新幹線で降りる時、「お疲れ様でした」と言われると、長旅で疲れた旅行客もつい気持ちがなごみます。そんな日本の僅か7分間に凝縮されたおもてなし文化にハーバード大学の教授も感動したのでしょうか。本日はハーバード大学ビジネス・スクールにおける、ケース・スタディの必須テーマとして採用された「7 Minute Miracle」についてのお話です。

7 Minute Miracle

世界に冠たる日本の新幹線、年間12万本運行される東海道新幹線の年間平均遅延時間は、地震や台風の日も含めて何と僅か36秒(2011年度実績)と言います。平常運行では実質遅延時間ゼロと言える驚異的な数値です。先の東京オリンピックの年である1964年に開業してから、脈々と受け継がれる鉄道運用技術の粋と言えます。また我々日本人にとっては当たり前の、ホームの昇降口マークにピタリと停まる16両車両など世界にはないのです。

これらの新幹線の正確無比な運行管理に更に輝きを与えているのが、JR東日本テクノハートTESSEI(以下TESSEI)の清掃員たちによる車内清掃作業です。新幹線が駅のホームに到着してから、折り返して発車するまでの時間は12分です。乗客の降車に2分、乗車に3分という時間が必要なため、実際に清掃に使える時間は僅か7分間しかありません。「7分間の新幹線劇場」と言われるのは、こうしたことからです。ハーバード・ビジネス・スクールでは、この驚異的な清掃作業を請け負うTESSEIの清掃員たちのモチベーションを、いかにして回復させたかを検証しています。

新幹線が入線すると車両に向かって清掃員が整列して一礼し、昇降口で降りてくる乗客に「お疲れ様でした」と労いながらごみを回収し、乗客が降り終えると迅速に車両に乗り込み、テキパキと清掃作業に取り掛かります。そして作業が終了すると、ホームで再度整列してお辞儀をする姿は、みなさんもご覧になったのではないでしょうか?

我々日本人には駅ホームでのごく普通の光景ですが、外国人観光客にとっては日本人の効率性とおもてなしの精神に感動するそうです。TESSEIでは新幹線1編成当たり22名の1チームが作業に当たります。各普通車両を1名が担当し、グリーン車を3名、トイレ専門に3名といった分担です。またTESSEIには20名ほどの事務職もいますが、その事務職員も現場の清掃作業のスキルを身に付けています。TESSEIの現場清掃員は殆どが契約社員やパートであり、しかも平均年齢が52歳という高齢です。今でこそ絶賛されるTESSEIの清掃作業も、当初は下請け会社の単純作業ということもあって乗客からの苦情も多かったと言います。その課題を抱えていたTESSEIが、2005年にJR東日本から矢部輝夫氏がTESSEIの役員として赴任してから、清掃品質も従業員のモチベーションも見事に回復したというのです。ハーバード・ビジネス・スクールでは清掃作業のビデオを見せながら、講師は受講生に質問します。

【講師の質問】
「改善のために、君たちが矢部氏の立場だったらどのような手を打ちますか?」
【受講者回答】
「評価が高い清掃員には報奨金を与える」
「高い生産性を発揮する清掃員を昇進させる」
「チェック体制を強化し品質改善をする」

いかにも欧米人らしい回答ですが、TESSEIの改革は決して「お金」「昇進」「管理強化」といったものではありませんでした。では実際はどうだったのでしょう?

結論を先に言うと、矢部氏が就任するまでの『管理型経営』から『自主性尊重』の経営に、期間を掛けて切り替えていったということになります。個々の改善活動の実施策において反対を唱える、TESSEIおよび親会社のJR東日本の経営者を粘り強く説得し、打てる手を着実に実施したというのです。TESSEIのケースでは、それを強力に牽引したのが矢部氏だったということです。親会社にも正しいと思うことは堂々とものを言い、社内の反対意見にも屈せず説得していった結果が、数年後にはこのような大きな成果を生んだのです。話を聞けば、ごく当たり前のことのように思いますが、いざ実行しようとすると、サラリーマンの世界では極めて根気と勇気のいることなので、多くの人は諦めるのではないでしょうか? その点、矢部氏の行動は高く評価されます。

矢部取締役のあるインタビュー記事によると
TESSEIでは、様々な取り組みを行いました。身近なところでは、いかにも作業員風の制服をスタイリッシュなユニフォーム(夏期はアロハシャツなど)に変え、オシャレ心を取り入れました。特に効果があったのは『エンジェル・リポート』でした。社内で選ばれた30人の主任が良い行いをした従業員をリポートし、それを本社がまとめて発行する。このリポートを元に、従業員の表彰を実施する仕組みも作ったのです。『Aさんが道に迷ったお年寄りを案内した』『Bさんがコンコースで飲み物をこぼした乗客に対して素早く対応していた』など、リポートは1万6千件にもなりました。当初は親会社から『当たり前のことをやっているのに、なぜ褒めるのか』と言われたこともありました。100人のうち1人が行ったことが事故やクレームにつながることがあります。多くの経営者はこれをなくすために必死になりがちですが、TESSEIを支えているのは残りの99人です。その人たちが、地道に当たり前のことを当たり前にやってくれるから会社が成り立ちます。だから、当たり前のことを褒める必要があるのです。

このように矢部氏の強力な指導力の下、清掃員の仕事に会社としても敬意を払い支援していく姿勢に、長い期間を掛けて地道に取り組んでいったことが、TESSEI従業員のモチベーション回復の真の原因であるということを、ハーバード・ビジネス・スクールの受講生は理解していきます。毎年同スクールで開催される海外視察旅行では、日本が一番人気で直ぐ定員が埋まるそうです。受講生は実際に東京駅で、清掃員の無駄のない仕事ぶりと礼儀正しさを目の当たりにして感動するそうです。これらの報道を聞くと、同じ日本人としてもこの上なく誇りに思えます。世界から見た日本は、大戦で完膚なきまでに破壊されたにもかかわらず、20年で見事に世界第2位のGDPを打ち立てた奇跡の国であり、TESSEIの例に見るように、利用客に礼節を尽くす高い文化も併せ持つ羨望の国ではないでしょうか。私自身、つくづく日本人に生まれたことを感謝したいと思います。

因みに何人かのアメリカ人のハーバード大学MBA取得者に話を聞くと、同スクールのMBAの最大の価値とは、学位取得もさることながら、世界各国から留学に来る将来のエリート官僚や企業経営者との人脈が築けることである、と答える意見が支配的でした。MBAそのものよりも、いかに海外のキーマンと太い人脈を持っているかが、その人の米国社会における価値とみなされているようです。

本記事は、アイ・ユー・ケイが運営するブログ「つぶやきの部屋」を転載したものになります。

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