芸人たちによる笑わせ合いバトル『HITOSHI MATSUMOTO Presentsドキュメンタル』に、幻のパイロットシーズンが存在していたことをご存じだろうか。秋山竜次(ロバート)、ハチミツ二郎(東京ダイナマイト)、内間政成(スリムクラブ)、大島美幸(森三中)、斎藤司(トレンディエンジェル)、こいで(シャンプーハット)、清人(バッドボーイズ)、久保田和靖(とろサーモン)、おにぎり(ニューロマンス)、板東英二という、"実験"としては豪華すぎるメンバーが、探り合いながら熱戦を展開。松本人志の解説を交え、11月15日から配信が始まった。

松本人志いわく「無法地帯」

『ドキュメンタル』は、松本が提唱した新たな笑いのサバイバルマッチだ。ルールはシンプル。100万円を支払った10人の芸人が参加し、相手を笑わせ合い、最後まで笑わなかった者が勝者。制限時間は6時間。最後まで生き残った勝者が賞金1000万円(シーズン2からは参加費を考えると実質1000万にならないため、1100万円に増額)を獲得するというもの。

笑わす方法はなんでもあり。『人志松本のすべらない話』(フジテレビ)のようなトークで笑わせてもよければ、大喜利的なボケでもいい。あるいは、絶妙なツッコミによって笑いを誘発しても構わない。持ち寄った小道具の使用もOKだ。相手を笑わそうと思った言動が呼び水となって、その相手のリアクションで笑ってしまうなんてことも起こりうるだろう。

これを松本人志は「無法地帯」と表現した。それまでの賞レースではコントや漫才が、『IPPONグランプリ』(フジテレビ)では大喜利が、『すべらない話』ではトーク力が、というように何かに特化した力が試されてきたが、『ドキュメンタル』で必要なのは笑いの総合力なのだ。

シーズン1では、“お試し”というような意味合いもあったのだろう、出場者はよしもとの芸人に限られていた。だが、シーズン2では、他事務所所属の芸人や女芸人にも門戸を広げた。

そしてシーズン3。集まった出場者を前に松本人志はこう言った。

「このメンバースゴくないですか?」

過去2回の戦いを経て、確かにそう言いたくなるメンバーがそろった。

最後に登場した芸人に大きなどよめき

「屈強なメンバーがそろいすぎですよ。松本さんにゲイ疑惑が出ています」

さっそく、後藤輝基(フットボールアワー)にツッコまれたように、今回、「ザ・芸人」体型ともいえるぽっちゃりや大柄の芸人が数多くそろった。

最初に戦場にやってきたのは、ケンドーコバヤシ。松本は「オールラウンダー」と評する。大喜利、すべらない話、一人コント、下ネタがすべてでき、安定感も手数もあると。『ドキュメンタル』の魅力のひとつは、各出場者について、松本の分析・解説が聞けることだ。

続いてやってきたフットボールアワー・後藤には「俯瞰芸人」、ロバート・秋山竜次には「素人に対しても玄人に対しても攻撃力をもっている。表笑いも裏笑いもできる」と評価する。TKO・木下隆行は松本から招待状を受け取ると「待ってました!」と歓喜した。

こうしたリアクションを見られるのもこの番組の面白さのひとつだ。芸人にとって、笑いの実力がむき出しに試される場は怖いところであるが、うれしい場所でもある。何しろ、あの松本人志からの指名なのだ。一方で100万円を失うかもしれないリスクもある。

「芸人で生きている限りこういうお祭りに参加しないわけにはいかない。出たくて、出たくない番組ですね」

オードリー・春日俊彰は、大量の小道具を入れた大きなバッグを携えて入ってきた。一方、サンドウィッチマン・伊達みきおは、片手にティッシュボックスひとつだけ。「メガネを拭く」ためだという。

このあたりにも、芸人それぞれの個性が表れていて面白い。ちなみに参加費の100万円、みんなが思い思いの封筒に入れて持ってくるのに対して、春日だけは、「セキュリティーを考えて」、手提げ金庫に入れて持参してきていた。

さらに2度目の参戦となる野性爆弾・くっきー、「坊主の芸人よくでがち」と『ドキュメンタル』あるあるを歌い上げる芸人屈指の強心臓の持ち主・レイザーラモンRG、「おもろいときはめっちゃおもろい、おもんないときは全然おもろない」と松本が評すプラス・マイナス・岩橋良昌が席についた。

そして最後に登場した芸人に大きなどよめきが起こる。極楽とんぼ・山本圭壱である。

約10年間の“空白”期間を経て復帰した男だ。「賭ける思いが強いだろう」と松本が言うとおり、「ブランクだと言ってる暇はない。地上波に対してのプレゼン」だと意気込みを力強く語る山本。かつては『めちゃ×イケてるッ!』(フジ)で、ナインティナインの岡村隆史と並ぶ2大エースとしてゴールデンのお笑い番組を支えていた猛者だ。近いルールで行われた『めちゃイケ』の「お笑いバトルロワイアル」では、岡村や江頭2:50ら強豪が参加する中、見事優勝している。今回のメンバーでも優勝候補と言えるだろう。

