本連載では、各回のテーマに沿ってさまざまな業界の最前線で活躍するキーマンを訪ね、本誌で連載「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を執筆するAI研究家の”カナコさん”こと大西可奈子氏(NTTドコモ R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部)がお話を伺っていく。ときに広く、ときに深く、AIに関する正しい理解を広める一助になることが連載の狙いだ。

今回、ご登場いただいたのは日本デジタルゲーム学会で理事を務める三宅陽一郎氏。デジタルゲーム業界におけるAI開発の第一人者であり、ゲームAIの開発はもちろん、Miyake Labo主宰として勉強会を開催するなど、その精力的な活動は多岐にわたる。

AI、そしてゲームに関心がある方ならば、三宅氏の著書「人工知能の作り方 -『おもしろい』ゲームAIはいかにして動くのか」(発行:技術評論社)や「人工知能のための哲学塾」(発行:ビー・エヌ・エヌ新社)などを手にとったことがある方もおられるだろう。

プラットフォームの成長と共にどんどんリッチになってきたデジタルゲームの世界に、AIはどんなインパクトを与えるのか。自身も”ゲーム好き”だというカナコさんからは、ゲームとAIの過去、現在、そして未来についてさまざまな質問が飛び出した。

日本デジタルゲーム学会 理事 三宅陽一郎氏(左)と”カナコさん”ことAI研究家の大西可奈子氏(右)

「ゲームAI」ってどんなAI?

大西氏:ゲーム業界でAIと言えば、真っ先に三宅さんのお名前が挙がります。私もゲームは大好きなので、今日はどんなお話が伺えるのか楽しみです! まずは三宅さんの今のお仕事について教えていただけますか。

三宅氏:私がゲーム業界に入ったのが2004年で、2010年くらいまでは前職でゲーム中に登場するロボットにAIを実装する仕事をやっていました。現職では、主にファンタジーRPGで一緒に戦ってくれる仲間キャラクターや敵となるモンスターのAIをつくる仕事をしています。

大西氏:ゲームではかなり昔から「AI」という言葉が使われていましたよね。それこそ私が昔遊んでいたRPGでも、仲間のキャラや敵の動きのことなどをAIと呼んでいました。ただ、(当時の)それらは機械学習を使ってはいなかったわけですよね。

三宅氏:そうですね。私がゲーム業界に入った頃に「AI」と呼ばれていたものは、今思えばAIとは言えないものが多かったです。かつてのAIは、あくまでもキャラクターなどを「外から操る」ものでしたが、現在はキャラクター自体が「見て、考えて、行動する」内側から構成された自律型AIになっています。

大西氏:なるほど、AIと言っても定義は広いですからね。”AI的なモノ”をAIと呼ぶことも多いですし。

三宅氏:そもそも「ゲームAI」という言葉は、かなり昔から存在するんです。それこそ1970年代くらいからありましたが、それが指すものは時代と共に変わってきました。もともとは、将棋や囲碁、チェスなどを大学で研究しているときに、ほかの分野のAIと区別してゲームAIと呼んでいたのが最初だったようです。

その後、1980年に「パックマン」が発売されたくらいの頃から、ゲーム内のキャラクターの動きなどに使われている技術をゲームAIと呼ぶようになりました。

大西氏:ゲームAIを研究されている方はどれくらいいらっしゃるのですか?

三宅氏:毎年箱根では将棋や囲碁などのゲームAIのゲームプログラミングワークショップが開催されていて、毎回100名くらいが集まります。デジタルゲームAIの開発者は、世界に1000人くらいはいるでしょうか。規模としては、小さくはないけれど、すごく大きいというほどでもないですね。

“お化け屋敷型”から自律型へ - ゲームAIの進化

大西氏:ゲームの進化と共に、ゲームAIの役割や技術はどのように変化してきたのでしょう。

三宅氏:2000年くらいまで、ゲームのキャラクターというのは「ある場所で決められた行動をする」という、いわば「お化け屋敷型」でした。決まったパターンで動くので、何度かプレイするとユーザーに動きを覚えられてしまうんですね。あの角を曲がると敵が来る、みたいに。

大西氏:昔のゲームはそうでしたね。攻略本片手に頑張っていました(笑)。

三宅氏:ただ、今のゲームは「オープンワールド」という非常に広い空間が用意されていて、そのなかでキャラクターが動くんですね。でも、あまりにも広いところでキャラクターを操るのは難しい。そうなると、キャラクター自身に考えさせる必要が出てきます。これが現在の自律型ゲームAIです。

この考え方は、アカデミックの世界におけるAIの概念と似ていて相性が良く、ここから学術の世界とゲーム産業のAIが同じラインに乗って研究されるようになったと言えます。

大西氏:ということは、今のゲームAIはゲームに特化しているというよりも、むしろ汎用的なAIだと言えるんでしょうか?

