけでなく、周囲の人も巻き込まれます。その一連の描写があるからこそ、この映画は深いと思うんです。最終的には「決闘裁判」になりますが、現代の感覚だと「なぜ決闘?」となりかねない。でもストーリーを追っていけば、無理なく入っていけますね。

浜田:妻の代わりに夫が決闘をするわけですが、結局は妻のためというより、男同士のメンツのぶつかり合いになってくる。そういう男性 の思惑に翻弄される女性の姿もリアルだなと。その中で告発を貫いたマルグリットには、とても共感しました。

  • カルージュとマルグリット
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14世紀と現代で変わっていない、人間模様にも注目

――本作は、14世紀のフランスで実際に行われた「決闘裁判」の記録から作られました。

よしひろ:当時は家父長制が強く、既婚女性は夫を通してしか告訴できなかった。そのため記録は男性側のものしか残っておらず、マルグリットの部分は創作です。むしろそこにリアリティを感じるのは、現代に通じることが多いからですよね。

浜田:14世紀ほど男性主体の社会ではないにせよ、現代でも女性が不利益を被っているのに、声をあげられないことが多いのは変わらないと思います。

大渕:女性が声をあげると被害者なのに守られず、かえって周囲の人から責められることがあります。必ずしも女性が女性の味方であるとも限りません。

よしひろ:原案になった「決闘裁判」も、疫病や戦争で世の中が疲弊していた中で、見せ物的に行われた側面があるようですね。社会的なフラストレーションを発散するためにターゲットを集団で追い詰める様子も、現代と関係のないこととは思えなかったです。

浜田:人によって、同じ出来事でも記憶や受け止め方が違うのも、現代と同じですよね。ひどいことを言われたほうは強く記憶していても、言ったほうはそんなつもりではなくて覚えていなかったり。

よしひろ:人間は自分の都合のいいように認識して、記憶を改ざんしたりしますからね。現代の夫婦関係だと、夫は家事や育児をやっているつもりでも、妻からみると全然……みたいな。

大渕:離婚やDVの調停や裁判だと、そういうコミュニケーションの齟齬の最たるものを見ます。お互いの言い分を主張して譲り合うところがなく、話し合っても平行線。

よしひろ:そうした描き方も、この映画は見事ですよね。3つの視点から同じ出来事を描いていますが、人によって少しずつ記憶や印象が異なる描写があって。

大渕:真実も言葉も重なり合っていますね。でも、章やそれぞれの目線によって言葉や口調が違ったり、覚えていなかったり。見落としがないか、もう一度観たくなります。

よしひろ:この映画に関するインタビューで、リドリー・スコット監督が「皮肉にも、私たちは歴史を繰り返しているに過ぎない、そして歴史から何も学んでいない」と話していました。本当にその通りで、現代の私たちに当てはまる問題をたくさん受けとれる映画ですよね。

真実を知る神が裁く「決闘裁判」は、納得できる!?

――「決闘裁判」は、現代の私たちには考えられない制度です。大渕さんはどう捉えましたか?

大渕:実は私、「決闘裁判」に納得がいく点もあります。現代の裁判は、告発する側とされる側が証拠を揃え、それを裁判官が客観的に判断する仕組みです。証拠がはっきりしない場合、加害者が虚偽を言うこともあるし、証拠が不十分だからと加害者が罪を問われないこともある。そうなったら、被害者の無念は図り知れません。神が真実を知っているなら、神に裁いてほしいと思うこともあります。

よしひろ:まさかの肯定! (笑)でも、真実を知るのが神ならば、ありですよね。

大渕:もちろん、決闘で負けると死ぬしかなくて、さらに大きな不名誉を受けて家族も巻き添えになるというのは、懲罰として妥当ではありません。過剰な懲罰は人権侵害です。それに、証拠がないのに裁くのは冤罪の危険があります。ただ、この映画のような密室での暴行事件は、証拠が出せず加害者を罪に問えない場合も少なくないですから。

