名前は知っていても、実際に触ったことはない。その代表的なもののひとつが「関数電卓」だろう。限られた人が使う、何やら難解な数式を解くための道具。そして、多くの人が自分とは無縁と感じている……。だが、ちょっと待ってほしい。本当にそうだろうか? 私たちは関数電卓の真実を何も知らずに、勝手にそう思い込んでいるだけなのでは? そこで今回は、マイナビニュース編集部きっての数学好き(関数に関しては血が騒ぐ)であり、デジタルジャンル編集長に就任後は別の意味で数字に追われる日々を送る林利明が、カシオ計算機を訪問。3Dグラフ関数電卓の開発者に(個人的興味も多分に交えつつ)お話を伺う。

  • マイナビニュース デジタルジャンル 林編集長が直撃っ!

普通の電卓と何が違う?

まず、一般的な電卓と関数電卓の違いについて簡単におさらいしておこう。計算機能としては、一般電卓は、足す、引く、掛ける、割るの四則演算と百分率(パーセント)の計算などがメインで、機種によっては平方根(ルート)計算ができるものもあるが、だいたいそこまでだ。

それに対し、関数電卓はその名の通り関数(たとえば、三角関数)や累乗(るいじょう)、平方根、円周率のπに代表される定数などを使用した計算が可能。四則演算では一般電卓のように入力順ではなく、(小学校で習ったように)加算や乗算、カッコで括られた計算が先に行われる。

外観としては、一般電卓のディスプレイ(計算窓)は1行で、入力した数値と計算結果を表示するためのものが、関数電卓は数式やグラフなどを表示するため、複数行表示に対応した広いディスプレイを持つ。また、複雑な計算を行うため、テンキー以外のキーが圧倒的に多い。

  • コレが関数電卓。一般的な電卓よりもPCに近いイメージかも
    ※写真はカシオ計算機のグラフ機能付き最新モデル「fx-CG50」

さて、今回ご対応いただいたのは、カシオ計算機 CES事業部 商品企画部の櫻井貴行氏で、学生時代からカシオ関数電卓のユーザーだったとのこと。ではさっそく始めていこう。

関数電卓にも種類がある!

林:まず、関数電卓のトレンドについて教えてください。

櫻井氏:ひと口に関数電卓といっても、実は大きく2種類に分かれます。ひとつは、当社で「スタンダード」と呼んでいる数式表示の関数電卓。

もう一方は、表やグラフを表示したり、プログラミングも行える高性能なグラフ関数電卓です。スタンダード製品は数学の関数を手軽に計算するのに向いていて、グラフ関数電卓は、関数計算に加えてグラフや図形で数学をビジュアルとして考えたり、学んだりするのに向いています。最新のグラフ関数電卓「fx-CG50」には、立体への理解を深めるのに役立つ3Dグラフ機能も搭載しています。

  • カシオ関数電卓の歴代主要機種。1985年には世界初のグラフ関数電卓を発売。高精細カラー液晶を搭載したグラフ関数電卓は、日本では2012年から発売している

  • カシオのカラーグラフ関数電卓に搭載されている「ピクチャープロット」機能。物や事象の画像にグラフを重ねることで、数学を身近に感じてもらうための機能

林:日本は試験の時に電卓って基本持ち込み禁止じゃないですか。でも、海外では電卓持ち込みが許されているところも多い。この違いはどこから来ているんでしょうか?

櫻井氏:数学教育の目的は数学的な知識や技能の習得にあって、これは国を問わず普遍的なものです。ただ、教育方法については国による違いがあり、日本では大学に入学するまでは、自力で計算する能力も大事にしているので、試験での持ち込みは不可の場合が多いですね。一方で授業では、日本でも高校や中学で関数電卓を活用いただいている事例はいろいろありまして、手応えを感じています。関数電卓で実際に色々な数値を入れてみて、数式が示すグラフがどう動くのかを試したり、その先を考えたりする授業の事例を集めて、さらに国内で数学教育に携わる幅広い方々とその事例を共有することで、"考える数学"を広めてゆく。こうした積み重ねが大切だと思います。

PCか、スマホか、関数電卓か

林:日本では、カシオさんの関数電卓はどんな方々が多く使われているんですか?

