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突然ですが、みなさんには日常生活を送るうえで“欠かせないモノ”はありますか?

たとえば、目が悪い人であれば眼鏡やコンタクトレンズの着用が欠かせないでしょうし、足を骨折したときは松葉杖をつかなければ歩けませんよね。極端に寒がりの人なら、冬の間は厚手の防寒着で完全装備しないと外出もできない……、なんてこともあるかもしれません。人はそれぞれ、自身の特徴や体質に見合った最適なツールを活用しながら日々を過ごしています。

当たり前ですが、障害がある人たちにも日常生活をスムーズに送るために“欠かせないモノ”がいくつもあります。足の不自由な人なら車いす、目の不自由な人なら白杖といったように、各々に見合った道具を使用しているのです。

障害がある人にとって、健常者と同様に勉強や仕事をすることが難しいといった場面が少なくありません。円滑に目的を達成するためには、誰かのサポートや不得意なアクションを補うためのツールが必要になります。

前置きが長くなりましたが、今回の記事は、障害を持った子供たちが学ぶ“特別支援学校”にフォーカスした内容となっています。特別支援の教室には、さまざまな個性を持った子どもたちが集まり学んでいますが、子どもたちの興味関心をかきたて学びを深めるためのカギが“ICT”だといわれています。タブレット端末をはじめとするICT機器を使うことで表現の幅が広がったり、コミュニケーションがより円滑になったりするなどの効果があるそうです。

埼玉県では、特別支援教育でのICT普及促進に向けた研究会を定期的に実施しています。所属する学校の垣根を越えて、参加する教員が各々の知見や経験を語り紹介する場となっており、その活動は教員以外の学生や企業関係者らにも広がりをみせています。ICTをテーマに、生徒たちがのびのびと学べる環境づくりに尽力する、そんな先生方の取り組みをご紹介したいと思います。

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教員、学生、企業関係者らが集まりICTの活用に向けた連携を模索

歩道の植込みに雪がうっすら積もった2月、埼玉県宮代町にある日本工業大学で、特別支援学校のICTやAT(Assistive Technology:支援機器)の活用を考える研究会『彩特ICT/AT.labo』(以下、彩特ICT)が開かれました。

  • セミナー風景

彩特ICTは、特別支援学校におけるICTやATを活用した授業の普及促進を目的に活動する、埼玉県を中心とする有志の教員による研究会です。年2回の頻度で研究会を開き、先生方によるそれぞれの学校で実践してきた取り組みの発表や、テーマ別のワークショップを通して理解や知識を共有し、ICTの普及を進めていこうというものです。第8回目となる今回のテーマは、「特別支援教育と、小学校や中学校、高校、大学、そして企業との連携」。有志の教員に加え、大学生や高校生、企業関係者らが集まり連携の可能性を模索しました。

学びの意欲向上と生徒・教員の円滑なコミュニケーションに貢献するiPad

障害のあるなしに関わらず、学校におけるICT機器の活用は、学習の効果をより深める装置として認知が広がってきています。生徒たちの主体性や対話を引き出す「アクティブラーニング」など、多くのケースでICT授業の効果が表れてきています。

「障害がある子どもたちにこそ、ICT機器の活用は必要だと思います」と話すのは、埼玉県教育局 県立学校部 特別支援教育課の佐藤 幸博さん。タブレット端末などの機器を学校生活に取り入れて使うことで、それぞれの子どもたちの個性や興味関心を引き出すことができ、教員と生徒の相互理解にも役立っているそうです。埼玉県の特別支援学校では、iPadを活用した授業を実施するなど、教員が積極的にICTを取り入れて生徒たちの学ぶ意欲を引き出しています。

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ICT教育の実践を紹介するワークショップを実施

第8回彩特ICTでは、プログラミングや情報モラル、iPad活用といった異なる3つのテーマでワークショップを実施しました。

プログラミングがテーマのワークショップでは、参加者が3Dプリンターを使ったものづくりに挑戦しました。プログラミングの方法を学び、入力したデータを出力して形にします。実際に手に取ることで成果を実感でき、参加者の興味とやる気をかきたてます。プログラミング的思考の育成と実践を目指すものですが、3Dプリンターで入力データを形にして手に取ることで、楽しみながらプログラミングを学ぶ。参加者はそんな授業を体験することができました。

情報モラルのワークショップでは、スマートフォンやタブレット端末の普及により、特別支援学校の生徒たちにもSNSを利用する機会が増えてきたことで、ネットを使ううえで大事なルールやモラルを学ぶための方法・ツールを紹介しました。情報モラルを喚起するシミュレーションができる学習支援コンテンツ「OKTくんと学ぼう」を使用し、注意が必要な悪質サイトの特徴やシチュエーションを体験しながら学ぶことができます。

「OKTくんと学ぼう」の情報はこちら

iPad活用のワークショップでは、小学校や中学校、高校などの校種別のiPadの活用事例を紹介しました。特別支援学校ではiPadを活用した授業が積極的に行われており、参加した教員らが実際にiPadを触りながら、授業での実践的な活用をイメージしました。

