OCEANUSのコンセプトは「Elegance,Technology」。伝統の高度な技術と東京らしい美しさという視点からも、江戸切子はまさにストーリーを紡ぐ縦糸。そんなイメージも、このデザインに馴染みます。

堀口氏:「そこが今回のプロジェクトの最大のポイントです。ベゼルの装飾に江戸切子を使うことの、意味とストーリーはどこにあるのか。それが(商品を手に取る人に)伝わらないと、江戸切子という手法を使ったところで、作り手の単なる自己満足で終わってしまう。技術や手法はあくまで目的達成のための“手段”であって、使うことが“目的”になってはダメですよね。

そうじゃなくて、OCEANUSの新しいスタイル、東京らしいElegance,Technologyを提示するために、東京を象徴する美のひとつとして江戸切子の文化をこの時計に込めるのだと。こうあるべきなんです。『今回のOCEANUSの新作はカッコいいね』、『このベゼルがまたいいなぁ』、『えっ、これって江戸切子が使われているの?』と、そうなるのが理想。そのために、自分も加工精度をギリギリまで上げて、より精緻な江戸切子ならではの風合いを感じていただけるよう努めました」

  • 作業ブースで、OCW-S4000Cのベゼルにカットを入れる堀口氏

    作業ブースで、OCEANUSのベゼルにカットを入れる堀口氏

  • 「割り出し」という工程で引かれた基準線をもとに、回転式の刃を当てていく

    「割り出し」という工程で描かれた基準をもとに、回転式の刃を当てていく

  • 着色は作業用のダミー。実際にはカット終了後、ひと皮むくように研磨してチッピングを取り、青色の蒸着工程に入る(カットの工程のみ堀口氏の担当)

    着色は作業用のダミー。実際にはカット終了後、ひと皮むくように研磨してチッピングを取り、蒸着工程に入る(カットの工程のみ堀口氏の担当)

その思いを込められて完成したOCW-S4000Cを初めてご覧になったとき、どう思われましたか?

堀口氏:「純粋に、この時計は欲しいな、着けたいなと思えました。それは、仕事の質として一定のラインを越えることができた証かなと思います」

製品カタログや店頭ディスプレイだけではなかなか分かりにくい、ここが見どころ! という点を教えてください。

堀口氏:「精度をギリギリまで上げたというお話をしましたが、具体的には、たとえばベゼルのラインですね。これらはひとつひとつ手作業でカットしています。でも、製品ごとのズレや個体差がほぼ出ないようにしています。理想は、その個体差をゼロにすることです」

いやいや、今でも手作業とは信じられない精度ですよ! それに、多少の誤差は手作業なりの持ち味だったり……。

堀口氏:「誤差も味のうち、というのは、お客さんが言ってくださるならともかく、作り手側が言うのはナシです。それに今回は特に高級時計の仕事。ベゼルの加工精度は、そのまま時計精度のイメージに結び付きますから。むしろ、手作業のにおいを感じられない方が作り手としては嬉しいですね」

作り手の中に生きる哲学が製品に宿る

精度を徹底的に追求してカットされたOCW-S4000Cのベゼル。ところが、堀口氏いわく「技術的な難易度としては、実はそれほど高くないともいえる」のだそう。

堀口氏:「かつて板東八十助(10代目 板東三津五郎)さんが亡くなられたとき、息子さんが葬儀の喪主挨拶で、こんなお話をされたんです。『父の芸というのは、誰にでもできるような小さな努力を、誰にも真似できないほど膨大な数を積み重ねた先にある、ひとつの究極の形だったと思います』と。

自分たち堀口切子の商品群も、プロの切子職人から見れば、技術的には簡単なものが多いんです。理由は、簡単だからこそ、精度や完成度を引き上げられるという点です。

仮に、80点取れば良いという仕事なら、難易度を上げたってまったく構わないんです。でも、自分たちが目指しているのは、90点の先にある。90点から91点、92点にするための工夫と努力、そういう仕事をしているつもりです。いたずらに技術難易度を上げてしまうと、この“90点の先”が途端に難しくなってくる。だから、難易度を可能な限り引き下げる必要があるんですね。

ただ、単純に引き下げてしまうとチープな雰囲気が出てきてしまう。だから、そこをデザイン力でカバーしていく。品質をきちんとコントロールできる範囲内で技術難易度を上げ、さらに精度を上げて商品の総合得点を上げていく。これは非常に難しいことですが、きちんと準備をして、手はずが整っていれば不可能なことではありません」

事実、今回のベゼルにおいても、加工精度を飛躍的に上げるために、カット位置の基準線を引く「割り出し」という行程を従来の江戸切子のワークフローから外れた方法で行うなど、堀口氏は作業工程も含めた工夫と準備、検証を徹底的に行ったといいます。

文字通り、研ぎ澄まされた精度をストイックなまでに追い求め続ける堀口氏。お話を伺って、OCEANUSの哲学は作り手の中に生きているからこそ製品に宿るのだと、あらためて感じました。

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