はじめに

高齢化に伴い、ヘルス・サポートを必要とする人々が増加していることで、医療費全体に大きな影響が生じています。このため、政府機関や医療保険各社は、予防、健康意識、ライフスタイルをより重視するようになっています。これは一般に、運動時間の増加や食事の改善だけを意味するのではありません。一定のバイタル・パラメータのモニタリングに対する関心が高まっているということです。スマート・ウォッチやヘルス・ウォッチ・メーカーの収益がここ数年伸びているのは、このためです。

ただし、ヘルス・ウォッチを購入してバイタル・パラメータを測定すれば、より健康的な生活を送れるわけではありません。健康な生活を送るうえで大事なことは、一定の身体パラメータを長期にわたってモニタすることで、その数値への親しみを深めて日々の健康増進に役立てることです。このプロセスは、身体がどのように機能し、健康のための長期的コストをどうすれば減らすことができるかについて、理解を深める助けとなります。

本稿では、図1に示すアナログ・デバイセズの最新ウェアラブルVSMプラットフォームについて説明します。アナログ・デバイセズは最終製品メーカーではありません。このプラットフォームは、エレクトロニクス分野の設計者やシステム・アーキテクトが医療従事者や医療市場向けに、より新しく、よりスマートで、より正確なウェアラブル・デバイスを設計する際の開発プロセスの短縮に寄与するリファレンス・デザインとして設計されたものです。

  • 図1. アナログ・デバイセズの最新ウェアラブルVSMプラットフォーム、GEN II

    図1. アナログ・デバイセズの最新ウェアラブルVSMプラットフォーム、GEN II

何を、どのように、どこで測定するか

ウェアラブル・デバイスは、広範なバイタル・パラメータを測定することができます。全体の目標に応じて、特定の指定値の測定が他よりも重要になります。ウェアラブル・デバイスの装着部位は、何を測定でき、何を測定できないかに大きく影響します。最もわかりやすいのは手首です。人は手首に何かを装着するのに慣れており、スマート・ウォッチや手首装着型の機器が市場にあふれている理由もここにあります。手首の他に、頭部もウェアラブル・デバイスの装着に適しています。ヘッドフォンやイヤフォンを例にとると、心拍数、酸素飽和度、体温などのパラメータを測定するセンサーが組み込まれた様々なスタイルのものが提供されています。もう1つ、ウェアラブル・デバイスの装着に適しているのは胸です。第1世代の心拍数モニタはチェスト・ストラップに取り付けて使用する設計でしたが、この生体電位測定の原理は現在でも非常に正確な手法とされています。ただ、チェスト・ストラップは付け心地があまり良くないので、現在ではチェスト・パッチが使われる傾向にあります。いくつかのメーカーが、バイタル・パラメータ・モニタ用のスマート・パッチの開発に参入しています。

身体の場所によっては、測定するパラメータだけでなく、使用する技術の選択も必要になります。心拍数の測定では、生体電位測定が最も古い技術の1つです。信号が強く、2個以上の電極を利用して容易に測定することができます。この方法では、チェスト・ストラップやヘッドフォンに回路を組み込むのがベストです。しかし、手首のように1カ所だけで生体電位信号を測定するのはほとんど不可能です。測定は、これらの電気信号が生成される心臓を挟んで行う必要があります。シングル・スポット測定には、光学技術のほうが適しています。この場合は光が組織に当てられ、その反射が動脈内の血流を示すものとして取り込まれ、測定されます。この光学的に受け取った信号から、心拍に関する情報を引き出すことができます。この技術は比較的簡単なものに思われますが、身体の動きや周囲光など、設計を非常に困難にする可能性のある課題や影響因子があります。

アナログ・デバイセズのGEN IIウェアラブル・デバイス用リファレンス・プラットフォームは、上述した技術のほとんどを搭載しています。このデバイスは手首に装着するように設計されていますが、ソフトベルトを取り外して体に取り付け、スマート・パッチとして使用することもできます。このデバイスには、生体電位測定、光学式心拍数測定、生体インピーダンス測定、モーション・トラッキング、体温測定のための技術が搭載されており、そのすべてが小型のバッテリ駆動デバイスに統合されています。

全体の目標

アナログ・デバイセズは、なぜGEN IIウォッチのようなシステムを設計したのでしょうか。こうしたシステムの目標は、複数のバイタル・パラメータを簡単な方法で測定できるようにすることです。このデバイスは複数のパラメータの同時測定が可能で、結果はSDカードに保存されるか、BLEワイヤレス接続を通じてスマート・デバイスに送信されます。測定が同時に行われるので、複数の測定値間の相関関係を知る手助けにもなります。バイオメディカル・エンジニア、アルゴリズム・プロバイダ、起業家は、病気の発見が遅れた場合に予想される身体への悪影響や損害を最小限に抑えるために、病気の早期発見に役立つ新技術、アプリケーション、使用事例を常に探し求めています。