  • プログラミングのワークショップでは3Dプリンターでの出力を体験

    プログラミングのワークショップでは3Dプリンターでの出力を体験

ICT活用で「生徒一人ひとりの個性と表現力を引き出す」

埼玉県立熊谷特別支援学校で教鞭をとる内田 孝洋先生は、全世界におよそ2500人いるApple社が認定するApple Distinguished Educator(ADE)のひとりです。ADEとは、テクノロジーを通して教育現場の変革に努める教員から選出され、学習環境とテクノロジーの統合を実現するエキスパートとして注目を集めています。内田先生はiPadを使った美術の授業を通して、生徒一人ひとりの個性や表現力を引き出す授業を続けています。

iPadを使えば、たとえば子どもたちが描いた絵にスタンプを加えるなどして新たな表現ができるようになります。鉛筆では文字が書けない子どもでも、iPadを使えば文字の入力ができるので、長文を作って自己表現が可能になるなど、生徒の表現力の向上に加えて円滑なコミュニケーションを実現するツールとなります。

「イラストの素材や写真を使った4コマ漫画の作成では、表現力に加えてストーリーを構成する力を鍛えることができます。動画やアプリを利用し、子どもたちそれぞれが好きなものを紹介するなどして、表現の方法を磨くことができます」と内田先生は効果を説明します。

肢体不自由の子どもたちの場合、ウェアラブルな心拍計測器を使うことで意識の集中度合などの反応を見ることができるようになるといいます。内田先生は海外の先生とも協力しながらアプリケーションを開発するなど、子どもたちの個性と表現力を引き出すツールの作成にも力を注いでいます。

  • 世界でも数少ないADEに認定されている熊谷特別支援学校の内田先生

    世界でも数少ないADEに認定されている熊谷特別支援学校の内田先生

高校生、教師、企業人、大学教授…あらゆる視点でICT教育を考える

彩特ICTでは、学生や企業関係者らによるプレゼンテーション見学会も行われました。ウェアラブル装置を身につけ体の動作に反応するソフトウェアなど、あらゆるデモンストレーションを展示して紹介していました。また、埼玉県立越谷総合技術高等学校の情報技術科3年生4人による、特別支援教育の改善を目的とするソフトウェア開発の発表も実施するなど、若者のアイデアを発表・登用する場となっていました。

  • プレゼンテーションでは参加者が各々のデモンストレーションを紹介

    プレゼンテーションでは参加者が各々のデモンストレーションを紹介

  • 埼玉県立越谷総合技術高等学校の生徒らが開発した特別支援向けソフトウェアの発表の様子

    埼玉県立越谷総合技術高等学校の生徒らが開発した特別支援向けソフトウェアの発表の様子

帝京大学 教職大学院の田村 順一教授による講演も開かれました。講演テーマは「特別支援学校と大学、高校、小中学校、企業とが連携したICT教育に期待すること」。講演で田村教授は障害をもつ人たちの生きづらさにふれ、“コミュニケーションの不成立”“意思決定の困難”“生活に必要な知識や技能の不足”といった課題を挙げました。それらの課題解決にはICTの活用が有効だとし、「ICT機器は障害がある子どもたちにとっての“STAND BY ME”です。生活を豊かにするパートナーであり、弱みを補ってくれるアシスタントであり、教材道具や人とつながるコミュニケーションツールでもあります」と説明しました。不便や困難を軽減するツール、そして楽しく使えるツールとして、ICT機器は子どもたちの学習を支えていけるのです。

  • 帝京大学の田村教授による講演の様子

    帝京大学の田村教授による講演の様子

学校や家庭での生活をより豊かにするためのICT活用を追求

2014年に発足し、翌年に第1回研究大会を開催した彩特ICTは、5年間の積み重ねを経て、教員同士のより深い学びや経験を共有できる場となりました。埼玉県立所沢おおぞら特別支援学校の教諭で彩特ICTの代表を務める佐藤裕理先生は、「徐々に活動が広がってきた実感があります。特別支援学校で学ぶ子どもたちにとって、ICT機器は生活を豊かにする機器として欠かせなくなっています。学生や企業の皆さんにも、現場のことを知る機会を持ってほしいという意味でも、有意義な会になったのでは」と振り返りました。

「生徒たちの得意なことを知り、一人ひとりに向き合うためにICT機器を活用し、生徒の力を伸ばしていきたいと考えています。私たち教員も楽しみながらICT授業をやっていけたらいいと思います」(佐藤先生)と、ICT活用の意義を話していました。

文部科学省が旗を振るICT教育の推進は、子どもたちの学習の効率向上を目指すものとして、全国で徐々に普及が進みつつあります。一方で、特別支援学校の子どもたちにとってのICTとは、効率的な授業の実施や学力の向上はもちろん、表現力を最大限に引き出すツール、周囲とのコミュニケーションをより活発にするツールとしてのポテンシャルを内包しています。多くの子どもたちが学校や家庭で過ごす時間をより豊かにできるよう、特別支援学校の子どもたちがもっとICT機器を利用できる環境を整える必要があります。彩特ICTのような活動を通して、さまざまな立場の人々の知恵と力を集めて連携を模索していくことが、特別支援教育のICT普及促進には求められています。

「彩特ICT/AT.labo」の情報はこちら
https://saitokuictat.wordpress.com/

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http://www.furunosystems.co.jp/

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