患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受ける。アドヒアランスと呼ばれる "患者の治療への積極的な参加" は、今日の医療において、治療プログラムを成功に導く 1 つの鍵となっています。ですが、骨粗しょう症などの一部の病気においては、病気に対する理解不足等を理由に、服薬等のアドヒアランスが低いことが報告されています (日本骨粗鬆症学会 : 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2015 年版)。

例え理解することが困難な病気であってもその概要や治療の意義を明瞭に伝える、これによって患者が病気を "自分事" として捉えて積極的に治療に臨んでくれる――世界でも有数の製薬企業であるアステラス製薬は、今挙げた世界を実現するための試みを進めています。同社は 2019 年、Mixed Reality (MR : 複合現実) 技術を活用し、医師と患者のコミュニケーションを支援するソリューションの開発にチャレンジしています。Mixed Reality によって臓器や骨などの映像・画像を現実世界に投影し、ゲーミフィケーション (ゲーム デザインの要素・原則をゲーム以外の物事に応用する考え) に基づいたコンテンツによって患者が自ら " 治療に参加したい" と思える体験を提供することで、アドヒアランスを向上させることを目指しているのです。

アステラス製薬では 2019 年下旬より、一部医療機関を対象にして、同ソリューションの試験的提供を開始。2020 年以降、次世代の Mixed Reality デバイスであるMicrosoft HoloLens 2 を用いて全国展開していくことが計画されています。

アドヒアランスはどうすれば向上するのか

医療技術は目覚ましいスピードで発展しています。しかし、どれほど有効な治療法であっても、患者が主体的に治療に向き合わなければ、効果を 100% 発揮することはできません。

アドヒアランスの不良は、治療の成功率を下げ、また治療にかかる期間も長期化させます。問題は、こうした患者への悪影響に留まりません。治療に要する費用も膨大化するため、個人が負担する病院医療費だけでなく、医療費控除で使われる税金をも圧迫することに繋がるのです。2012 年に岐阜薬科大学病院薬学研究室が報告した「服薬アドヒアランスに影響を及ぼす患者の意識調査 (※)」では、年間 2,800 億円から 5,950 億円相当の国民医療費がアドヒアランスの不良によって生じていることが、諸外国のデータを基にして推計されています。

(※) 坪井謙之介, 寺町ひとみ, 葛谷有美, 水井貴詞, 後藤千寿, 土屋照雄, 岐阜薬科大学病院薬学研究室1,岐阜市民病院薬剤部 服薬アドヒアランスに影響を及ぼす患者の意識調査, 医療薬学, 2012, 38, 522-533.

アドヒアランスを向上させることは、今日の医療における重大課題の 1 つだと言えます。では、どのようにすれば、アドヒアランスを高めることができるのでしょうか。先の意識調査では、服薬に関するアドヒアランスが良い患者は、これが悪い患者と比べて「自分の病気についてよく理解している」「主治医を信頼している」という項目で有意差があることを報告しています。病気への理解や主治医への信頼が、" 能動的に治療に臨もう" という意識に影響を与えることが示唆されているのです。

アステラス製薬が取り組むのは、医師と患者のコミュニケーションを支援するソリューションをもった、病気への理解と主治医への信頼の向上です。アステラス製薬株式会社 営業本部 営業デジタルイノベーション室 ビジネスプロデューサーの三澤 竜之介 氏は、「日本では医療機関を受診する方の9 割以上が、病院の先生から病気に関する説明を受けていますが、骨粗しょう症や生活習慣病といった " 症状がすぐには顕在化しにくい病気" の場合、患者さんが病気を自分事として捉えないケースがあります。」と語ります。これらのことが結果として服薬などのアドヒアランスを低下させる 1 つの要因になっていると話し、同社の新たな試みを企画するに至ったと説明します。

「病院の先生方は非常な多忙な中、限られた診察の時間で病気についてイラストや模型などを用いながら分かりやすく患者さんに説明しています。ただ、例えどんなに丁寧に説明をしても、骨粗しょう症のように症状がすぐに顕在化しにくく、服薬の効果が実感として得にくい病気だと、患者さんは自分事として病気を捉えにくいと認識しています。治療の前段にある "病気の理解" という段階から、患者さんが積極的に治療に参加できるような環境を用意することが、アドヒアランスの向上には必要だと感じています。しかしながら、静的な情報を提示するだけではどうしても限界があります。そこで現在、Mixed Reality を活用した新たな試みを医療機関と連携しながら進めています」(三澤 氏)。

