公開中の劇場用アニメ『天気の子』は、空前の大ヒット作となった映画『君の名は。』で知られる新海誠監督の最新作だ。離島から雨が降り続ける東京にやってきた男子高校生の帆高が、祈ることで空を晴れさせる力をもつ「晴れ女」の少女、陽菜と出逢うボーイ・ミーツ・ガールの物語を、監督の代名詞でもある圧倒的に精細で美しい情景描写と共に描いている。天候の狂った世界で起きるドラマを描く上で、主役に匹敵する存在感をもつ「雨」の表現にデジタル作画の技術で挑んだ、VFX担当のクリエイター李周美(イ・ジュミ)さんに話を聞いた。

『ほしのこえ』に衝撃をうけて……

――李さんは映画『天気の子』ではVFXを担当されていますが、どの様な経緯でアニメーションの制作に関わるようになったのですか?

李:もともと絵を描くことが好きで、ずっとイラストを描いていたんです。私は韓国の出身なのですが、母が「そんなに好きなら本場で勉強してきたら」と薦めてくれて、日本の専門学校に入学しました。『新世紀エヴァンゲリオン』など日本のアニメも大好きだったので、アニメーション学科に入ってアニメの作り方を学んでいく中で、最後に素材をまとめ上げて絵を完成させる撮影のセクションに魅力を感じて、撮影会社を選んで就職しました。

  • 映画『天気の子』でVFXを担当した李周美さん

――初めて新海誠監督の作品に触れたのはいつ頃ですか。

李:業界に入ってから、友人に教えられて『ほしのこえ』を観たのが新海さんの作品に触れたきっかけです。「これを一人で作ったのか」とすごい衝撃をうけましたが、その時は別の世界のすごい人というイメージでした。『星を追う子ども』で撮影チーフとして初めて新海監督の作品制作に関わって、新海誠という人はすごいんだなと日々実感しましたね。

――今回の映画『天気の子』では撮影ではなくVFXとしてクレジットされていますが、具体的にはどのようなお仕事を担当されたのですか?

李:『天気の子』は雨がずっと降っている作品で、雨の表現が重要になってくるので、最初の段階で雨の処理を汎用の素材として開発しようというのが私の役割でした。そのVFX素材を撮影のスタッフが自由に組み合わせて使うことで、全編にわたる雨のシーンを作っていますが、いくつかの特別なカットでは自分で素材から最終的な撮影の詰めまで担当したりもしています。

その他にも雨以外の素材や魚処理などエフェクトを作ったり、最後の2~3週間は通常の撮影や、レイアウトの原図出し、CGなどできることは何でも手伝っていたので、自分では「雑務」と言っていました(笑)。

  • 『天気の子』のワンシーン。新海誠監督の作品を象徴するリアルな背景美術と、繊細に表現される雨が作品の世界観を表現している

雨はCGではなくあえての"手描き"

――劇中の様々なシーンで変化する天候を表現するのに、雨の描き方には並々ならぬこだわりを感じました。

李:最初に1週間くらい部屋に閉じこもって、iPadで映画を観つづけて印象的な雨のシーンを集めたんです。それを監督の新海さんと助監督の三木陽子さん、撮影監督の津田涼介さんと一緒に確認しながら、新海さんがよかったと思う映画の雨の話を聞いたりして、漠然とですが監督のやりたい雨のイメージを共有することができました。制作がスタートしてからは2週間に一度、各セクションの代表が進捗を報告する会議が行われ、そこでVFXが作成したテスト素材に対するフィードバックを集めて、次の会議にまでに素材を修正するという作業を繰り返しながら全体の方向性が決まっていきました。

――雨の素材ではCGを使わずに、あえてデジタル作画による手描きで作られたものもあるそうですね。

李:路面に落ちる雨の「跳ね」は、カットに合うVFX素材を撮影スタッフがひとつずつ置いているんです。「跳ね」の素材は、最初は3DCGで作ろうと考えていたんですけれど、CGのシミュレーションで作ることができるバリエーションは限られていて。アニメーションならではのメリハリって半分は「嘘」だと思っていて、CGではその「嘘」を作るのが難しくて、私の中で答えが出せませんでした。それなら手描きの方が直観的にできるので、デジタル作画でひとつずつ描いちゃえ、と。

――CGで画一的な雨を作るのではなく、手描きならではの表現力と柔軟性を表現にとりいれたんですね。

李:『天気の子』では、普通の作品なら省略して描かない様なシーンでも、雨の跳ね上がりを描いたりしているので、とにかく膨大な量の「跳ね」の素材が必要なんですね。1つのカットの手前と奥だけでも、波紋や跳ね返りのパース感は違いますし、雨の強さや落ちる場所によっても違う跳ね方をするんです。特に、今回は雨に芝居をしてほしかったので、そこの表現はいちばんこだわったところです。

  • 李さんが最後の撮影まで手掛けたというこだわりのカット。手前だけでも14を超えるパターンのデジタル作画による「跳ね」が使われている

雨の跳ね返りについて考え続けた1年間

――手描きで大量の「跳ね」を作るのは大変ではありませんでしたか。

李:延々と雨の跳ね返りのことを考えていた1年だったかもしれないですね。去年の夏はそれこそリアルな雨を眺めながら、ずっと「3コマ、5コマ、2コマ……」と言っていたので、隣にいた夫から「変な人にみえるからやめて」と止められたくらいでした(笑)。

