10月14日、日本科学未来館にて"デザイン×テクノロジー"をテーマにした次世代のモノづくりについて体感する solidThinking Converge Japan が開催された。基調講演をおこなったのは、東京大学教授の山中俊治氏。これまでにOLYMPUSのO-productや日産自動車のインフィニティQ45、さらにSuica改札機、ヒューマノイド・ロボット、競技用義足といった様々な「モノづくり」を手がけてきたデザインエンジニアである。本稿では、講演の内容をさらに深掘りしたインタビューをお届けする。

solidThinking Converge Japanでの講演

社会に投げかけるためのデザイン

――「未来を作るプロトタイピング」というタイトルでご講演頂きましたが、「作る」という言葉を「envision(思い描く、予見する)」と英訳されていたのが気になりました。どういった意図からでしょうか?

その言葉をあえて選んだのは、我々が最終製品よりもプロトタイプによってインスパイアされる未来を重視しているからです。プロトタイピングという未来のスケッチを投げかけ、それに触発されて社会が動く。そんな意味を込めて「envision」を使いました。

――特に日本ではアートとエンジニアリングの世界で分断が起きているなか、山中先生は「デザイン」という言葉遣いに対して、「人工物あるいは人工環境と人のあいだで起こるほぼすべてのことを計画し、幸福な体験を実現すること」と新たな概念を示していらっしゃいます。

デザイナーがターゲットにするのはもちろん「人」でしょう。しかし、人間中心ということだけではなく、「人とモノの関係」を中心に据えることが重要だと考えています。また、サイエンスやアートは必ずしも我々の暮らしに利益を与える訳ではありません。科学者は世界の真理を探すために、現代アーティストは人間とは何かという問いを突きつけるために活動しています。こうしたアプローチに比べると、エンジニアリングやデザインと呼ばれている世界は、それを手にした人も、売った人も、享受した社会も、全てがハッピーになることを目指しています。真理探究のために座りづらい椅子を提供するのは「デザイン」ではないでしょう、ということです。

――そういったお考えはいつからお持ちだったのですか。

この定義を使い始めたのは5、6年前からで、ごく最近のことです。それ以前から、「デザイン」という言葉がさまざまな場面で乱用される一方、「デザインを取るか? 機能を取るか?」というような、スタイリングと機能性は両立しないものであるという前提に立った相変わらずの議論にも使われてしまっています。そんな状況下で、「デザイン」という言葉のちょうどいい落としどころを探していました。先日、ある省庁の文書の中で私の定義を採用しているのを見ました。ある程度は浸透してきたのかな、と思っています。

――20年前に先生が携わったSuica改札機の開発でも、実証実験を通じて「手前に少し傾いている光るアンテナ面」に人は自然にタッチできるという気づきを得て、傾斜を13.5度のデザインに決められています。約5割だった読み取りエラー率を1%以下に抑えたこのエピソードも「人とモノとの関係に幸福をもたらす」ことが実現された事例だと感じました。

「格好良いモノを作る」「美に近づく」という意味でのスタイリングだけではなく、人とモノとの関係全般は昔から考えてきましたね。

人とモノとの新たな関係

――一方で、競技用義足はそのスタイリングすらなされていないことが問題だったとおっしゃっていました。義足の世界とはどこで出会われたのでしょうか。

最初は「義足ってかっこいい」と思ったことがきっかけです。2008年の北京オリンピック直前にオスカー・ピストリウス(*)の映像を見て「これほど人と物が一体になれるのか。本来の身体よりも美しく見える瞬間もある」と興味を持ちました。ところが、日本で義足を使っている人と話したり、義肢装具士の方と会ったり、義肢を作っている現場に行ったりする中で、いろいろなことが欠如していることが分かり、開発に関わってゆく方向に踏み込んでいきました。
(*)南アフリカ共和国のパラリンピック・オリンピック陸上選手

いま使われている義足は、第一次世界大戦後に大量生産を目的としてデザインされた物です。脚と足先とジョイントそれぞれのパーツを量産モジュール化したかたちは、多くの人に安価に供給できる素晴らしいアイディアでしたが、全体として人に調和するスタイリングは失われていました。

――現在ではパラリンピックランナーの高桑早生さんとともに、競技用義足のデザインを続けていらっしゃいますね。

彼女は2013年に私たちがデザインした義足を使い始めました。それ以来「チームメイトが義足の話をしてくれるようになった」と言います。以前は目の前で義足を着脱していても、まるでそれが存在しないかのように話題が避けられていたが、新デザインの義足を使い始めてからは、「どうやって練習しているの」「左右の重さが違うのにどうやってバランスをとっているの」と質問されるようになったそうです。デザインには人々の意識を変える力がある。義足が普通になっていくこと、デザインが社会を変える可能性を改めて感じます。

存在しないテクノロジーをふくませる

――誰かのためのスペシャルな義足を作るだけでなく、それを最終製品として普及させるための仕組み作りまで考えて、先生の視野の広さを感じました。

ミクロな視点では、人と物との接点を丁寧に観察して最高の状態にしたいと思っていますが、マクロな視点では、そもそも両者を取り巻く社会がそうならないと、人と物に幸福な出会いが訪れないと思っています。二つのビジョンを意図して切り替えるのは凄く大事なことです。今まで手作りでやっていた義足を、普及のためデジタル化していこうと思ったときに、トポロジー最適化(*)が出来るソフトウェアがあるということで、アルテアエンジニアリング社の"Inspire"を使わせてもらいました。
(*)指定した設計空間において、製品に生じる力や支持条件を考慮した上で最適な材料配置を求めるシミュレーションテクノロジー

――Inspireなどのエンジニアリングを支援するツールを使ってみて、出来るようになったことは何でしょうか。

デザイナーの直感というのは、あてになる場合も見当が外れることもあります。試作品をつくってテストをしてみたら、「こんなところが壊れるんだ」と驚くこともあります。こういう形にするとどうなるか、アイディアをシミュレーションにかけて、「今度はここが壊れるようになった」「逆に強度がありすぎる」といったことが、リアルタイムで確認できるようになったことは、凄くありがたいです。ただ、我々の直感のまずさ、あるいは条件設定の問題なのかもしれませんが、トポロジー最適化でシミュレーションした結果と我々が見て美しいと感じるデザインにまだズレがあります。今は評価関数が「軽さ」と「強さ」しかないので、「シンプルさ/複雑さ」や「こういう向きの流れに沿って」といった美的観点での条件付けを、チームの院生が研究しております。

――これからのツール、テクノロジーに関する考えをお聞かせください。

我々のビジョンは常に「未来」を向いています。ツールが出してくれる答えは「現状の中でのベスト」であることがしばしばあります。ツールそのものをプロトタイピングし、方法論そのものをenvisionしていく姿勢が大事です。未来の義足も、デザイナーがいったんメタ・デザインしておいて、それに準じているけれど違う形状が自動生成されて、ひとりひとりにフィットする、という仕組みができることがベストでしょう。前世紀のデザイナーの仕事が、「新しい技術を売れるようにすること」だったならば、今世紀のデザイナーの役割は「まだ存在しない技術」もふくめて社会に方向性を示すことだと考えています。

(マイナビニュース広告企画:提供 アルテアエンジニアリング)