あのローマの英雄ジュリアス・シーザーも利用したという暗号。現代と比べれば、文字列をずらしただけの単純なロジック(シーザー暗号)でしたが、それでも当時、解読は実質不可能で軍事的な命令伝達には必須でした。それから2000年後の日本軍の暗号はどうだったのでしょう。

暗号の運用技術の差

暗号と聞くと、実際にはどのようなロジックで解読されにくい暗号を組み立て、また一方で解読する方はどのようにして解読していたのか、妙に好奇心が湧きます。

そこで今日は大東亜戦争時の日本軍の暗号についてのお話です。卑近なケースでは、クラブのママからお誘いの電話がかかってきた時に、昔のサラリーマン諸氏が周囲に気づかれないように「あっ、どうもお世話になっております。かしこまりました。いつものように夕方までに資料を送付させていただきます。宜しいでしょうか?」と答えたりすることで、「いつものように→いつもの喫茶店で」「夕方→18時」「資料送付→待ち合わせ可能」「宜しいでしょうか?→確認」という意味を伝えることもあったようで、まあこれも一種の暗号(どちらかというと隠語に近い)ではありますが、あまり多用するとそのうち周囲にどうも怪しいと思われ、解読されてしまうようになります。

76年が経った今でも、外交と軍事の情報は公開されていない部分もありますので、一部推測も入るという前提でご覧ください。よく米国政府は日本が必ず真珠湾を攻撃すると予測していたといった意見を聞きます。これは当時の日本の状況と、米国の日本に対する外交政策(石油輸出を止めた)を勘案すれば、誰でも推測がつくことだと思います。

では米国に解読されていたという日本の暗号は、そんなにお粗末な構造だったのでしょうか? 日本人と米国人の頭脳にそれほど格差があるとはどうしても思えないので、暗号が漏れた理由を知りたくなり整理しました。当時の日本の暗号には外務省、海軍、陸軍の3系統あったと言われています。この中で暗号解読の難易度では、易しい順に外務省、海軍、陸軍の順と言われています。米国は日本の外務省が使用する暗号を、昭和16年の夏ごろから解読していました。真珠湾攻撃の半年ぐらい前です。米国は日本の外務省が使っていた暗号が、スウェーデンの会社が開発した「暗号機械」で作成しているということを突き止め、同じタイプの「暗号機械」を入手して暗号の原理を突き止めたのです。この情報がどのようにして米国に漏れたかまでは残念ながら分かりません。内部のスパイからなのか、スウェーデンの暗号装置メーカーからの情報漏えいなのか、外務省のセキュリティの甘さが故なのか、今となっては知る由もありませんが、国の命運を分けるほどの影響があったことには変わりありません。さらに、

  1. 膨大な数の暗号電文を入手し、乱数が重複した時に生じる「同じ文字列の出現」を突き止める。
  2. 世界各国の日本の在外公館から、スパイ活動によって暗号解読の手がかりを得る。

といった方法で、日本外務省が使っていたのと同じ「暗号機械」の複製に成功します。昭和16年12月の時点では、ワシントンの日本大使館が受信した暗号電報を解読するのより速く、アメリカ国務省の暗号班が傍受した暗号電報を解読してしまう状況でした。これによりアメリカ政府は12月8日に日本が戦争を仕掛けてくると把握し、日本が真っ先に攻撃すると思われるフィリピン駐留の米軍部隊は、12月8日の黎明に日本の最前線基地である台湾を空襲する準備をしていました。

一方、昭和16年の段階では、アメリカは「日本海軍」の暗号を一切解読できていませんでした。日本海軍の暗号は、暗号書で作成した暗号文を乱数表によってさらに「強化」していました。暗号書と乱数表を入手しない限り、基本的には解読できません。そうでしょう、日本の暗号もそんなに簡単に破られる訳がないのです。暗号書は文字を4ケタ程度の数値で表す辞書に当たり、乱数表は「膨大な数の乱数が決まった順番で並んでいる分厚い本」と考えれば良いでしょう。暗号文の冒頭に「乱数表1208ページを使用」といった指定をして使用しました。例えていうと、辞書によって平文を文字列に変換したあとに、乱数表のロジックに従い不要な文字を間引きし、整列処理を行って最終的な文字列を作るといった感じでしょうか(←推測です)。

