上司や部下という関係性が邪魔をして上手にコミュニケーションが取れない、どう指導していいのかわからないといった職場内でのコミュニケーションについて悩んでいる人は多いのではないだろうか。 今回、ことばのスペシャリストとして活動している元NHKアナウンサー・ことばおじさんこと梅津正樹氏に職場内でのコミュニケーションの取り方について話を伺った。

梅津正樹(うめづ・まさき)1948年10月1日生。1972年から2013年までNHKアナウンサーとして活動。現在はフリー。獨協大学言語文化学科非常勤講師、獨協学園評議員、日本語検定委員会審議員、埼玉県そうか市民大学学長、NHK日本語センター専門委員。

敬語は上下関係ではなく人間関係

――本日はことばのスペシャリストである梅津さんに、上司や部下への話し方や敬語の使い方、そこから広がるコミュニケーションについてお話を伺いたいと思っています。

梅津 敬語を難しいと思っている人はたくさんいると思いますが、安心してください。きちんと敬語を使いこなせる大人に私は会ったことがありません。尊敬語と謙譲語の使い分けができている人もまずいません。

――そう言われてみると……私も自信がありません。

梅津 でもね、みんな間違っているんだからそんなに気にすることはないと思います。敬語は上下関係ではない、人間関係を表すもの。その土台がしっかりしていればいいんですよ。例えば会社から帰宅した時に妻が「お風呂にする?ご飯にする?」と言うとする。これが喧嘩中だったなら「お風呂にしますか?ご飯にしますか?」と丁寧語になる。これはお互いの距離を表している。敬語とは距離感なんです。

――敬語は上下関係ではないということは、出世して部下ができたときに話し方や立ちふるまいなどを変える必要もないということですか。

梅津 役職に就き、ことば遣いに悩む人は良い上司にはなれないと思います。昨日まで同僚だった彼が今日から課長になり、その途端にことば遣いや態度、物腰が変わる。そういう人は信用されません。「上に立つものは威厳がないといけない」と錯覚に陥っているんでしょうね。役職とは上下関係を表しているのではなく、立場が違うだけです。

――威厳がある人は最初からあると。

梅津 そういう人は威厳を保ちたいとか、馬鹿にされたくないとか、自分の上司に対して“きちんと部下を管理しているぞ”というアピールのために態度を変えたりします。つまり自分のことしか考えていない。コミュニケーションは相手のことを考えることからはじまります。お互いの立場を認め合うことこそが敬語の基本なんです。

無礼講は信用しません

――年下の上司や年上の部下に対しても変える必要はない。

梅津 はい。初対面の相手には敬語を使うけど、その人と友だちになったらタメ口になるでしょう? 上司に敬語を使うのは尊敬しているからでも、偉いからでもありません。組織の中で上司が自分よりも責任ある立場にいるからです。その立場を認めているという態度をことばで表すのが敬語です。そして相手を認めなければ自分の立場も認められないのです。

――部下は上司の責任ある立場を認める。では上司は部下のなにを認めるのでしょうか?

梅津 それは存在・人格です。そうすると部下や新人だからといって相手を呼び捨てにはできない。かわいい女性だからといって「○○ちゃん」とは呼べないはずです。少なくとも業務中は「○○さん」と呼ぶことが望ましいと思います。そうすれば将来、立場が逆転しても戸惑うことはありません。私はそうしてきました。

――業務外、例えば飲みの席で上司が「今日は無礼講」と言った場合は?

梅津 上司が「今日は飲みながら無礼講で言いたいことを言い合おう」などと言ったら、私はその上司を信用しません。酒の席だから本音を言わせるということは、業務中の会話は何になるのでしょうか。その上司は業務中の会話をなにも聞いていないし、理解していなかったことになります。軽々しく無礼講を口にする上司は人心掌握に自信を持っていない証拠です。しかし最近の若い人は仕事終わりに職場の人間と飲みに行くことをあまり好まないようですしね。飲みに行ったとしても、警戒心を持っているため安易に本音を吐かないようです。そういったお酒の席ではなおさら偉そうに振る舞う上司が滑稽に見えてしまいますね。