浜田:それほどに、裁判で理不尽な思いをする人は多いですよね。私も普段取材をしている中で、現代の捜査や司法制度に疑問を持つことはたくさんあります。

2時間半ハラハラ、ドキドキ。83歳リドリー・スコット監督の本領発揮

――テーマは重厚な『最後の決闘裁判』ですが、エンターテインメントとしても見どころたっぷりです。

浜田:14世紀を舞台にしつつ、現代にも通じる政治的メッセージもあるし、フェミニズムの問題も扱っている。少し前まで、フェミニズム映画といえば女性監督が制作した単館上映もののイメージがありました。大御所のリドリー・スコット監督は、なぜこのテーマを取り扱ったのでしょう。

よしひろ:マット・デイモンが原作となる本を読み、ベン・アフレックとリドリー・スコットに話を持ちかけ、さらに女性脚本家のニコールが入ったという経緯らしいです。ただ、虐げられた14世紀の女性の声を記録から拾い上げ、ここまでの映画に仕上げられたのは、リドリー・スコットの力量があってこそ。彼は『グラディエーター』『ゲティ家の身代金』『オデッセイ』のように、どんな時代も、人間ドラマもSFもアクションも描ける。フェミニズムでは『テルマ&ルイーズ』も発表しているし、『エイリアン』では女性アクション映画の扉を開きましたから。

浜田:『テルマ&ルイーズ』は私も大好きな映画です。なるほど、色んな種類の映画を描ける監督なのですね。

よしひろ:映像の作り方も上手い。最新の映像技術に敏感で貪欲に取り入れますよね。今回はVFX(視覚効果)とともにSFX(特殊効果)にも力を入れていて、戦闘や決闘シーンでは、生身の人間がぶつかり合う迫力がすごかった。音響にもこだわりを感じました。基本的には同じストーリーの三幕で構成されているのに、2時間半もの間、緊張感を持ってみられるのは、映像や音響の効果もありますよね。

大渕:ハラハラドキドキしっぱなしで、2時間半あっという間。集中して観続けられました。

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浜田:確かに映像も素晴らしかったですね。そして女性を描いたストーリーもよかった。予告動画では決闘シーンが強調されている気がして、私は血を見るのが嫌いなのでちょっと苦手かもと思っていました。でも、本編ではマルグリットの賢さや力強さに救われました。

よしひろ:アクション映画好きなら、決闘シーンは見どころのひとつですね。それに加え、ニコール・ホロフセナーを脚本に起用したのは適任でした。マルグリットを演じたジョディ・カマーの演技も素晴らしかったですね。

大渕:私も、「決闘裁判」というセンセーショナルな事象も面白いと思いつつ、人物の表情や細かな動き、セリフの間にもメッセージが見て取れて、そこが魅力だなと思いました。

こんな人に観てほしい『最後の決闘裁判』

――どのような人に、何に注目してこの映画を観てほしいですか?

よしひろ:私はぜひ、男性に観てほしいと思いました。歴史やアクションの面に注目する方も多そうですが、リドリー・スコット監督が「いま、なぜこの作品を作ったのか」を考えてもらいたい。強い力を持つ男性に、立場の弱い女性やマイノリティがどんな違和感を持つのか少しでも感じとってもらえればと。さらに、疫病下で見せ物的に行われた「決闘裁判」は、現代のコロナ禍にも通じる部分があると思います。 今年映画を公開したのは、来年のオスカーを狙ってのことでしょう。まさに、いましか出せない映画ですね。

浜田:私はやはり女性に観てほしいです。女性の心も、正義感に燃えることもあれば、自分の身を守るために正義を曲げたくなるときもある。そういうリアルな心の動きに共感できるかなと。エンドロールまで観ると、マルグリットの選択に勇気づけられる人も多いと思います。

大渕:私はコミュニケーションについて考えてほしいと思いました。自分はこう言ったつもりでも、相手は違う形で受けとっているということが、映画の中でたくさん描かれています。それって現代でもたくさんありますよね。相手のリアクションをよく見てコミュニケーションを取ることが大事だなと改めて思いました。

――ありがとうございました。

***

14世紀を舞台にしながら、現代でも感じる違和感について問いかけられる本作。いまだからこそ観るべき価値がある映画といえます。『最後の決闘裁判』の証人になるべく、ぜひ映画館へ行ってみてはいかがでしょうか。

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