日本海軍は開戦時に、空母を集中して真珠湾の太平洋艦隊を空襲するということを、外務省には一切伝えていませんでした。そして「日本本土から2千海里も離れたハワイを、日本海軍が空母の全力で空襲する」というリスク満載の作戦は、当時の「軍事常識」では「有り得ないこと」だったのです。

日本の外務省は真珠湾攻撃のことを全く知らないので、日本の外務省の暗号電報を全て解読しても、真珠湾攻撃、その他、日本海軍がどのような作戦行動を取るのかは判明しなかったのです。このあたりの真偽はあと50年後ぐらいに、米国の公文書の機密開示が解けた時に判明するかもしれません。そのため、ハワイの米国太平洋艦隊、ハワイ防衛の陸軍・空軍は「無警戒」の状態で12月7日早朝(ハワイ時間)を迎えました。また米国は真珠湾の水深が浅いことから、日本の航空機が仮に攻撃してきても航空魚雷は使用不可能と考えていましたし、急降下爆撃機からの爆弾では戦艦の装甲は貫通しないため、被害は軽微と甘く見ていたのです。

ところが日本の木製の姿勢制御翼を装着した航空魚雷は、水深12mでも攻撃可能だったのです。それが米国の誤算でした。その後、昭和17年に入ると連合軍が撃沈した日本海軍の潜水艦から暗号書・乱数表が回収されたことにより、日本海軍の暗号がだんだん読まれるようになったというのが事の真相のようです。ミッドウェー海戦についても、アメリカが日本海軍の暗号を解読し待ち伏せをしていたことは有名な史実です。

これ以降、日本海軍の暗号は「読まれ放し」の状態となりました。ミッドウェー海戦直前に日本の偵察機が打電した信号に、共通する文字列があったらしいのです。米太平洋艦隊司令長官のニミッツは、それがある海域を意味するのではないかと推測し、再度おとりの艦隊を想定される海域に派遣し、敢えて発見させたところ、その時の日本の偵察機が打電した暗号にも同じ文字列があったため、日本海軍が現れる海域を特定したと書籍で読んだ記憶があります。正に情報解析能力と機密漏えい対策の運用面で、米軍に負けていたことになります。決して日本の暗号技術自体が劣っていた訳ではないのでした。

隠語について

なお、有名な「ニイタカヤマノボレ一二〇八」という日本海軍の電文は,『暗号文』ではありません。これは「開戦日は12月8日(日本時間)である」という意味の暗号をさらに強化するための「隠語」です(ニイタカヤマ:新高山は台湾にある当時の日本領土で最高峰の山)。モールス信号で「ニ・イ・タ・カ・ヤ・マ・ノ・ボ・レ・一・二・〇・八」と打電したように勘違いしている人もいるようですが、そのような愚かなことはしておりません。「ニイタカヤマノボレ一二〇八」を暗号書と乱数表の指定のページで暗号化して、「1234 5678 3212 ・・・」といったような4桁の数字の羅列の暗号文で打電しました。

ちなみに、日本陸軍の「開戦日は12月8日(日本時間)である」ということを示す電文は「ヒノデハヤマガタ」でした。「ヤマガタ」が「8日」を示す隠語で、1日ならば(ヒロシマ)、2日ならば(フクシマ)など順番に隠語が振られ、事前に各方面に文書で通知されておりました。結局、暗号ロジック自体は堅牢であっても、運用面で使用するロジックが把握されると、このような結果になるのだという典型でした。次回は、数学の素因数分解と暗号化について調べてみたいと思います。

本記事は、アイ・ユー・ケイが運営するブログ「つぶやきの部屋」を転載したものになります。

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