プロローグ

2017年初頭、木枯らしが吹きつける寒い冬の季節に、”ぼくら”は神奈川県のとある貨物駅構内の配送事業所にいた。

「ところで、今日は何の話でしたっけ? 物流にAI?」

「荷姿なんてトラックドライバーに電話して一瞬でわかるからさ……。」

「人工知能は必要ない。それよりもロボットアームで荷物積み上げを楽にして欲しい。」

「デジタコで24時間365日監視されるような状況をなんとかしてくれないか。」

「AIねえ……。」

AI不要論・無関心・その他技術への興味・得体の知れないものへ疑念などが、ダイレクトに突き刺さってくる。ここに逃げ場はない。

“ぼくら”は訪問先の運送事業者の社長や、現場のドライバーからAIに対するさまざまな反応を頂き、常に相手の顔色をうかがいながら丁寧に現場の声に耳を傾け、AIが物流現場にもたらす価値や活用可能性を模索する――。

*  *  *

本稿では、前回同様にNTTデータが受託した経済産業省の調査プロジェクト※1およびその他事例を踏まえながら、特に「実業務へのAI適用検討」にフォーカスを当てて、AI導入プロジェクトにおける実行面、実際に現場へAI適用する場合の勘所を解説していきます。

AI導入目的の明確化

これまでの連載にて、AIができることは大きくは「予測」と「判別」である点について触れましたが、では実際にAIを実業務に活用するメリットは何でしょうか。どのような業務課題がAIの予測・判別によって解決できるのか、仮説をしっかり立てる必要があると考えます。

コンサルティングの現場では、課題解決のアプローチ方法として「イシュードリブン」とか「テクノロジードリブン」といった言い方をしますが、昨今のAI導入案件では後者のテクノロジードリブンでの依頼を受けることが多いです。ですが、「実業務へのAI適用検討」という視点においては、AI熱に惑わされることなく、かつ冷静に、自社事業やサービスの業務課題を基点として、前者のイシュードリブンでAI活用を検討する必要があると考えます。

また、AIがヒトの代わりになりうるという期待感から、業務課題として”省人化”が挙げられることがありますが、ひとつ注意すべきことがあります。それは――

「AIそのものは”脳みそ”の代わりでしかないこと」

前述の運送事業社長が、ロボットアーム導入による荷物積み上げをご所望されたことが的を射ているのですが、仕事が楽になるとか、作業効率化できるというのは、AI(≒脳みそ)に、手足となるオペレーションの省力化・機械化等が伴って初めて言えることです。

つまり、AIが実施できる「予測」と「判別」は、考える事やその時間が省ける、知覚が省ける、ということであり、AI自体は省人化という意味では見込める効果が低く、省脳化に近いと言えます。その上でなお、AIを活用して省人化を目指すためには、命令先の手足部分を含めた全体オペレーションの業務検討・設計が必要になります。

AI活用の検討スコープイメージ

AIの業務適用検討のポイント

業務検討範囲や解決すべき課題、AI適用の仮説などが明確になれば、一度試しに導入検証・トライアルしてみましょう。この活動は、システム再構築やパッケージ導入時のFit&Gapと似ているかもしれません。AI適用ターゲットとなる業務・目的・背景など、5w1hを明確化することをお勧めします。

現場のオペレーションへ適用するのであれば作業ワークフロー、お客様へ提供するサービスに適用する場合はサービス提供フローなど、現状人間が担っている作業の中でどこにAIを当てはめるべきか、業務フローのなかで具体化して検討することが有効です。もちろん、業務フローではAIも登場人物の一人として記述していくのですが、特に重要だと考える3つのポイントについて以下に述べさせて頂きます。

(1) AIに情報をインプットするため、(人間は)何をすべきか

画像認識であれば、AIに学習させるための写真画像や判定用の画像を撮影するために、カメラの導入が前提となります。どのような画像を撮影する必要があるか、どのような撮影方法・撮影条件(撮り方・カメラ設置方法など)があるか、誰がそれを行うのか、などAI導入に伴い整理・検討しなければならないポイントを明確にする必要があります。