1回だけの測定では何もわからない

アナログ・デバイセズのこの新しいウェアラブル・システムは、組み込みセンサー、処理能力、そしてワイヤレス通信を組み合わせた画期的なデバイスです。

光学システムは、ADPD107光学アナログ・フロント・エンドを中心に構築されています。このデバイスは、緑色LEDを使用してPPGと心拍数を測定しており、デバイス装着時の近接検知用に赤外線LEDを組み込んでいます。生体電位によるECG測定は、2個のAD8233アナログ・フロント・エンドでサポートされています。1つのフロント・エンドが、デバイスに組み込まれた電極とのインターフェースをとります。デバイスの裏側にある1つの電極が四肢の1つに接触しており、他の四肢(手)でデバイス上面にある2つ目の電極に触れることでループを閉じることができます。また、2つ目のアナログ・フロント・エンドをイネーブルすると、外部電極を使ってECGを測定することができます。これにより、ユーザはスマート・パッチのようなデバイスを身に着けて、外部電極を直接胸部に接続することができます。デバイス裏面の電極は2つの機能を備えており、ECGの他に皮膚電気活動(EDA)の測定にも使用できます。EDAは皮膚電気反射(GSR)とも呼ばれ、皮膚の導電率に関係しており、内的または外的刺激に起因する感情により刻々と変化します。GEN IIウォッチは、このわずかな導電率の変化を検出することができます。送信および受信シグナル・チェーンを含む回路はこの測定原理に基づいており、すべてディスクリート部品で構成されています。この設計は、最小限の消費電力で高い精度を実現します。更に付け加えると、皮膚温度測定用の温度センサーと3軸の超低消費電力MEMSセンサー(ADXL362)が組み込まれていることも重要な点です。MEMSセンサーは動作を追跡するものです。これはモーション・プロファイリングに使用できるだけでなく、他の測定で生じる動作によるアーチファクトの補正も可能です。動作は常に重要な要素であり、心拍数、SPO2、呼吸数などのいくつかのバイタル・パラメータは身体活動に大きく左右されるので、モーションの測定が必要です。

ジョギング中は心拍数が140bpmでも全く問題ありませんが、カウチに座っている状態で140bpmあるとしたら問題の存在を疑う必要があります。様々なセンサー信号を組み合わせることによって、新しいアプリケーションをサポートすることもできます。

プロセッサとしては、センサー・データを収集してアルゴリズムを実行するために、超低消費電力のADuCM3029が組み込まれています。センサー・ボードに統合されたデバイスの概要を図2に示します。

  • 図2. GEN IIウォッチ・プラットフォームのセンサー・ボード

    図2. GEN IIウォッチ・プラットフォームのセンサー・ボード

ストレスと連続血圧

心拍数を得るにはECG測定またはPPG測定を行う必要がありますが、この測定では、動作に起因するアーチファクトを補正したい場合を除き、複数のセンサー出力を組み合わせる必要はありません。複数の測定が必要な事例には、ストレス管理や連続血圧モニタリングなどがあります。感情の状態は、皮膚の導電率の変化をモニタすることによって測定できます。これは1つのパラメータにすぎませんが、心拍数や心拍数変化(HRV)といった他のパラメータのモニタリングと組み合わせれば、測定の価値が大きく高まります。皮膚の温度もストレス測定の入力項目として追加できます。もう1つの興味深い使用例が、血圧のモニタリングです。これは非常に重要なパラメータですが、そのシステムはほとんどがカフを使用するものなので、ウェアラブルかつ継続的なシステムに組み込むのは困難です。ただし、カフなしで血圧を測定する手法もいくつかあり、その1つが脈波伝播時間(PTT)を使用するものです。R波の心臓が収縮する時点から指に心拍が達するまでの間に、動脈PTT信号を測定することができます。この伝達時間と血圧の間には直接的な相関関係があります。ECGとPPGの測定値を組み合わせたグラフを図3に示します。GEN IIウォッチは1つのデバイスでECGとPPG両方の測定をサポートしているので、この測定に使用することができます。

  • 図3. ECG測定とPPGの組み合わせ

    図3. ECG測定とPPGの組み合わせ

プロトタイプから製品へ

GEN IIウォッチでは、多くの高性能センサーと機能が小型のウェアラブル・デバイスに組み込まれています。また、エレクトロニクスの設計の他に、数多くの機械的側面も考慮されています。この点で、このプラットフォームは、セミプロ・スポーツおよびプロ・スポーツ市場や医療市場に重点を置く設計会社とデバイス・メーカーにとって、非常に魅力的なものとなります。複数のパラメータを同時に測定可能でも、アルゴリズムでアプリケーションを補完して様々な用途に対応する必要があります。このデバイスを利用すれば、開発者とデバイス・メーカーは、テスト前のアルゴリズムの評価と構築を省略して開発プロセスを速やかに開始することができます。提供可能なGEN IIウォッチの数量は限られていますが、アナログ・デバイセズは、プロの介護士や医療保険会社に販売できる最先端のシステムを、設計会社やアルゴリズム・プロバイダと協力して開発することに強い関心を寄せています。既に医療用の仕様を満たしている機能がある一方、まだ改善が必要な機能もありますが、アナログ・デバイセズが正しい方向に進んでいることは間違いありません。

著者:Jan-Hein Broeders
アナログ・デバイセズのEMEAヘルスケア・ビジネス開発マネージャ。ヘルスケア産業界と緊密に連携し、市場をリードするアナログ・デバイセズのリニア・コンバータ技術とデータ・コンバータ技術やデジタル信号処理製品、電力用製品をベースに業界の現在および将来の要求をソリューションに反映させる業務に従事しています。アナログ・フィールド・アプリケーション・エンジニアとして半導体業界で働き始めて20年以上、2008年からはヘルスケア・ビジネス部門で現職を務めています。オランダのスヘルトーヘンボス大学で電気工学士の学位を取得しました。
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