Mixed Reality でなくてはならなかった理由

アドヒアランスを向上させるための技術として Mixed Reality に着目したアステラス製薬。ここには、もちろん理由があります。

コンピューターで作成した仮想世界によって動的に物事を表現する。eXtended Reality (XR : AR/VR/MR 等の総称) と呼ばれるこうした技術は、Virtual Reality (VR : 仮想現実) や Augmented Reality (AR : 拡張現実) など、Mixed Reality の他に様々な種類があります。

この中から Mixed Reality に着目した理由として、三澤 氏は「Virtual Reality は非日常である "仮想の空間に没入させる" ことに適した技術であり、"現実の病気を自分事する" という目的と逆行していました。Augmented Reality や Mixed Reality では、仮想空間ではなく現実世界へデジタル コンテンツを投影することができます。しかし、Augmented Reality の場合は基本的に固定での表示となるため、患部に 3D モデルを重ねたり、またデジタル コンテンツを制御したりといったことができません。患者の患部に合わせてデジタル コンテンツを表示する。場合によっては患者が自らデジタル コンテンツを制御する。こうした体験が無ければアドヒアランスに好影響は生まれないだろうと考えました。そのため、これが可能なMixed Reality デバイスの Microsoft HoloLens を採用することにしたのです。」と説明しました。

アステラス製薬では Mixed Reality を活用したコミュニケーション支援ソリューションについて、2019 年 2 月より開発をスタート。3 か月後には一次開発を完了させ、同年下旬より、一部医療機関を対象にして試験的に提供を開始します。

  • アステラス製薬株式会社 営業本部 営業デジタルイノベーション室ビジネスプロデューサー 三澤 竜之介氏
  • コミュニケーション支援ソリューションの全国展開にあたり、アステラス製薬は Microsoft HoloLens 2 を使用することを想定している

    コミュニケーション支援ソリューションの全国展開にあたり、アステラス製薬は Microsoft HoloLens 2 を使用することを想定している

コミュニケーション支援ソリューションで提供される "体験価値"

アステラス製薬は一次開発の中で、骨粗しょう症を対象にした疾患啓発コンテンツを開発。Microsoft Azure を通じて同コンテンツを Microsoft HoloLens で利用する仕組みを構築しています。

この疾患啓発コンテンツでは、患者が病気を自分事として捉えられるよう、様々な工夫が凝らされています。パートナーとして同プロジェクトに参加する株式会社ポケット・クエリーズ 取締役 副社長 XRスペシャリスト / フューチャリストの鈴木 保夫 氏は、はじめにコンテンツの開発にあたって留意した事項を整理します。

「通常のシステム開発では、要件定義からプロジェクトがスタートします。一方、Mixed Reality のコンテンツ開発はこれとは全く別のアプローチを採ります。どのような体験であれば患者様の中に "自分事" という意識が芽生えるのか、体験の中でどのような説明を先生が行えば信頼関係が生まれるのか。こうした "体験価値" をまず設計し、絵コンテを起こすことが出発点なのです。この際、患者さんを視聴者にしない、ということが重要となります」(鈴木 氏)。

Mixed Reality のコンテンツ開発にあたっては、ゲーム デザインの要素・原則をゲーム以外の物事に応用するゲーミフィケーションの視点が重要だと同氏は言います。映画のように第三者として "視聴" するのではなく、ゲームのように自らが主体になって物事を "制御" する。こうした "能動的な体験" が、患者のアドヒアランスを高めることに繋がるのです。

「疾患啓発コンテンツを例に説明しましょう。Microsoft HoloLens を装着すると、はじめに今現在の患者さんの骨の様子が眼前に表示されます。ここで先生は患者さんへ "左を向いて" と言います。患者さんがそちらを向くと過去の健康な状態の骨が表示されます。患者さんはきっと、"ああ、症状には表れていないけれども私の骨の状態はこんなにも悪化しているんだ" と感じるはずです。ポイントとなるのは、ここで同時に" 右を向いたら何があるのだろうか" という疑問が生じることです。患者さんは、今度は先生に促されることなく "能動的" に右を向くでしょう。するとそこには、服薬しなかった場合の、症状がより悪化した骨が現れます。いつの間にか率先して病気の説明に参加している。そんな能動的な体験によって、患者さんの中に病気や服薬への深い理解、そしてこの理解へ導いてくれた先生への信頼を生むのです」(鈴木 氏)。

