年間流通総額2000億円、月間PV約2億、関連自治体1500以上と、巨大なプラットフォームと化した日本最大級のふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」。同サービスの基礎は、たった1人のエンジニアが作り上げた。現在、運営元のトラストバンクでシステム部の部長を務める高橋圭一郎氏だ。

高橋氏はサービス立ち上げ当初、会員管理、決済・配送、CMSなど、さまざまな機能を搭載する同サイトにおいて、インフラやセキュリティなどサイトの基幹となるシステムを自身の手で構築した。さらに、トラストバンクの社内システム管理者までも兼任する、ほぼすべてを備えたフルスタックエンジニアと言える。

トラストバンク システム部 部長 高橋圭一郎氏(写真左)と同社代表取締役 須永珠代氏(写真右)

本稿では、トラストバンク代表取締役 須永 珠代氏とともに、同社の創業時を振り返りながら、スタートアップを支えるエンジニアならではの苦労・工夫や今後の展望についてお話しいただいた。

土日を使って副業的にふるさとチョイスの機能を開発

――須永さんと高橋さんとの出会いのきっかけはなんだったのですか。

須永氏:一人で創業して間もない頃、資金がまったくなかったので他社でアルバイトとして雇ってもらっていました。地域関連情報を集約して発信するアプリを提供する新規事業で、私は地域に関するコンサルティングを担当していました。そして、社員エンジニアとして同事業の立ち上げに加わっていたのが高橋でした。

高橋氏:私はまだ入社したばかりの時期でしたが、当時の上司に須永を紹介されました。ふるさと納税をWebで申し込めるようにしたいという相談を受け、副業がOKだったこともあり、土日を使って開発を進めることにしました。

※ 『[連載]ミッションステートメント ~企業が込めた想い~ [11] 自治体の持続的な自走を支援する! 「ふるさとチョイス」のトラストバンク』参照。

――どのようにして開発を進めていったのでしょうか。

須永氏:もともと私が作っていた、各自治体のふるさと納税サイトのリンクを集めたサイトに寄付の申込みフォームをつけたいというお願いをしたんです。

高橋氏:返礼品を選ぶところから申し込んで決済するところまでをワンストップでできるようにならなければ寄付文化は根付かない、という考えが須永にあり、その仕組みをつくるところからはじめましたね。

――ユーザー側の機能だけでなく、自治体側の機能も最初からあったのでしょうか?

高橋氏:はい、両方作りました。申込みフォームは自治体側でカスタマイズできるものになっています。氏名などの入力フォームから、ラジオボタンやチェックボタン、文字の色まで、パーツを自由に組み合わせてアンケートフォームのようなものを作れるCMSを、いわゆるLAMP(Linux、Apache、MySQL、PHP)環境で開発していきました。

――開発で苦労された点はありますか。

高橋氏:ユーザー側に関しては、須永が作った静的なリンク集ページがあったので、それを活かせるよう、静的ページに埋め込めるような設計にしました。そこは苦労というか、工夫した点ですね。2013年3月から開発を開始して、その半月後に一旦納品しました。

須永氏:副業としてお願いしたので、高橋が開発に時間を割けるのは土日のみだったんですよね。なのに2週間でできあがったので、実質4日程度で作ったことになります。

少し驚いたものの、開発のことはよくわからなかったので、当時は「そういうものなのかな」くらいの感覚もあって。今思えば、本当に驚異的ですね(笑)。しかも、費用もここでは言えないくらい激安ですから(笑)。

決済を除くほとんどの部分は3月から公開できる状態ではあったのですが、決済関連のアライアンスに時間が掛かってしまい、世間にお披露目できたのは2013年の12月でした。

高橋氏:決済部分は、ヤフーの「Yahoo!公金支払い」の仕組みを活用して作りました。詳細な資料がなかったため仕様を探りながらの開発だったので、少し苦労しましたね。

須永氏:決済システムの導入後、すぐに5つの自治体に活用してもらいました。それまで郵便で申し込まなかったものが、Webで完結できるようになり、非常に大きな反響がありました。

年末に大量のアクセスが集まることを想定していなかった

――高橋さんは当初、副業的に関わられていたとのことですが、どのタイミングでトラストバンクに入社したのでしょうか。

高橋氏:2014年12月です。当時、トラストバンクの社員は取締役を除いて2名程度でした。それまでも副業スタイルで開発を続けていました。

須永氏:決済システムを導入してから1年間は、高橋が稼働できる土日だけでふるさとチョイスが回っていたことになりますね。

――大きなトラブルなどはなかったのでしょうか。

高橋氏:アクセス数が爆発的に増えることを想定していなかったことによるトラブルはありました。

須永氏:ふるさとチョイスはサービスの性質上、年末にアクセスが集まりやすく、2014年の年末には2000万のアクセスが集中しました。当時は安価なレンタルサーバーで運営していたので、テレビで取り上げられるたびにサーバが落ちているような状況でした。

