社員が最大限のパフォーマンスを発揮できる人事制度とは、どのように設計すればいいのか。また、事業戦略と組織設計の両立はどう考えていくべきなのか。そのヒントを探るべく、ソフトバンクの採用責任者であり、社員向け研修機関「ソフトバンクユニバーシティ」を統括する同社 人事本部 採用・人材開発統括部 統括部長の源田泰之氏と、「自分の上司は選挙で選ぶ」などユニークな人事制度を構築してきたアイエスエイプラン 代表取締役の糸川淳一氏による、対談をお届けする。

  • ソフトバンク 人事本部 採用・人材開発統括部 統括部長 源田 泰之氏(右)、アイエスエイプラン 代表取締役 糸川 淳一氏(左)

    ソフトバンク 人事本部 採用・人材開発統括部 統括部長 源田 泰之氏(右)、アイエスエイプラン 代表取締役 糸川 淳一氏(左)

企業における人事制度のあり方とは
――企業における人事制度のあり方について教えてください。

源田氏:私は「事業を推進する」ことが人事の役割だと思っています。まず会社のビジョンや事業戦略があり、それを実現するために人を採用し、制度を作り、育成、配置しているわけです。

昔の巨大企業ならば、ひとつの制度をずっと運用することが普通でしたが、今の時代、技術はすぐ進化し人の意識も変化します。そのため、事業もどんどん変わっていきます。いかにベーシックな制度をつくり、それを柔軟に対応させていくかを常に意識しています。

糸川氏:私は学生時代に組織論を専門に研究してきたこともあり、これまでは「戦略」より「組織」に目を向けてきました。人事制度の源泉は「リーダーシップ」だと考えています。リーダーシップを広い意味でとらえると、その人の「生き方」や働くための「動機」になります。これをいかに発揮してもらうか、やりがいを持ちながらどう成長してもらうか、アイエスエイプランを2006年に起業してからずっとフォーカスしてきました。

しかし最近は、IT導入支援から「クライアントの戦略をITによって実現する」という事業のステージに移りつつあります。そのためには、「クライアントが本当にほしいもの」と「自分たちがやるべきこと」が構造的に繋がる組織を作る必要があると思っています。人事制度もそれにリンクさせていかなければなりません。ソフトバンクさんは日本有数の戦略志向な会社だと思っておりますので、人事制度をシンプルにすることによって変化する戦略にフィットしていく構造をお持ちなのはとても刺激になります。

源田氏:そうおっしゃって頂けると嬉しいのですが、中にいる身としては「戦略」というより「ビジョン」を握っている感覚でいます。歩いて行く道順はしょっちゅう変わりますから、向かう方向が決まっていることが重要です。

また、お話を聞いていて「個人の自己実現」と「組織の成功」をどう両立させるかが、人事の腕の見せ所なのかなと感じました。人事の立場にいると、どうしても“個”にフォーカスしてしまいますが、事業を推進するためにはどういう組織を設計していくべきなのか、といった視点も必要なのでしょう。

両社を特徴付ける人事制度
――自社の人事制度について教えてください。

源田氏:ソフトバンクは極めてシンプルなミッショングレード制を採っています。役割に応じて基本給が、成果に応じてボーナスが決まるのです。「新入社員」「中堅社員」とくくってしまうのではなく、新人でもベテランでも「このスキルがあるからこの役割をオファーする」という仕組みになっています。

また、ソフトバンクでは「モチベーションが高い人ほど生産性が高い」という仮説を置き、モチベーションを高めるために当事者意識を醸成するような人事施策を検討しています。例えば、今年度は約600名がフリーエージェント制度やジョブポスティング制度を使って異動しました。ここまでの規模で社員自らの意志で異動が実現する日本企業は少ないと思います。「人事をやったから次は営業にチャレンジしたい」、「経営戦略に携わりたい」、「起業したい」といった思いを実現できるような制度にしていきたいと思っています。

糸川氏:さすがはソフトバンクさんですね。アイエスエイプランはまだ若い会社ですので、「上司」に求められるロール(役割)とアビリティ(能力)を1人に負わせるのは組織の発達のために非効率と考え、これを3つのリーダーに分割しました。数字を作る「プロジェクトリーダー(PL)」と、人間関係を設計する「ファシリテーションリーダー(FL)」と、それ以外に必要なコトを企画する「コミッティリーダー(CL)」です。

この制度の柱はFLです。FLが技術的なアドバイスをしたり、キャリアについての相談に乗ったり、時にはプライベートな悩みを聞いたりと、2週間に一度、必ず1on1ミーティングをするようにしています。この意図は「内省」の機会を増やすことにあります。自分自身の考えや行動を深く振り返ることなしに、大人は成長できないと思っているからです。

源田氏:内省の機会を増やす仕組みとして、すごく勉強になります。確かに、ただ「内省をしてね」と言ってもなかなかやりませんよね。また「指摘をしたけれど、自分はできているだろうか」と、評価者の内省も進むと思います。

糸川氏:そう! 実は評価者の「内省」が大切だと思っていて、アイエスエイプランでは「自分で上司(FL)を決める」という制度を実施しています。これは結構本格的な選挙で、ポスターを作り、マニフェストを冊子にして、自分のFLを決めていくのです。選挙当日はもちろんスピーチも行います。「従う部下がいることがリーダーシップの条件」というグリーンリーフの『サーバントリーダーシップ』の考えをもとに設計しています。