まさにお笑い筋肉がパンパンに膨れ上がった屈強な10人が集まったのだ。

「一撃で全員笑わせてもいいんですよね」

しかし、戦いは波乱の幕開けとなった。開始わずか10分、ジャブの応酬のようなボケが繰り出される中で、誰かが笑ったことを告げるサイレンが鳴り響いたのだ。

出場メンバーも「誰?」「誰?」と口々に囁く。中に入ってきた松本は山本にイエローカードを提示した。

「10分間、ずーっと山本、うっすら笑ってるんです」

確かに山本は開始直後からこの場にいるのが心底うれしそうに口元が緩んでいた。優勝候補と見られていた山本がいきなりイエローを背負うことになってしまったのだ。

『ドキュメンタル』では笑っても一発退場とはならない。救済措置として最初はイエロー、次にオレンジが提示され、最後レッドになると失格となるルールだ。だが、その笑いの度合いから、イエローを飛び越え、いきなりオレンジやレッドを提示することもある。思わず声を出して笑ってしまった場合、一発退場もあり得るという、より緊張感を高めるルール変更だ。実際、このルール変更によって、早々にある2人の退場が決まってしまうのだ。

波乱含みの序盤だったが、本当の意味で大きく動き出したのは、春日が仕掛けたときだ。

「一撃で全員笑わせてもいいんですよね」と息巻いていた春日。そんな春日は早々に上半身裸になっていたが、2人失格となり8人になった段階で、ズボンも脱いだ。すると現れたのが、女性用の下着。かろうじて性器が隠れているだけの状態だ。しかも春日はボディビルをやっていることもあり下の毛を剃っている。

「ツルツルやないか」

後藤がツッコむとなぜか岩橋が「そうです」と肯く。ちょうど春日がズボンを脱いだ時に岩橋はなぜか折り紙で鶴を折っていたのだ。だから後藤の言葉を「鶴やないか」と聞き間違え、自分に対する言葉だと思った岩橋が反応するという“奇跡”が起きたのだ。

不思議と下品さが感じられない裸芸

『ドキュメンタル』では、持ちネタや準備してきた笑いはほとんど通用しない。こうした奇跡が威力を発揮する。そこで笑いが起きると、雪崩を打つように春日の体で次々と笑いが生まれていく。

また、ケンドーコバヤシが「道場マッチ」と呼ぶように、洗練された笑いというよりは、どんどん原始的な笑いに行く傾向がある。その最たるものが裸芸だ。シーズン1も2もそれが猛威を振るった。だからどうしても下品な感じになり、場が荒れる。けれど、なぜか春日の裸はそういう下品さは感じないから不思議だ。素直に笑えるのだ。

極めつけは、春日のあそこの皮が長く伸びることが分かった後だ。皮の中に小さなカレーライスの消しゴムを入れてみようというのだ。すっぽりとあそこの中に収まるカレーライス。次の瞬間、ゆっくりと“産まれる”ように出てくるのだ。その光景をまともに見たら、笑いを堪えることは難しい。まさに「一撃で全員笑わせる」ような破壊力だった。

「こんなん笑えへんやつ、おらんやろ!」と松本が言うように、春日本人も笑ってしまうのだ。

「だけど、春日の攻撃ポイントはすごい入ってるからね」

相手を笑わせると、その分だけ攻撃ポイントが加算される。もし制限時間を超えて複数の芸人が生き残った場合、その攻撃ポイント上位者が優勝となる。

笑いは攻撃している瞬間が一番無防備になるもの。自分が笑わないことを第一に考えれば、笑いが生まれる空気の中に入らなければいいだけだ。だけど、芸人のプライドとしてそれは許されない。どこまで自分から仕掛けていくか、その”メンタル”が試されるのがこの番組だ。だからこそ、タイトルも『ドキュメンタル』なのだろう。

そういう意味で果敢に笑いを取りに行き、長時間にわたりその中心になった春日は、シーズン3のMVPと言えるだろう。

「ゾンビルール」で後半戦が躍動

失格者が増えるに従って番組は膠着状態になっていく。そんなとき発動するのが、シーズン3から新設された「ゾンビルール」だ。失格者が「ゾンビ」となって生き残っているものたちを笑わしにかかる。全員が失格となればノーコンテストとなり、参加費が払い戻しになるというルールだ。

これにより、どうしても展開があまり生まれない後半戦が躍動した。だから、ダレてしまうような時間もない。生き残っている芸人からすれば、捨て身で攻撃してくるゾンビの攻撃に耐えながら、同時に他の生き残りの芸人を笑わせなければならない。より過酷な状況の中で、むき出しになるのはやはりその芸人のメンタルだ。

いかに相手を笑わすか、いかに笑わないでいるか。そのせめぎ合いこそ、『ドキュメンタル』。芸人たちの”原始の姿“が映し出されるのだ。

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パイロットシーズンに加え、松本人志がこれまでの3シーズンを名場面とともに振り返るインタビューも収録された「『HITOSHIMATSUMOTO Presents ドキュメンタル Documentary of Documental』は、11月15日に配信を開始。前編、後編の2回構成で各話60分~75分程度とのことだ。同シリーズのファンの方はもちろんのこと、まだ同シリーズを見たことのない方も、ぜひ、この機会に見てみてほしい。

著者プロフィール
戸部田誠(てれびのスキマ)
1978年生まれ。テレビっ子。ライター。著書に『タモリ学』(イースト・プレス)、『コントに捧げた内村光良の怒り』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮新書)などがある。

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