櫻井氏:スタンダードな関数電卓を中心に、高校生に関しては、工業高校で幅広く活用いただいています。大学生の場合は、理系学部に入学したときに購入される方が多いですね。その上で、瞬間的な関数や統計の計算だけでなく、数学をより発展的・専門的に考える必要がある方は、3Dグラフを含めたグラフ描画やプログラミングができる高機能なグラフ関数電卓をお求めになりますね。

林:やはり購入者は理系学部の方が多いのでしょうか?

櫻井氏:ご指摘の通り、購入者としては多いです。ですが、利用シーンとして必ずしもそうであるとは考えておりません。経済学部でも高度な数学を使いますし、扱う数式が比較的高度になっていく分野では、学部を問わず手に取っていただける機会があると思います。

同社 CES事業部 商品企画部 櫻井貴行氏

林:数式や3Dグラフなどは、PCが得意な分野ですよね。そこでPCでなく関数電卓を使う理由は、どんなところにあるとお考えですか?

櫻井氏:まずは"手軽さ"でしょう。さっと取り出して数式を入力したり、思ったパラメーターを登録すれば、その場で数学を表現できます。間違ったものを入力してもいいんです。あれ、なんか思っていた結果と違うぞ、じゃあここをちょっと修正してみよう、とか。それを時間や場所を問わず手軽にできるのは、関数電卓の大きな利点ですね

PCでもグラフの作成はできますが、それはプレゼンや提出物作成に使うことが多いのではないでしょうか。誰かに説明するために、グラフを作り込むとか。これに対して、関数電卓のグラフは手軽に入力して計算結果をビジュアルとして表現をし、確認するものと考えています。どちらを使うというより、そもそも用途が違うんです。

林:関数電卓は、あくまで思考のためのツールだということですね。

櫻井氏:そういう使い方をしていただけると本望です。ちょっと前、数式やグラフをばーっと書き始めるキャラクターのドラマがありましたが、ひょっとしたら、頭のいい方はあんな感じでぱっと取り出して使っていただけるのではないかと(笑)。

林:では、スマホのアプリと比べたときのメリットはいかがでしょう? こちらは、サイズ的にも機能的にも重なる部分がありますが。

櫻井氏:最大の違いは、きちんと押し応えが感じられる物理キーがあること。これはこだわる方が多いですね。あとは、ボタンひとつで瞬時に起動すること。使いやすいキーボードが付いた上でこのサイズなこと、そして手軽さは専用機ならではのアドバンテージだと思います。

  • 物理キーは専用機の大きなアドバンテージだ(写真は「fx-CG50」)

林:製品開発にあたって、一般の電卓と異なる点はありますか?

櫻井氏:関数電卓は世界規模で教育用として使われているので、様々な国の先生方とお話させていただく機会がたくさんあるんです。学校に赴くこともありますし、各国の数学教育者をお招きして研究会を開催することもあります。そうした活動を通じて、この機能は授業のどんな場面で役立つのか、生徒さんの理解を深めるには関数電卓をどう活用すれば良いのかといったお話をうかがいながら、常により良い製品を目指しています。カシオの関数電卓は、"技術的にこれができるから"ではなく、"数学を効果的に教えるのにこうしたいから"という視点を大切にして開発していますね

林:関数電卓ならではの開発苦労話などありますか?

櫻井氏:細かな部分ですが、カラーのグラフ機能を初めて搭載したとき、配色について悩みました。グリッドは何色だろうとか、どんな点線で描けば良いかなど、世界の教科書をかき集めてきて研究しました。これらの表現は国や地域でまったく違うので、全世界で共通化するのは難しかったですね。それでも結果的には、これなら日本も含めてあらゆるユーザーに違和感なく入ってくるんじゃないかという表現を見つけることができました。

今回の新機能である3Dグラフも同様に、そのときの検討が活かされています。これからも、難しい計算ができる側面だけでなく、数学を丁寧にきちんと表現できることにもこだわって開発をしていきたいと思います。