AI人材の育成が叫ばれている。ここで言うAI人材とは最先端のAI研究を行う人材に限らない。政府は2019年、AIの研究者に加え、AIという技術を応用して社会や地域、組織にある課題を解決していく人材の育成を戦略に定めた。大多数の人材がAIを応用することができる――こうした世界の実現を目指した同戦略が、今、日本に大きな波を生もうとしている。世界的なIT企業であるマイクロソフトが日本における2020年度の事業注力分野として「クラウド・AI人材の育成」を掲げるなど、戦略に同調した動きが各所で生まれつつあるのだ。いち早くAI人材の育成に向けた取り組みを本格化したマイクロソフトの例から、AI人材の育成がどのような未来を描いていくのか、紐解いていきたい。

マイクロソフトが、AI人材の育成に本気で取り組む

政府は2019年6月に報告した「AI戦略2019」の中でAI人材を "AI時代に対応した人材" と定義し、エキスパートだけでなく「AIを産業に応用する人材」「中小の事業所で応用を実現する人材」「AIを利用して新たなビジネスやクリエーションを行う人材」など各々のカテゴリーでこの人材の層を厚くしていくことを表明。2025年までに高校の一部と高専・大学卒業者の50% が自らの意志で AI を応用できる、そういった世界の実現を、戦略目標に定めた。

  • 政府は、2025年までに高校の一部と高専・大学を卒業した人材の内50%を占める25万人をAI応用力を持つ人材として毎年輩出していくことを戦略目標に掲げている
  • ここにあたっては、小中学校、高校、大学入試、大学・高専、そして社会人の各プロセスにおける教育の在り方を変えていくことが求められる
  • 「政府は、2025年までに高校の一部と高専・大学を卒業した人材の内50%を占める25万人をAI応用力を持つ人材として毎年輩出していくことを戦略目標に掲げている (左)。ここにあたっては、小中学校、高校、大学入試、大学・高専、そして社会人の各プロセスにおける教育の在り方を変えていくことが求められる(右)
    出典:総合科学技術・イノベーション会議(第43回) 2019.4

ここに対して日本企業を含む数多くの企業、機関が協調の動きを示しているが、その中でも特に強い賛同の姿勢を示しているのが、冒頭触れたマイクロソフトだ。こちらの記事にもあるように、同社は2019年8月に開いた次年度の事業戦略に関する記者発表の中で、2020年度の注力分野として「クラウド&AIの人材育成」を挙げた。

同社は他に2つの注力分野を掲げているため、人材育成はあくまで3つのうちの1つだ。ただ、マイクロソフトは翌月にも、今度は人材育成をテーマとした記者発表を開催。その中で、同社としてこれまで長年人材育成に取り組んできたことに触れながらも今回のように会社として3本の指に入る優先順位になったのは初めてだと説明しており、同社の本気度の高さが伺える

  • 2019年8月には翌年度の注力分野の1つに「クラウド&AIの人材育成」が挙げられ、翌月には同分野にフォーカスした記者発表が開催された
  • 写真は2019年9月に登場した日本マイクロソフト チーフラーニングオフィサー(CLO)執行役員 伊藤かつら氏による説明の様子
  • 2019年8月には翌年度の注力分野の1つに「クラウド&AIの人材育成」が挙げられ、翌月には同分野にフォーカスした記者発表が開催された。写真は2019年9月に登場した日本マイクロソフト チーフラーニングオフィサー(CLO)執行役員 伊藤かつら氏による説明の様子

日本企業が直面している切実な課題

世界的なIT企業であるマイクロソフトがここまで人材育成に注力する理由とは何だろうか。

マイクロソフトはパブリッククラウドであるMicrosoft Azureを提供しており、その中で機械学習モデルの開発プラットフォームのAzure Machine Learningや学習済みの機械学習モデルをサービス化して提供するCognitive Servicesなど、AIに関わるサービスも数多く提供している。将来のユーザーを早くから育てているという側面は少なからずあるが、それは目標の中のほんの一部だろう。先の記者会見では、もっと切実な "日本企業が直面している課題" がみてとれた。

同社によれば、AIが話題となっている今日であっても日本企業のAI導入率は全体の3割程度にとどまっているという。PoC (概念実証) で結果が出ないためにプロジェクトを停止させてしまう顧客を数多く見てきたというのだ。同社は、経営者、事業責任者、現場担当者のすべてがAIへの知見を深めること、これにより小さな検証と失敗の繰り返しから成功を導いていくムーブメントを生まなければ、AIは劇的な発展を社会にはもたらさないと言及。同社が目指すのは、AIをはじめとするテクノロジーが社会を劇的に発展させた世界だと言えよう。

