本連載では、各回のテーマに沿ってさまざまな業界の最前線で活躍するキーマンを訪ね、本誌で連載「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を執筆するAI研究家の”カナコさん”こと大西可奈子氏(NTTドコモ R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部)がお話を伺っていく。ときに広く、ときに深く、AIに関する正しい理解を広める一助になることが連載の狙いだ。

今回、ご登場いただいたのはNTTメディアインテリジェンス研究所で対話AIの研究に携わっている東中竜一郎氏。多くの人が夢見る「ロボットと雑談できる未来」は果たして実現可能なのか。また、実現できるなら、それはいつ頃になるのか。対話AIのスペシャリストである東中氏に、カナコさんは次々と率直な質問を投げかけた。

NTTメディアインテリジェンス研究所 知識メディアプロジェクト 知識言語基盤技術グループ 上席特別研究員 東中竜一郎氏(左)と”カナコさん”ことAI研究家の大西可奈子氏

わからないから挑戦したい! - 対話AIの世界

大西氏:私が東中さんと出会ったときには、もう東中さんは「対話AIの専門家」だったんですが、もともとAIを研究されていたんですか?

東中氏:実は、最初は翻訳がやりたかったんです。ただ、人事から「ここが面白いんじゃないか」と配属されたのが、たまたま対話を扱う部署でした。やってみるとこれが超絶難しくて。そもそも、「人間はどうやって喋っているのか」という仕組みがわからないんです。タスク指向型※1ならまだわかりますが、一般的な雑談対話の仕組みは解明されていません。わからないから挑戦したいと思ったんです。

※1 「明日の天気を教えて」「音楽をかけて」のように、特定の作業を行う対話のことをタスク指向型対話と呼びます。

大西氏:なるほど。私は「アトムをつくりたい」という夢からスタートしているので、てっきり東中さんも喋らせたいキャラクターがいるのかと(笑)。

東中氏:そういうわけではないですね。別に喋るのはルンバでもいいと思ってます(笑)。

大西氏:初めてご一緒したのは、(NTTドコモのスマホ用音声エージェント)「しゃべってコンシェル」のプロジェクトでしたよね。私はまだ入社したばかりだったんですが、あれはどういう経緯で参加されたんですか?

東中氏:2011年のクリスマス頃だったと思いますが、「今度出すしゃべってコンシェルの目玉機能が欲しい」という話があったんですね。当時、対話システムの延長で「質問応答(Question answering)」という技術の研究をしていたこともあって、「何かできないか」と言われたので、年明け辺りにプロトタイプを作ってみました。それが意外と良さそうだということで、実際にサービス化したのが2012年の6月頃だったでしょうか。

そのときはいわゆる「雑学」を提供するものだったんですが、その後、「今度は雑談をやりたいね」という話になりました。私も雑談システムは常々やりたいと言っていて、ちょうどタイミングも良かったので、NTTドコモとの共同プロジェクトを立ち上げました。そこで一緒に雑談の研究を始めたのが、カナコさんでしたね。

大西氏:懐かしいですね! その後も、いろいろなところで活動されてますよね。

東中氏:はい、マツコ・デラックスさんをモデルにした「マツコロイド」や黒柳徹子さんをモデルにした「totto」などのアンドロイドに雑談技術を入れたり、最近だと、ドワンゴさんと一緒に「なりきり質問応答」という皆の力でキャラクターAIを作るプロジェクトを進めたりしています。

少し離れたところでは、2011年にNII(国立情報学研究所)の新井紀子先生が始めた「東ロボくん」という東大合格を目指すAIの研究開発プロジェクトにも2014年から参加しています。

大西氏:東ロボくん、話題になりましたよね。プロジェクトはもう終了したというニュースを見たのですが……?

東中氏:そんなニュアンスで報道されましたが、止めてはいないんですよ。お金はそんなにありませんが、研究は今も継続しています。止めたのは、「全ての科目において、同じタイミングでセンター試験や二次試験を受けること」です。というのも、東ロボくんがセンター試験と二次試験を受験するのにはすごくコストがかかるんですが、技術的に今、”踊り場”の状態に入っているので、毎年受けるのはあまり意味がないんですね。

大西氏:そうだったんですね! 勘違いしていました。

東中氏:業界関係者でも、結構「アレはもう、終わったよね?」と思っている方は多いです(笑)。ある種今、難しいところまで来てしまっていて、ここからどうやったら伸ばせるのかは誰にもわからないので、そういうときに毎年受験したりするのは難しいという話ですね。

“雑談”に伸びる余地はある? - 対話研究の現状

大西氏:そうしたご経験を踏まえてなんですが、対話研究の現状についてどう捉えられていますか? 対話のシステムはいろいろ出てきていますが、多くはタスク指向型です。雑談となるとちゃんとやっているところは少ないですよね。今後、雑談技術が伸びていく余地はあるのでしょうか。

東中氏:対話は、タスク指向型と雑談に分けて考えられがちですが、実はその2つの差はあまりないと私は考えています。どちらもちゃんと会話が噛み合うように作っていかないといけないわけですから、タスク指向型の考え方は雑談にも応用できると思うんです。ただ、雑談のほうがタスク指向型よりも考慮すべき要素が多いのは確かです。人間関係や感情、一般常識といったものはタスク指向型の枠組みではあまり考慮されていません。雑談を実現するにはもう少し要素を噛み砕いていく必要があると思います。

大西氏:「要素を噛み砕く」と言うのは?

東中氏:雑談と一言に言っても、実はそのなかには「ちゃんと聞く」とか「相手に伝える」といった方向性があり、それはタスク指向的とも言えます。つまり、「明日の天気を教えて」という発話をあらかじめ設定したいくつかのタスクのなかの「天気」に分類するのがタスク指向型ですが、雑談に対して、この発話は「ちゃんと聞く」必要があるなとか、「相手に伝える」必要があるなといった具合に機能の分類ができるのではないかと。

先日、対話システムシンポジウムでご講演いただいた京都大学の河原達也先生は、対話を「傾聴」「面接」「お見合い」の3つのフレームで設定して研究されています。タスク指向型を対話の特定の機能の面から拡張させていくことで、雑談にも応用できるのではないかということです。私たちもそのような試みの1つとして、インタビューを行うアンドロイドのtottoに取り組んでいます。

大西氏:タスク指向型かオープンドメイン※2かどうかなどではなく、機能で分けるということですね。とはいえ、オープンドメインを否定しているわけではない、と。

※2 広い話題に対応すること。雑談では特に重視されます。

東中氏:オープンドメインはむしろ重要だと思っています。”この話題で喋ってください”というのはしんどいんですよ。例えば、旅行の話題に限定してしまうと、旅行が苦手な人とは話しにくくなってしまいます。

「傾聴」「面接」「お見合い」などに加えて、私は「議論」の機能も重要だと思っています。このような特定のスタイルの対話を実現する技術が確立できれば、ロボットも意思決定に参加でき、現場でもロボットに重要な仕事を任せる場面が増えていくのではないでしょうか。

>>後編に続きます。