平日は高橋が稼働できないため、こちらの判断でサーバの台数を増やしたのですが、サーバ間のデータ連携がうまくいかず、申込みが重複してしまうといったトラブルが発生してしまいました。決済に影響はありませんでしたが、数名のユーザーさんにご迷惑を掛けてしまうことになり、自治体さんに直接出向いてクレーム対応や事務作業などを手伝ったりもしました。

高橋氏:インフラはトラストバンクに入社してから勉強したことが多いですね。この会社では試行錯誤できるし、いろいろ覚えられるので楽しいですね。現在は、2018年12月の2億アクセスも処理できる環境になっています

すべて自分ごととして捉え、スピード感を持って対応

――それにしても、須永さんがふるさとチョイスの構想を高橋さんに伝え、その半月後にはシステムがてきているとは、すごいスピード感だと思います。

須永氏:私も今ならそう思います(笑)。振り返れば、高橋はいつもすごいんです。

自治体から機能改修の要望を受けて「こう改修したら良いんじゃない?」と高橋に伝えると、簡単そうでも大変そうでも、必ず「あー、やれると思います」という答えが返ってくるんです。こちらの感覚がますますおかしくなっていく対応ですよね(笑)。技術力もそうですが、何事も厭わない気持ちが、本当にすごいなと感心します。

とにかくスピード感がすごいんですよ。先ほどの機能改修も、ものによっては数十分後に「できました」という報告がくることもあります(笑)。

一度、ゴールデンウイーク中に改修アイデアを高橋に送ったことがあるんです。休み明けに見てもらう想定で、忘れないうちに送っておこうと思ったのですが、メッセージを送って15分後くらいに「席を外していて申し訳ありません」という返事をもらったんです。

驚きと、申し訳なさと、「休み中だから席を外すもなにもないのに」というおかしさが混ざって、複雑な気持ちになりましたね(笑)。さらにその後、すぐに私のアイディアについて検証してくれて。とにかく対応が早いんです。

休日でこれですから、平日は瞬殺です(笑)。副業で開発を手伝ってもらっていた時期から、いつも自分ごととして仕事をしてくれているという印象です。こちらからポンチ絵のような簡単な仕様書を高橋に渡すと、すぐに思い通りのものを作ってくれます。

高橋氏:誰かに言われて何かを作るよりは、自分で何かしたいという気持ちのほうが強いので、こうした環境はすごく楽しいですね。ポンチ絵から作るということは、ある意味とても自由なので(笑)。

――高橋さんのアイディアでできたサービスや機能などもあるのですか。

須永氏:自治体別の寄付状況をリアルタイムで可視化した「REALTIME寄付MAP」のベースになった社内向けのシステムは、高橋が2時間で開発しました。

REALTIME寄付MAP

高橋氏:Amazon Alexa用のアプリも作りました。「アレクサ、ふるさとチョイスを開いて」と話しかけると、おすすめの寄附先と返礼品を紹介するというものです。これは、アマゾンの方にレクチャーしてもらいながら1週間ほどで作りました。

――どちらもすごいスピード感ですね……。最後に、高橋さんの今後の展望について教えてください。

高橋氏:ふるさとチョイスは長らくのあいだ仕様書がまとまっておらず、「わからないことはすべて私に聞いてください」という状態が続いていましたが、今では私がいなくてもシステムが動くようになっています。

なので、私は他の新しいことをやっていきたいな、と思っています。

須永氏:トラストバンクとして今後、エストニアに支店を出すので、高橋にはそこの責任者になってもらう予定です。実は、エストニアという国を選んだのも高橋なんですよね。

そもそもエストニアは、トラストバンクが取り組むパブリテックの分野で先進国なんです。また、エストニアは日本との時差が7時間(サマータイム期間は6時間)。システム保守という点でも、ちょうど良いんです。

ふるさとチョイスのアクセスが一番多いのは、22時-23時。エストニアは、15-16時頃で就業時間中に対応できるようになります。すでに現地採用も見据えて面接を進めているところです。

高橋氏:個人的にはディープラーニングにも取り組んでいければと思っています。ふるさとチョイスには大きなデータが眠っているので、AIを活用して有機的にデータをつないで何か価値のある情報を掘り起こすことができれば、より良いサービスになっていくと考えています。