カシオ計算機と言えば、電卓や電子辞書、電子楽器といった電子機器を数多く開発/製造する電機メーカーだ。なかでも同社を代表する商品と言えば時計だろう。G-SHOCKは今やグローバルなブランドであり、カシオの名前と共に周知されている。

G-SHOCKは常にテクノロジーの最先端を走っている。高い耐衝撃性能や防水防塵、Bluetooth、ワールドタイム……あらゆる機能がコンパクトなボディに詰め込まれ、信頼性は腕時計ブランドのなかでもトップクラスだ。G-SHOCKこそ、カシオの技術力を象徴する商品と言っていいだろう。

一方で、カシオはその高い技術力ゆえの課題も抱えていた。商品開発がどうしても技術先行になりがちで、顧客体験(CX:Customer Experience)がついて来ないことも多かったのだ。

近年、カシオはデータを活用した新たなマーケティングへのアプローチを開始。技術先行型だった開発から、顧客体験中心の開発へ軸足を移そうとしている。

9月5日、都内にて開催された「Adobe Symposium 2018」では、カシオ計算機 コーポレートコミュニュケーション部の道蔦聡実氏が登壇。「技術から顧客体験中心の開発へ~カシオが実践するデータを活用した新たなアプローチ~」と題し、カシオで今起きている変革について語られた。

技術力で勝負してきたカシオの歴史

カシオは非常に高い技術力を持つ企業だ。あらゆる時代において、常に時計業界に革新をもたらしてきた。

例えば、タッチパネル操作を腕時計向けに開発したのは今から27年前の1991年だし、TVリモコン機能を持つ時計や、スケジューラになる時計なども90年代にすでに開発済みである。2000年にはmp3を再生できる腕時計も開発した。だが、これらの商品はいずれも脚光を浴びることはなかった。

なぜ定着しなかったのか。

道蔦氏によると、当時、デジタルでのスケジューラを使っていたのはビジネスユースでも一握りであり、コンシューマーで必要としている人はほとんどいなかったのだという。タッチパネル操作やTVリモコン機能も同様で、革新的な商品ではあったがユーザーには受け入れられなかった。

そして2000年はCD全盛期であり、mp3で音楽を聴くことすら広まっていない時代。当然、「音楽を聴ける腕時計」の良さが理解されるはずもなかったというわけだ。

カシオ計算機 コーポレートコミュニュケーション部の道蔦聡実氏

これらは技術先行型で失敗した例だが、もちろん成功した例も多々ある。

例えば、2004年頃、カシオは海外で普及し始めた通信規格「Bluetooth」に着目し、携帯電話とつながる時計を企画。ノキアと共に開発したローパワー通信技術「Bluetoothローエナジー」を基に、Bluetooth Watchを開発する。

いつでもどこでも、正しい時刻に自動補正されるグローバルタイムシンク機能を搭載したこの時計はその後も進化を続け、現在へと至っている。

変化したのは「考え方」

こうした歴史を踏まえた上で道蔦氏が説くのは、商品開発における考え方の変化である。 「これまではメーカーのほうが情報を持っていましたが、インターネットが普及した今はお客様のほうがむしろ詳しいですし、情報を持っています。そうしたお客様に支持していただくには、商品を開発して売ったら終わりではなく、お客様の声を次の開発につなげていかなくてはいけません」

もちろん、これまでにも販売店へのリサーチやお客様カードなどで情報は仕入れていたと言うが、インターネットの普及した現代において、そうした情報はほんのわずかなものでしかない。

必要なのは収集した大量のデータを適切にフィードバックし、商品/サービスの改善に生かしていくことだ。そうしなければ、大量の情報が行き交う現代で顧客の支持をつなぎ留めることは難しい。

道蔦氏はこの変化を「”ものづくり”から”ことづくり”へ」という言葉で表現する。

今という時代に企業がユーザーに提供すべきは「商品」ではない。その商品から得られる「体験」の全てなのだ。