ディープラーニングにAI、ビッグデータといった先進技術を実装した「自律稼動するシステム」が、ビジネス現場において当たり前のようにみられるようになっている。こうした市場のトレンドを受け、自動化や自律システムを支えるプラットフォーム「MATLAB/Simulink」の開発元であるMathWorksは10月31日「MATLAB EXPO 2017」を開催。「Autonomous Anything」をテーマに、様々な講演を来場者に提供した。

本稿ではその中から、基調講演に登壇した米MathWorksのフェローJim Tung氏による「How to Build an Autonomous Anything」と、MathWorks Japan宅島章夫氏による「MATLAB and Simulink最新情報」の模様をレポートする。

自動運転、配送ロボット、ドローン - 広がりを見せる“自律システム”

米MathWorksのフェローJim Tung氏

Tung氏は、MathWorksで25年にわたり、マーケティング担当バイスプレジデント、ビジネス開発担当バイスプレジデントを歴任し、現在はフェローとしてビジネスとテクノロジーの戦略・分析に従事している。

講演のはじめ、同氏はMathWorksが近年注力するAutonomous Technologyについて、「辞書的に言えば、『予行演習されていない環境下』で、『人間の直接的な動作から独立して動作するシステム』となります」と定義した。ここで重要なのは、まず前者の環境が「まったく新しい環境下(条件下)」であるということ、そして後者についてはシステムが独自に判断して動作すること、以上2つを満たすものをAutonomous Technologyとしている点だ。

たとえば、クルマにパネルをはめ込むロボットは同じ条件下で同じ作業を繰り返すだけである。これは従来人が行ってきた作業を自動化したシステムではあるが、Autonomousなシステムではない。Autonomousであるためには、周囲の環境をみずから探索しながら自身がどう動けばいいかを判断して自らを制御する必要がある。これは、自動システムと自律システムの違いと言ってもいいだろう。

では、Autonomous Technologyの実現には、具体的にどのような技術が必要となるのか。Tung氏は講演の中で、必要な技術を大きく4つに分類した。

「自動運転車や配送ロボット、ドローンなど、Autonomous Technologyはさまざまなものに応用されています。Autonomous Technologyは、まず対象の情報を『センシング(Sense)』して『把握(Perceive)』する。把握した情報をもとに『決定・計画(Decide & Plan)』し、『行動する(Act)』する。以上4つの技術が連携することで実現されています」(Tung氏)

自動運転車を例に説明しよう。車両側は前方の人やクルマをセンシングし、常にその存在を把握しながら「『前方のクルマとぶつかる』と把握した際に車間距離を制御する」という計画を立てている。これにより、実際にそうした場面に遭遇した場合でも、ブレーキといった行動が自動的に行われるわけだ。そしてAutonomousの優れる点は、この決定・計画をシステムが独自に学習して行うことにある。

「ディープラーニングなどの技術により、システムはセンサから得たデータを使って学習します。その結果、データの無い未経験の環境下にも対応し、適切な行動を判断して、それを実行することができます」(Tung氏)

MATLAB/Simulinkを使った"自律システム"の構築事例

続けてTung氏は、MATLAB/Simulinkのいくつかの事例を挙げて、Autonomous Technologyがどのようなビジネスで実働しているのかを紹介した。

まず取り上げたのは、ガスの掘削現場で使われる専用トラックの予防保守にAutonomous Technologyを適用した、ベーカー・ヒューズ社のケースだ。この専用トラックは土砂汲み上げ用のポンプを備えているが、ポンプが故障すると修理に10万ドルのコストがかかる。そこで同社では、テラバイト級の汲み上げデータをMATLAB上で分析し、故障予知システムを構築。故障前にポンプの修理ができるようになったことで、1000万ドル以上ものコストを削減したという。