源田氏:とても面白いですね。ただ素朴な疑問があります。短期的に業績を出せる人が、必ずしも慕われるわけではありませんよね。メンバーが未熟だった場合「あの上司ならゆるく働けるな」なんて選ばれることはありませんか。

糸川氏:ものすごくあります。成長したいのか、それともコンフォートゾーン(慣れ親しんだ環境)にいたいのかは、やっぱり人によりますね。

源田氏:人の可能性は信じなければなりませんが、すごく難しいことだと思います。

糸川氏:走りたくない人に、それでいいよと言うのか、それともお尻を叩くのか、どっちに答えがあるかは分かりません。ただ最近は、個々に注目しすぎるより「全員の走る平均スピードを上げる」ことのほうが大事なんじゃないかと思い始めています。

源田氏:そうですね。少なくともソフトバンクは、会社としての決まり切った答えは持っていません。いろんなカルチャーの人間が集まっていますし、私もボーダフォン出身です。多様な考え方がありながら、同じ方角を向ける環境が重要なのだと思います。

研修制度からコミュニティを生み出す
――自社人材育成や研修について教えてください。

糸川氏:社員向け研修機関である「ソフトバンクユニバーシティ」の受講については、人事はどれだけ関与するのでしょうか?

源田氏:新入社員研修と、管理職研修以外は手挙げ方式です。360度サーベイを元に受講を推奨したり、受けたくなるような講座設計には注力しますが、受けたくない人は無理に受講する必要はないというスタンスです。

糸川氏:普通はなかなか手が挙がらないと思いますが、ソフトバンクには自律的なカルチャーが根付いているのでしょうか。

源田氏:ソフトバンクユニバーシティは2010年に設立したのですが、当初は受講者も少なく、軌道に乗るまでにとても時間がかかりました。どうすれば魅力的な研修になるのか、自分でもひと通り受講したところ、リーダーシップの研修がしっくりこなかったのです。ものすごく理路整然としている講師だったのですが、腑に落ちなかったのです。ソフトバンクの研修なのだから、理論を学ぶより、仕事に役立って成長に直接的に繋がる方が絶対に良いと気づきました。そこで社内認定講師制度をつくって、実際に活躍している社員に講師として登壇してもらうことにしたんです。これで研修満足度はものすごく上がりました。

社内に講師がいるメリットは大きいです。一度研修で学んだくらいで完璧にそれを実践できるわけがありません。「教わったプレゼンが失敗してしまったけど、それはなぜ?」と、社内で聞き直すことができるんです。こうして研修が終わった後でもテーマごとに横の繋がりが生まれていき、多様なコミュニティが作られることを意識しています。

糸川氏:コミュニティは運用が一番難しいと思います。どういった工夫をされているのでしょうか?

源田氏:コミュニティのリーダー役を見つけて、その人から発信することです。人事が勉強会や交流会を大々的に告知してもしらけてしまいますから。予算は出して、盛り上がる仕組みは用意します。人の成長には「内省」ともうひとつ「対話」が重要だと思いますが、立場の異なる人が参加するコミュニティの中では、質のいい対話がどんどん生まれていきます。

糸川氏:「対話」は特に同感ですね。アイエスエイプランでは、自分の中にある意識を引き出して、行動に結びつける「コーチング」、パズルを使ったゲームでコミュニケーション力を磨く「ゲーミフィケーション」、緊急性は低いが重要なことを考えるための「トレーニングキャンプ(とれキャン)」などを実施しています。自分のことを深く知ることができるようになると、相手のことも考えられるようになるため、こうした学びつづけることができる環境づくりを常に意識しています。

他にも、社員一人ひとりの成長にあわせた200種類以上のセミナー受講の運用や新卒、内定者向け研修のコンテンツなんかもアイエスエイプランは社員主導のコミュニティにて実施しており、コミュニティの場を多く設けるようにしています。

源田氏:非常に楽しそうな企画ばかりですね。ソフトバンクでも参考にさせていただきます。やはり、コミュニティの場を設けいかに醸成させていくかが人材育成のポイントですね。

今後のビジネスを勝ち抜くために
――最後に、読者の方々へ何かアドバイスなどありましたらお聞かせください。

源田氏:人事というポジションにいると「いろんなコトを試しちゃいけない」と思いがちですが、そんなことはありません。まずは仮説を立てて、試してみることをお薦めします。研修ひとつとっても、自分で講師をやったことがないならば、本当に役立つ研修は設計できません。自ら行動することをお薦めします。

糸川氏:「制度はなるべくシンプルにして柔軟性を高める」「多様性の中で個のパフォーマンスを成長させ、組織の目指す方向と一致させる」といった、ソフトバンクさんの考えを聞けたことは大変勉強になりました。組織の空気感や個々の努力に指向性を持たせて、戦略フィットな組織にデザインしていくことが、当社が次の階段を登るために必要なことだと感じました。これは、他の企業様にも当てはまることだと思います。

――源田さん、糸川さん、貴重なお話をありがとうございました。

[PR]提供:アイエスエイプラン