三宅氏:実は、ゲームAIってロボットのAIに似ているんですよ。ロボットの頭脳を作ることと、ゲームのキャラクターを作ることには同じ技術が使われているんです。ただ、ロボットの場合は物理的なハードウェアの制約などもありますから、あまりAIのことばかり優先するわけにはいきませんよね。ゲームはそれがないので、AIに集中することができるんです。それこそ、24時間学習(機械学習)を続けても、誰にも迷惑をかけません(笑)。

大西氏:確かにそうですね(笑)。ロボットの開発でそんなことをしたら、ハードウェアがもたなそうです。

ゲームAIに「FPS」が与えたインパクト

大西氏:もう少しゲームAIの進化について伺いたいのですが、お化け屋敷型から自律型に切り替わるターニングポイントはどこだったんでしょう?

三宅氏:最初にゲームAIが大きく進化したきっかけは、FPS(First Person Shooter)と呼ばれるシューティングゲームのジャンルが登場したことです。1980年代から2000年くらいまでのゲーム業界は、あらゆる点で日本が世界を圧倒していました。それを突き崩したのがFPSです。

FPSでは、リアルなフィールドを舞台に一人称視点で撃ち合います。グラフィックもゲーム性もリアリティが求められるので、嘘がつけないんですね。

大西氏:確かに、全てがリアルな世界で敵の動きだけがパターン化されたお化け屋敷型だったら、ちょっと変な感じがしそうですね。

三宅氏:そこで、米国を中心に「FPSのAIをどう作っていくか」が課題となり、東海岸ではMIT、西海岸ではスタンフォード大学がリードするかたちでAIの研究が進んでいったんです。

こうしてFPSがゲームAIの進化を促し、2008年ごろからはアクションやRPG、格闘ゲームなどの別ジャンルのゲームにも派生していきました。現在、大型ゲームにはほぼ確実にAIが組み込まれています。

なぜ日本はゲームAIで世界に遅れをとったのか?

大西氏:ちなみに三宅さんが「これはすごい」と感じたゲームAIはありますか?

三宅氏:そうですね……「アサシンクリード」シリーズの群衆のAIはよく出来ていると思います。逆に、キャラクター1体ずつのAIが賢いのは「HALO(ヘイロー)」シリーズですね。「Left 4 Dead(レフト・フォー・デッド)」のAIも非常に優れています。

大西氏:海外のゲームが多いですね。2000年くらいまでのゲーム業界は日本がリードしていたのに、なぜ現在のゲームAIでは日本は遅れを取っているのでしょうか。

三宅氏:いくつかの理由があります。まず、日本は文化的にオープンワールド化が遅れていました。海外では100km四方あるようなだだっ広いオープンワールドを作って、そこで自由に何でもできるタイプのゲームがヒットしたのですが、日本ではプレーヤー自身が”特別な存在”の主人公になり、物語を追体験するようなゲームが人気だったんですね。

もう1つ、日本は2000年くらいまで主流だったお化け屋敷型のゲームを非常に得意としていたことがあります。操り人形タイプのAIにかけては非常に高い技術を持っていたため、ゲームが高度化/大型化しても、お化け屋敷型的に作れてしまいました。

ところが、海外はお化け屋敷型AIをつくるのが日本ほどうまくなかったため、「じゃあAIでサポートしよう」となった。そこが分かれ目になりました。

大西氏:技術力の高さが、次の新しい技術への移行を遅らせてしまったんですね。

三宅氏:それから、コンテンツに対する考え方も日本と海外では異なります。かつて米国では、劣悪なクオリティのコンテンツが乱発され、ゲームの地位が低下した「アタリショック」という出来事がありました。

日本はそれを見ていたので、コンテンツのクオリティを維持することに労力をかけました。そうやって生まれたのがファミコンです。こうした流れがあって、日本のゲーム業界はずっとコンテンツドリブンで来ています。デザイナーが作りたいコンテンツがあり、それを実現するためにテクノロジーがあるわけです。

一方で海外のゲームは、どちらかと言えばコンピュータサイエンスの流れが源流にあり、テクノロジードリブンです。テクノロジーがまずあって、そのなかでコンテンツを作っていく。そんな風に、日本と海外では制作に対する考え方が異なっています。

大西氏:技術に対する考え方も、ゲームに求めるものも、全く違うんですね。

三宅氏:ええ、「ゲームが面白ければいい」というのは、日本的な感覚です。海外には「このテクノロジーが入っているから買ってみよう」という考え方がありますが、日本ではそういうケースはちょっと特殊かもしれません。

とはいえ、ゲームはテクノロジーで魅せるものでもあります。新しいテクノロジーが生まれたとき、マッチしたコンテンツを出せると長く愛されます。例えば、3D技術で驚きを与えたのが「ファイナルファンタジーⅦ」ですし、オンラインゲームで驚きを与えたのは「ファンタシースターオンライン」です。近年だと(スマートフォン向けオンラインゲームの)「Ingress」などは、ゲーム性こそシンプルですが、位置情報を活用したゲームを広めた立役者として今も愛されています。

>>後編に続く。