私は子育てをしていて時間が限られているので、制作中はちょっとした空き時間にも素材を増やせたらいいなと思って、iPadのRoughAnimatorというアプリを使ってラフな動きだけを描いたりもしていました。

そのラフをムービー化したものをスタジオのPCに取り込んで、Adobe Photoshopのビデオレイヤーに読み込んでからデジタル作画の要領で「線」「線のハイライト」「塗り」「ハイライト」「影」を描きこんで、動く「跳ね」を作ります。それをAdobe After Effectsでの撮影に使えるVFX素材としてまとめるということをずっと繰り返していましたね。

  • ビデオレイヤーに1コマずつ雨の跳ね返る動きを手描きしていく

――ただ雨が降っているだけのシーンひとつとっても、そういう地道な作業の積み重ねの上に描かれているんですね。

李:予告でも使われた、土砂降りの中を帆高が画面の奥に走るカットは自分としても色々できたカットですが、降っている雨だけで奥行に合わせて7層くらい違う雨の素材を重ねているので、撮影のスタッフはブーイングしながら作業していたと思います(笑)。ここでも跳ね返りの印象を変えていたり、タタキといって画用紙に歯ブラシでインクを散らせたものを取り込んで加工した素材を使ったりと色々な要素が入っています。最終的なルックは撮影で詰めますが、跳ねた雨がカメラについているのとかはアドリブで。私が仕込んだ素材プラスアルファで、さらに撮影でゴージャスな画にしてくれているんですよ。

『天気の子』は背景もすごく描き込まれていてフォトリアルな部分もあるので、記号的な雨だけにしてしまうと、たぶん雨が負けてしまうんですよね。その点でも、入れるところはとことん入れていくというスタイルは正解だったと思います。

  • VFX素材を大量に仕込んだゴージャスな土砂降りのカット。撮影スタッフのアドリブで加えられたカメラレンズに跳ねた水滴など、デジタルならではのコラボがより重厚な表現に繋がっている

――新海誠監督は、過去に李さんが撮影で参加された『言の葉の庭』でも意欲的な雨の表現に取り組まれていますが、『天気の子』ではさらにアップデートした雨を観ることができた気がします。

李:『言の葉の庭』でも特別な雨のカットがありましたが、今回はそれを越えなければと思っていました。テストカットの段階で作った水たまりの素材が、雨粒と波紋と跳ね返りと、最低でも4つの要素が入っているもので、ここまでやるかと言われたんですけれど(笑)、そこからさらに光源に合わせた反射を加えたりしていて。撮影監督の津田さんもライティングを意識した雨にはこだわっていたので、それに応える素材は用意できなんじゃないかと思っています。

ワコムの液晶ペンタブレットは「なにより直感的に描ける」

――制作にはワコムの製品を使われたそうですが、雨の表現を作る上でメリットはありましたか。

李:今回、ワコムの液晶ペンタブレットには本当に助けられました。少し前に別のプロジェクトでCintiq 13HDを使い始めて、描きやすさに衝撃を受けたばかりだったんですけれど、まだCGで「跳ね」を作ろうとして悩んでいた時にルックのテストとしてCintiq 13HDで1枚描いてみたら「いける!」と思っちゃったんですよ。そのままCintiq 13HDでも十分やれると思っていたのですが、スタジオでWacom Cintiq Pro 16を買っていただいて使ってみたら、まったくの別物で! さらに描き心地がよくなっていることにびっくりしました。液晶ペンタブレットはなにより直観的に描けるのがすごく強いなと思います。

ちょっと面白いこともあって、助監督の三木さんのカットに合わせて色を作る作業を手伝った時に、液晶ペンタブレットだと色を選ぶのがすごく楽だったんです。タッチパネル感覚で、画面からペンで直接色を拾えるのがすごくスピードアップに繋がって、液晶ペンタブレットにはこんな使い方もあるんだと思いました。作画以外でも色々なところで使えるかもしれないですね。

――李さんから見て、完成した映画『天気の子』の見どころはどんなところでしょうか。

李:スタッフとしては、最初に監督のビデオコンテを見た時点で、自分の全力を出してこの映画を完成させようと思えた作品です。制作中は監督の思い描くイメージをどうやって形にしようかと、みんなでビデオコンテに挑んでいくような日々でしたが、完成した映画は作っていた自分が何度観ても面白いと思うくらいなので、観る度に新しい発見がある作品だと思います。

残念ながら、私はもう青春という感じの年齢ではないんですけれど(笑)、物語が進むにつれて、胸のドキドキ、キュンキュンが止まらなくてやばかった! そんな素敵な映画になっているので、ぜひ劇場で観てください!

文:平岩真輔(digitalpaint.jp)

<映画『天気の子』作品概要>
全国東宝系公開中
原作・脚本・監督:新海誠
音楽:RADWIMPS
声の出演:醍醐虎汰朗 森七菜
本田翼 / 吉柳咲良 平泉成 梶裕貴
倍賞千恵子 / 小栗旬
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:田村篤
美術監督:滝口比呂志
©2019「天気の子」製作委員会

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