(2) AIから出てきたアウトプットに対して、(人間は)何をすべきか

前述した通りAIは”脳みそ”なので、人間で言うところの命令の受け先、手足となるモノの整備が必要になります。画像認識でいうと、認識・識別した情報の受け手は何であるかや、プログラム、マテハン、ロボットアーム、理想を言えばきりがないですが、実現性やコスト感なども視野に入れて、ある程度現実を見据えた検討が必要となります。これらは、AI導入効果を試算する際のコスト前提となるので非常に重要です。高い理想で完全自動化を描いて望むと、結果として莫大な費用が掛かることになるので、投資対効果のバランスを考えるうえで注意が必要です。

(3) AIが正解と異なる判断をしたとき、(人間は)何をすべきか

前回記事でも触れましたが、AIは誤った学習や未学習の内容について正解と異なる結果を出力します。またAIの処理精度が100%でない事を前提にしたとき、異常時のオペレーション検討が必要となります。仮に、その異常系のオペレーションがAI導入前と比べて大きな作業負担になる場合は、AI導入効果試算の際にマイナス要素として加味すべき点となりますので、こちらもしっかりと検討する必要があります。

また、そもそも、AIが誤解答したことを検知する仕組みを備えておかないと、上記の対処はできません。後続の業務プロセスへの影響を考慮し、AIが誤解答した場合の確認タイミングや確認方法、予防策などについて予め検討しておく必要があるでしょう。

AIは間違えないものとして導入するのでなく、間違いもあるという前提の下に予防線を張っておくことで、実導入する現場での混乱や疲弊を未然に防ぐことができます。

AI活用プロセスの重点検討ポイント

AIは導入して終わりでない

システム開発・導入後のマスタメンテナンスといった運用と似たトピックですが、AIを実務に活用する場合、一般的に相応量の学習が必要となります。画像認識であれば、一般的に1クラス学習に画像データが数百枚、数千枚必要と言われています。もしAI・画像認識を実務導入した後に、新たにクラス追加が必要となった場合は、再度学習データの収集を行い、AIエンジンに学習させる対応が必要となります。

このメンテナンス作業の対応は誰が行うことになるのでしょうか。また、メンテナンス作業の発生頻度・所要時間等はどの程度でしょうか。ビジネス部門が予想以上のAIメンテナンス作業に追われ、AI導入で狙った成果を発揮できない、同作業が足枷となり省人化・省脳化が推進できない、といったことがないように、AI機能の維持・メンテナンス業務についてもしっかりと業務内容・役割・責任等を定義し、IT部門やIT子会社等も含めてAI有識者を確保することで、AI運用ナレッジをしっかり貯めていくことも忘れてはなりません。

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“ぼくら”なりに、なるべく愉快なトーンでの書き出しにチャレンジしましたが、いかがでしたでしょうか。本稿では、AI導入にあたって業務面にフォーカスを絞った検討の勘所をお伝えしました。

次稿では、AI導入における技術設計の勘所をお伝えします。

著者紹介


松田 薫 (MATSUDA Kaoru)
―― 株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 コンサルティング&マーケティング事業部 デジタルコンサルティング統括部 課長代理 シニアコンサルタント

早稲田大学商学部卒業。法人分野のソリューション営業を経て、自動車/電機/飲食といった大規模製造業・SCM領域にてビジネスコンサルティング・構想策定/実行・BPRを担当。2017年より物流業務変革のITコンサルティングに従事。


安川 達 (YASUKAWA Toru)
―― 株式会社NTTデータ 製造ITイノベーション事業本部 コンサルティング&マーケティング事業部 デジタルコンサルティング統括部 主任

立命館大学法学部法学科卒業。NTTデータに入社し、移動通信のプラットフォーム開発担当を経て、2013年より現職にて製造業/小売事業者様向けに物流業務変革・ガバナンス強化に関するコンサルタントとして構想策定/実行支援に従事。