「予防保守には、データドリブンで、なおかつモデルドリブンなアプローチを用いることが有効です。他にも、フランスの航空エンジンメーカーのサフラン社は、エンジンを監視する独自のアルゴリズムとプラットフォームをMATLAB/Simulinkで開発し、予防保守を行っています」(Tung氏)

  • ベーカー・ヒューズ社の事例は、MathWorksのHPでも紹介されている

続けて、医療機関のビッグフットバイオメディカルの事例を紹介。ビッグフットバイオメディカルは糖尿病の患者向けに、血糖度をモニタリングするデバイスとモバイルアプリを提供している。これは、デバイスが収集する生体データをもとに、いつインシュリンを投与すればよいかをシステムが判断し、アプリでそれをガイドするというものだ。同アプリは、Simulinkを使ったシミュレーションによって、インシュリンの量が減ったり、ポンプがバッテリー切れを起こしたりといった不測の事態にも対応できるようなっている。さらに、患者の容態変化をシミュレーションとして示すことも可能だ。

  • 血糖度をモニタリングするデバイスとモバイルアプリ

「ここまで紹介したケースはデータの量や変数がある程度決まっています。そのため、技術的難易度はそれほど高くありません。一方、データや変数が膨大になり、予測が難しいケースもあります」とTung氏。その例として紹介したのが、産業機械メーカーであるCNHインダストリアルの取り組みだ。

CNHインダストリアルは、農業用の自走トレーラーを開発し、刈り入れ機で収穫した穀物を並走するトレーラーへ自動積載するシステムを実装した。トレーラーが自走するためには、車体の状況を常に把握し、車体を制御すればいいかを逐次判断し、それをアクチュエータに伝える必要がある。また、収穫物を複数台のトレーラーに積むためには、吹き出し口の状況を見て次のトレーラーとうまく入れ替わる必要もある。さらに、雨や風、畑の中のぬかるみなど、どのような環境下であっても自律的な動作を担保せねばならない。

これら一連の作業に必要な情報を効率よく収集すべく、同社は3D映像を活用。3Dカメラを使って車体や吹き出し口、トレーラー、そして環境の状況を一括してモニタリングし、それをリアルタイムに分析することで車体を制御しているという。

  • 農業用の自走トレーラーとそのしくみ

Autonomousシステム構築に必要なポイントとは

Tung氏は、こうしたAutonomous システムの開発に際しては、GEなどが取り入れているデジタルツインの考え方を取り入れることが有効だと解説する。デジタルツインとは、現実の物理現象をコンピュータ上でデジタルにリアルタイムに再現することで、現実に近いシミュレーションをすることが可能となり、開発効率、トラブルの予測精度を高める手法だ。

「MATLAB/Simulinkはデジタルツインを実践するための機能を一通り揃えています。モデルベースデザインは、デジタルツインのコンセプトを製品ライフサイクル全体に渡って導入するプラットフォームとして、以前より活用されています」(Tung氏)

ここで挙がった機能は、実際に、ドイツ航空宇宙センターが開発したロボット「Justin」など様々なプロジェクトで活用されている。Justinは、3Dセンサと物体認識を使って、投げたボールを掴んだり、投げ返したりといった動作を自律的に行うもので、複雑なブロックをどう積み上げればいいかも学習する。こうしたロジック、アルゴリズムの構築に、これまで説明してきた様々な手法が取り入れられているわけだ。

  • ドイツ航空宇宙センターが開発したロボット「Justin」

その後、Tung氏はAutonomousシステムを構築するための留意点に触れて、講演をまとめた。

「Autonomousシステムの構築に際しては、予測がしやすいデータドリブン、モデルドリブンなアプローチを採用すべきです。また、いかにして効率的に、かつ正しいデータを得るかという点も重要です。そのためには、ビッグデータや画像処理といった技術を積極的に活用すべきでしょう。自社でどんなAutonomousができるかを検討し、デジタルツインの考え方を取り入れながら高効率にプロジェクトを進めてほしいですね」(Tung氏)