  • 写真は2019年9月に登場した日本マイクロソフト チーフラーニングオフィサー(CLO)執行役員 伊藤かつら氏による説明の様子

    記者発表では、AI利用戦略における日本企業の実体が示された

では、この目標の実現に向けて、同社はどのような取り組みを進めているのか。企業向けで言えば、同社は2019年9月11日より、経営層や中間層向けにAIを活用した業務変革への理解を深める学習プログラム「AIビジネススクール」を開講。AIの役割を戦略的かつ総合的に考えるためのフレームワークや業界別のAI活用事例などをコンテンツとして提供している。

産学で連携した取り組みにも積極的だ。同社ではこれまでも、各種教育機関と協働して研究に取り組んできた他、学生や児童生徒がAIと触れる機会の創出も率先して取り組んできた。こうした活動を強化するとともに、2020年1月には、同社として初となる、AIをテーマとした教育機関向けカンファレンス「AI アカデミックフオーラム2020」も開催する。

  • 「AI アカデミックフオーラム2020」では、高等教育機関を対象にして、AI活用ができる人材育成とは何か、そのためにはどのような大学の変革と役割が必要かが提示される

    「AI アカデミックフオーラム2020」では、高等教育機関を対象にして、AI活用ができる人材育成とは何か、そのためにはどのような大学の変革と役割が必要かが提示される

産学連携でのAI 啓蒙、地域課題の解消に注力

冒頭で触れた「AI戦略2019」では、STEM教育や社会人リカレント教育のモデルケースづくりを産学で連携しながら構築していくことが、具体目標とその取り組みとして挙げられている。こうした産学連携の取り組みについても、マイクロソフトは積極的だ。

例えば、同社では馴染みの深いAIサービスとして親しまれている「AIりんな」を活用し、AIに関して正しい理解を得るための出張授業を全国の学校で実施。日本工学院八王子専門学校では「AIりんな」自身が講師となって講義が実施され、島根大学では実社会で活用されている事例や AI 技術の問題点などをワークショップ形式で深め合うなど、様々な教育機関で多様な形式のもと "AIに関する正しい理解" の啓蒙が取り組まれている。

  • 島根大学におけるワークショップの様子
  • 奈良大学では「Buddience~仏像の顔貌を科学する~」と称した取り組みが学生プロジェクトとして行われ (右)、Cognitive Services が備える感情測定テクノロジーの Emotion API を用いて仏像の表情を解析するというユニークな試みも行われた
  • 島根大学におけるワークショップの様子 (左)。また、奈良大学では「Buddience~仏像の顔貌を科学する~」と称した取り組みが学生プロジェクトとして行われ (右)、Cognitive Services が備える感情測定テクノロジーの Emotion API を用いて仏像の表情を解析するというユニークな試みも行われた

社会に出る前からこのような "AIに触れる経験" を持つことは、その応用力を培っていく上で非常に有用となるだろう。こうした「応用力」の面だけでなく、エキスパートを育むための取り組みにも精力的だ。近畿大学水産研究所と共同し、クラウドとAI技術を活用して漁業の“働き方改革”を目指すなど、エキスパートの育成と地域課題の解消を掲げた数々の取り組みを進めている。

  • 近畿大学水産研究所と共同した取り組みでは、手作業で行われてきた稚魚選別の、AIによる自動化が目指されている
  • 近畿大学水産研究所と共同した取り組みでは、手作業で行われてきた稚魚選別の、AIによる自動化が目指されている

    近畿大学水産研究所と共同した取り組みでは、手作業で行われてきた稚魚選別の、AIによる自動化が目指されている

  • こうした取り組みは、「AIりんな」のような "AI に触れる経験" を提供できるサービスや研究用途にも足るサービスを持つマイクロソフトだからこそ積極的に進められると言える

    こうした取り組みは、「AIりんな」のような "AI に触れる経験" を提供できるサービスや研究用途にも足るサービスを持つマイクロソフトだからこそ積極的に進められると言える

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今活躍する社会人がAIへの深い理解を持つようになれば、あるいはこれから飛び出していく次代の社会人が同様になれば、テクノロジーによる劇的な社会の変革は決して夢物語ではなくなる。より良い社会へと世の中を昇華していく。そのための1つのキーワードとして、教育機関、一般企業問わず、社会を生きる者としては、AIの捉え方を少し変えていくことが求められている。

「AI アカデミックフオーラム2020」

AIの様々な領域で、第一線で取り組まれている大学、研究所、政府関係者等の識者の方々と共に、大学内外でのAI活用ができる人材育成とは何か、また、そのために必要な大学の変革と役割について、政策や教育面も含めた考察を深めるイベントです。

開催:2020年1月28日 (火) 13:00ー18:10
会場:六本木アカデミーヒルズ 49F

[PR]提供:日本マイクロソフト