デジタルマーケティングにいかに取り組むべきか――スマートフォンの普及で消費者の行動が変わりはじめている今、マーケティング部門を抱える多くの企業が直面している課題だ。

歴史が浅いうえに、技術が日々進化するため、明確な答えはどこにもない。どの企業も試行錯誤を重ね、必勝パターン確立に向けたノウハウをためている段階。特にマスマーケティングで成果を残し、組織を整備してきた大企業ほど、これまでになかった新たな対応に苦慮しているのが実情だろう。

本連載では、デジタルマーケティングに対して正面からチャレンジを続ける企業、キリンの取り組みを紹介していく。事業会社を束ねる専門部隊を組織し、横断的に施策を展開する同社が、どのような考えで進めているのか明らかにしていきたい。

第1回は、キリン株式会社 デジタルマーケティング部で主幹を務める合原 康成氏に、組織設立の背景や方針について話を伺った。

キリンのブランド横断組織「デジタルマーケティング部」

キリン デジタルマーケティング部 主幹の合原 康成氏

キリンのデジタルマーケティング部が発足したのは2014年1月。

事業会社であるキリンビール、メルシャン、キリンビバレッジを含めたキリングループの各ブランドのコミュニケーションやEC事業の運営などデジタル関連の業務をひとつの部門に集約し、デジタルマーケティングの知見をためてビジネスの加速を目指すことをミッションに立ち上がった。

現在は、社内公募で手を挙げた各事業会社出身の社員やデジタル業界出身の経験者採用など30代前後の若手社員を中心に、外部委託のスタッフも含め70名ほどの個性豊かなメンバーが揃う。

デジタルだけで成果を出すことが目的ではなく、コミュニケーション領域の大部分が次第にデジタル化しつつある現代において、キリンのマーケティングを時代とともに進化させていけるようサポートしていくのがデジタルマーケティング部の役割だ。

デジタルマーケティング部の取り組みのひとつとして、各商品ブランドのコミュニケーション設計がある。

「氷結」「一番搾り」といったキリンの各商品ブランドに対して、それぞれのマーケティングや営業担当者とともに、ソーシャルメディアやWebサイトなどを利用することで、マス・リアル・デジタルを有機的に繋げ、顧客に対する効果的なマーケティング施策を提案・実行していくというものだ。

「たとえば今年5月には、『淡麗グリーンラベル スローボタン』が抽選で5名の方に当たるというキャンペーンを行いました。当時話題になっていたAmazonさんのダッシュボタンは押せばすぐ商品が届きますが、スローボタンは押してもいつ届くかわかりません。忘れたころに淡麗グリーンラベルの6本セットが届くというものです。

初めてこの企画について聞いたときには、『何を言っているんだろう?』と不思議に思いましたが(笑)、ゆっくりすることで豊かな時間を過ごしてもらいたいという淡麗グリーンラベルのブランドアイデンティティを反映させています。このブランドイメージをどうすればお客様に体感していただけるか? という課題に応える企画の1つとして実施しました」(合原氏)

飲む瞬間はいつも「リアル」、 そこにデジタルをどう繋げるか

デジタルマーケティング部では、リアルとデジタルを繋ぐことを、日々の業務の大きなテーマのひとつとしているという。飲料を買って飲む瞬間は、どうしてもリアルな場面にしかないためだ。

合原氏は、「マス・リアル・デジタルがバラバラなことをやっていると、お客さまにとって良いコミュニケーションにはなりえません。デジタルマーケティングとはいいつつも、リアルの接点は非常に大切だと考えています。したがって私たちは、お客さまが飲料を買って飲むというリアルの行動に対して、デジタルを使って何ができるのかという発想でアプローチすることが多いです」と説明する。

具体的には、商品ブランドごとに、事業会社のブランドマネージャーを中心として各部門の担当者が横断的に確認しながらコミュニケーション設計を進めていく。ブランドマネージャーが設定した課題に対して、マス・リアル・デジタルそれぞれの施策に落とし込んでいくが、このデジタルの部分においてデジタルマーケティング部のメンバーが関わっていくというイメージだ。

もちろん、商品ブランドやカテゴリによって、その特徴や抱えている課題は異なる。「ウイスキーやワインなど嗜好性の高いアルコール飲料は、商品の背景や歴史などの情報を丁寧に伝えながらアプローチしていくことが多いです。一方、チューハイや清涼飲料など、比較的低価格で選択肢も多い商品は、話題性や拡散性を重視して仕掛けを作っていきます」(合原氏)

マスの影響はまだまだ強い……デジタルのメリットは?

現時点ではテレビ広告などマスの影響が依然として強いというが、キリンのマーケティングにおいて、デジタルならではの強みはどこにあるのだろうか。

合原氏は、「少なくともマスのテレビ広告ほど、予算や意思決定の時間をかけずにさまざまな施策を打てるということです」とする。マスの取り組みに比べると、失敗は多くあるものの、逆に失敗を生かしてトライアンドエラーを繰り返すことで、良いものを作りあげていくというアプローチを取ることができる。

また、マスやリアルと比較して、顧客の反応が可視化されやすいというのもデジタルのメリットのひとつだ。「施策の成否について、きちんとデータをもとに評価することができ、スピード感をもってPDCAのサイクルを回していけるのが特徴です」と、合原氏が説明するように、顧客データを戦略的に活用していくことが、これからのデジタルマーケティングのポイントのひとつになるだろう。

現在は、試行錯誤をしながら知見をためていくことで、キリンの将来のマーケティングに使える打ち手を増やしていくフェーズであるとする合原氏。「お客さま一人ひとりに合わせたコミュニケーションが求められる時代になってきていると感じています。そこに対してデジタルは武器になりうる一方で、その使い方は日々変わっていきます。商品に対する想いと向上心を持って、日々変化する時代の流れにあったデジタルマーケティングの施策を提案していきたいですね」と今後の展望を語ってくれた。

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次回以降は、それぞれの商品ブランドの具体的なデジタルマーケティングの事例を紹介していきます。お楽しみに!