成人してからホクロができた、そのホクロが徐々に大きくなって7mm以上になっている…。そんな場合、皮膚科で検査を受けたほうがよいかもしれない。皮膚がんの可能性があるからだ。

冒頭から不安を煽るようなことを書いたが、早期発見すれば多くのがんは治る。つまり、いかに早く検査を受けて、的確な診断を受けるかが大事だ。その「的確な診断」が行える医師の増加を陰で支えるツールとして、カシオ計算機が開発した医師向けのクラウド型学習支援サービス「CeMDS」が皮膚科の医療現場で注目を集めている。

「第115回 日本皮膚科学会総会」の会場となったのは国立京都国際会館だ

CeMDSがなぜ注目を集めているのか、CeMDSによって日本の皮膚がん患者を取り巻く環境はどう変わるのか、一般の人たちが知っておきたいことはあるのか……。今回、6月3日から5日まで開催された「第115回 日本皮膚科学会総会」において、CeMDSの協力者でもある皮膚科の権威、3人の医師にインタビューする機会が得られたので、このあたりを詳しく聞いてきた。

CeMDSの画面。日替わりで実際の高精細症例画像を使った問題が表示されるなど、学びやすい工夫が凝らされている

インタビューをお伝えする前に、CeMDSの概要について簡単にまとめておこう。

CeMDSは皮膚がんなど皮膚の病変を判別する、ダーモスコピー(dermoscopy)と呼ばれる検査の習熟を目的とした、いわゆるEラーニングシステムだ。

2015年6月からカシオが「CMDS」の名称で無料のトライアルサービスとして展開してきたが、同年12月17日のバージョンアップを機に、現在のCeMDS(CASIO e-Medical Data Support)に改称。引き続き無料サービスを展開中だ。この件についてはマイナビニュースでも過去に取り上げている。

■カシオ、皮膚の病変を学ぶ医師向けサービス「CeMDS」を拡充&リニューアル
■カシオが医師向けに提供している「ダーモスコピー学習用サービス」が刷新、強化された学習機能とは?

CeMDSは、日替わりの出題を解く「診断トレーニング」機能を搭載しており、まとまった勉強時間を取りづらい開業医などが、隙間時間に効率よく学べるよう工夫を凝らした設計になっている。一口でいうと「ダーモスコピー検査の技術を学ぶツール」なわけだが、ダーモスコピーも耳慣れない人が多いと思うので、こちらも少し補足しておく。

ダーモスコピーは、皮膚の腫瘍やホクロ(専門用語では色素細胞母斑という)などを、特殊な皮膚拡大鏡「ダーモスコープ(dermoscope)」で観察して診断する手法を指す。悪性の腫瘍なのか無害なホクロなのか、肉眼や単純なルーペでは判別しづらい場面でも、ダーモスコープを使えば病変部が明るく照らされ、反射光も抑えた状態で観察できる。

ちょうど10年前の2006年、ダーモスコピーに関する診療報酬が改定され、保険が適用されるようになったことから、急速に普及が進んだ。皮膚科の現場では、ダーモスコピーを知らないドクターはいないくらい認知されるにいたった。皮膚を拡大して観察するだけなので、患者に痛みや副作用はなく、検査の所要時間も10分程度。保険により、患者の自己負担額は数百円で済む。自分は皮膚がんではないかと不安を持って医師を訪れる患者にとって、大変心強い検査手法なのだ。

ただし医師がダーモスコピー検査を導入したからといって、診断そのものが機械任せになるわけではない。医師が経験を積み、学習しなければならない点は変わらず重要だ。ダーモスコピー自体も進化を続けており、最近はダーモスコープで肌だけでなく、爪や毛まで見られるようになるなど、範囲が広がっている。これはつまり、学ぶことが増えているということでもある。

皮膚科の現場とダーモスコピー

そんななか、ダーモスコピーの普及啓発に尽力ししている、田中勝教授(東京女子医科大学 東医療センター)、外川八英助教(千葉大学大学院 医学研究院 皮膚科学)、古賀弘志助教(信州大学医学部 皮膚科学教室)に話を聞いた。田中氏はCeMDSの共同開発者でもあり、外川氏と古賀氏は症例データ提供などでCeMDSに協力している。

左から、千葉大学大学院 医学研究院 皮膚科学の外川八英助教、東京女子医科大学 東医療センターの田中勝教授、信州大学医学部 皮膚科学教室の古賀弘志助教

―― 皮膚科の医療現場では、すでに多くのドクターがダーモスコピーを認知しているそうですが、一方でまだまだ普及・啓発が必要とされているのは、どういう理由なのでしょうか。

田中氏「確かにこの10年でダーモスコピーの認知は飛躍的に高まりました。最近では日本国内より海外での広まりが顕著なほどで、有用性は疑うべくもありません。ただ、講演や勉強会で日本各地を回っていますが、まだまだハードルが高いところはあります。

せっかく病院でダーモスコープを導入しても使われずにいたり、使い方に慣れずに活かせていなかったりします。また、開業医さんの場合だと、皮膚がんの疑いのある患者さんが診察に訪れるのは、週に一度とか月に一度といった頻度なんですね。つまり、経験を積む機会が絶対的に少ないのです」

外川氏「院内で病理検査が行えない開業医さんは、ダーモスコープを見ても自分だけでは答え合わせができません。『これは怪しい』という診断はできても、皮膚の組織を取って他の施設に送り、数カ月かけて調べてもらうことになります。検査結果が出るころには、自分がダーモスコープで見た光景をきちんと思い出せないことも珍しくないのです。

検査してがんではなかったとしても、診察してすぐに結果が分からないため、どんなものを見て自分ががんの疑い有りと判断したのかなかなか思い出せない。まだまだ効率が悪いんですね」

「見分けの難しい病気でも、より正確に診断できるようになるには、やはり経験を積むしかありません」(田中氏)

田中氏「診断の容易な病気と難しい病気もあります。例えば、ここにいる3人はほぼ毎日ダーモスコープでの診断をしていますから、

・基底細胞がん(最も発生頻度の高い皮膚がんで、転移が少ないことから良性腫瘍と考える医師もいる)
・血管腫(血管の拡張や増殖によって生じる皮膚の良性腫瘍)
・脂漏性角化症(高齢者にできやすい良性腫瘍で、別名、年寄りいぼ)

などは、高い確率で診断を絞れます。しかし、

・ボーエン病(皮膚内部にできるがんの一種)
・日光角化症(日光を浴びる部位に発症しやすい皮膚がんの前がん病変)

などは、私たちでもすぐには絞れません。

ホクロだけでも非常に多様性があり、実は無害なホクロでも、メラノーマ(悪性黒色腫とも呼ばれ、転移が早く死亡率の高いがんの一種)や、基底細胞がんと区別しにくいものも少なくないんです」