  • 株式会社ポケット・クエリーズ 取締役 副社長 XRスぺシャリスト / フューチャリスト 鈴木 保夫氏
  • コミュニケーション支援ソリューションのイメージ画。ただデジタル コンテンツを現実空間に重ね合わせるのではなく、そこでどのような体験を提供するかが重要なのだと、鈴木 氏は語った

    コミュニケーション支援ソリューションのイメージ画。ただデジタル コンテンツを現実空間に重ね合わせるのではなく、そこでどのような体験を提供するかが重要なのだと、鈴木 氏は語った

"Microsoft HoloLens は、ハンズ フリーというコンセプトを持っています。装着者のロケーション情報を動的に感知する。目線や頭の動きに合わせてデジタル コンテンツを表示する。こうした技術によって、装着者は、目を動かす、フリックするなどの直感的な動作で、簡単に自身の体験が制御できます。"能動的な体験" を提供する上で、これ以上のデバイスは現時点で無いと思います。"

-鈴木 保夫 氏: 取締役 副社長 XRスペシャリスト / フューチャリスト
株式会社ポケット・クエリーズ

Microsoft HoloLens を介して収集・分析する情報が、コミュニケーションを円滑にするための有用なデータとなる

記述の通り、アステラス製薬では同ソリューションについて、2019 年下旬より一部医療機関を対象にして試験的に提供を開始。そこでの評価を踏まえたコンテンツ改良を経て、 2020 年以降全国展開することが計画されています。

三澤 氏は、「試験的な提供はこれからですが、ポケット・クエリーズ様やマイクロソフト様との連携によって素晴らしい Mixed Reality コンテンツが用意できました。また、Microsoft HoloLens はまるで本当に現実世界に存在するようにデジタル コンテンツを表示できます。そこで得られる高い臨調感は、きっと患者さんに "自分事にする" というアドヒアランスの向上をもたらすでしょう。」と語り、将来的にはアドヒアランスに課題のある他の疾患へも対象を広げていきたいと述べます。

同氏は続けて、Microsoft HoloLens には Mixed Reality デバイスだけでなく、医療現場で生じるデータを収集・分析・フィードバックするためのエッジ デバイスとしても期待していると言及。2020 年以降の全国展開の構想を交え、このように語りました。

「次世代デバイスの Microsoft HoloLens 2 では、装着者の視点の動きや操作ログ、発声した音声などをデータ化することができます。患者さんが疑問を感じたのはどのような説明の時だったのか。患者さんは症状の中のどこを特に心配しているのか。診療現場では中々わからないコミュニケーションの様子を、データによって明瞭化できるのです。これは患者さんと先生とのコミュニケーションを円滑化する上で極めて有用だと考えています。そのため、全国展開時はこうしたデータを Microsoft Azure に集約して AI で分析し、分析結果を提供元の医療機関や患者さんにフィードバックできるような仕組みも構築したいと考えています。また、提供するアプリケーションは、インターネットからダウンロードしてあらゆる eXtended Reality デバイスで幅広く利用できるようにしていきたいです。様々なパートナー様との協働を通じて、先生と患者さんのコミュニケーションを少しでもサポート出来たら嬉しいです」(三澤 氏)。

"マイクロソフトはエッジである Microsoft HoloLens だけでなく、クラウドとして Microsoft Azure も提供しています。Microsoft HoloLens で収集した情報を Microsoft Azure に集める。Microsoft Azure の AI サービスによって解析結果をレポート化する。 そうすれば、データを医療機関へフィードバックする仕組みも容易に実現が可能です。"

-三澤 竜之介 氏: 営業本部 営業デジタルイノベーション室
ビジネスプロデューサー
アステラス製薬株式会社

患者の中にある病気への理解、主治医への信頼。これらを高めることは、アドヒアランスの向上に限らず、数ある医療課題を解決するための 1 つの道筋だと言えます。アステラス製薬が進める試みがこの道を明るく照らしていくことに期待が高まります。

  • 集合写真

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