6月10日、SAMAC(ソフトウェア資産管理評価認定協会)が主催するソフトウェア資産管理に関するカンファレンス「SAM World 2016」が東京で開催された。基調講演には佐賀県前CIO 森本登志男氏が登壇。「情報セキュリティから見た、IT資産管理の重要性 ~IT先進県 佐賀県の事例から~」と題する講演を行った。

佐賀県のITの活用事例

岡山県特命参与、佐賀県情報エグゼクティブアドバイザー、大館市シンクタンクコーディネーター 森本登志男氏

岡山県特命参与、佐賀県情報エグゼクティブアドバイザー、大館市シンクタンクコーディネーター 森本登志男氏

森本氏は、2011年から2016年3月までの5年間、佐賀県の最高情報統括監(CIO)を務め、現在は岡山県特命参与や大館市シンクタンクコーディネーター、佐賀県情報エグゼクティブアドバイザーなどを兼任する。CIO就任以前には、ジャストシステムやマイクロソフトといったIT企業で20年以上キャリアを積んできた。その中で培った知見を生かし、佐賀県のCIOとしてITコストの削減や業務改革で大きな成果を上げたのである。

例えば、電子県庁の構築では、首長のトップダウンによる意思決定の下、ベンダーと対等に渡り合える人材を積極的に登用。長期的な視点でITシステムの全体最適化を進めた。結果として、2016年~2017年の2年間で17.8億円の情報システムコスト削減を見込むという。

「ITコスト削減に取り組んでいた前任者から引き継ぎ、さらなるコスト削減を目指しました。自治体のシステムはリプレース時期が決まっているので、どういう業者にどう頼むかがポイントになります。仮想化やクラウドの普及でライセンス形態が複雑になっているなか、適切な構成と適正なライセンスを調達することで煙に巻かれずにコストを削減することができました」

佐賀県のIT活用で有名な取り組みとしては、2011年に救急車全50台にiPadを導入し、車内から病院の情報を閲覧することで、救急搬送時間を1分短縮した事例が挙げられる。

「クラウドとiPadを使ったシステムは、当時まだ珍しいものでした。既存システムに手を加えずに、追加するだけで利用できることがポイントです。全50台という小さい規模からスタートし、実績を作ることができたのも良かったと思います。救急車の搬送時間が短縮されたのは統計を開始して以来初めてということで、表彰を受けました」(森本氏)

この事例は、クラウドとiPadを救急医療現場に活用した全国初の取り組みとして話題になり、具体的な成果を上げたことから、他の自治体へも急速に取り組みが広がった。現在、同様のシステムをすでに10都道府県が導入済みであり、一部済み・導入予定が13都道府県、検討中が17都道府県に達している。

テレワークを全庁導入! 業務効率の向上と災害時の業務継続を実現

また、森本氏が任期の後半から特に力を入れて取り組んだのがテレワークの全庁導入だ。佐賀県には約4,000人の職員が働いているが、2014年10月以降、全職員が自宅やサテライトオフィス、外出先などで普段どおりの業務を行える環境を整備している。

「それまでは、外出先から業務メールを読むこともできませんでした。東京出張から帰って21時に空港に着いても、それから県庁に行ってメールを確認しなければならなかったのです。加えて県職員は車を使った県内出張も大変多く、業務の持ち帰り対応やすきま時間の活用が課題でした」(森本氏)

森本氏自身は、マイクロソフト時代にテレワークを当たり前のように利用していたため、導入のメリットがいかに大きいかは既知のことだった。例えば、CIOに着任する直前に東日本大震災が発生したが、発生当日の16:00の段階でマイクロソフトは「来週1週間は出社する必要はない」という意志決定を行った。自治体周りの営業部で北陸や東北を担当していた森本氏は、ダウンした福島県庁のホームページの復旧や支援サイトの構築などの作業を自宅で実施。他の営業担当や技術担当などとも連携し、1度も会社に出社せずに支援を続けたという。

「インフラが整備されていれば、そのような災害時でも事業を継続することができます。そのほかにも、介護や子育ての支援、職員のワークライフバランスの改善、業務効率の改善などといった面で大きな効果が期待できます」(森本氏)

佐賀県庁で導入されたテレワークの利用形態としては、自宅からリモートアクセスする「在宅勤務」、サテライトオフィスからリモートアクセスする「サテライト勤務」、外出先からタブレットを使ってアクセスする「モバイルワーク」の3種類がある。いずれもネットワーク経由で庁内の仮想デスクトップやシステムを利用できるようにするもので、画像や動画の送信、コミュニケーションツールの利用、Web会議などが可能だ。

例えば、農業改良普及センターの職員は全員がタブレット端末を所有し、農家とのやり取りをタブレットで行っている。浮上した課題をその場で解決できるため、業務効率が上がるうえ、農家への行政サービスの向上にもつながった。1カ月あたりの業務の持ち帰り対応回数は、テレワーク導入前と比較して半減したという。

また、車での移動時にも運転手以外の職員は車内で業務を行えるため、すきま時間を活用することができ、事務作業の効率が向上した。

テレワークで得られたさまざまな効果

さらに特に大きな成果があったのが、自然災害発生時の対応だ。2015年1月の鳥インフルエンザ発生時は休日だったが、各職員が自身の判断で仮想デスクトップにログインし、自宅から対応にあたった。2015年8月の台風15号直撃時や、2016年1月の大雪時には、庁舎までたどりつくことが難しい職員が、最寄りのサテライトオフィスや自宅からリモートアクセスして通常どおり業務を継続した。台風直撃の際は約300人、大雪の際は約400人の職員が、朝から在宅勤務やサテライト勤務、モバイルワークに切り替えて業務を行ったという。

改革推進の3つのポイント

森本氏はこうした改革事例を紹介したうえで、取り組みの中で経営的な観点から特に意識していたポイントとして「セキュリティ対策」「IT資産管理」「情報漏洩対策」の3つを挙げた。

「自治体」という住民情報を扱う組織として、セキュリティ対策は徹底する必要がある。情報漏洩対策の一環として、デバイスの紛失や外部からの不正アクセスなどへの対処は欠かせない。テレワークの導入にあたっては、仮想デスクップにリモートアクセスすることなどで、そうした要件を満たしたという。

「最も重要なのは、『どこに何があるか』を常に把握できるようにすることです。特にIT資産管理では、デバイス、ソフトウェア資産、ライセンスの集中管理が要となります。とは言え、いきなり集中管理を始めるのはハードルが高いケースもあるかもしれません。その場合は、分散管理から段階的に移行すれば良いでしょう」(森本氏)

IT資産管理の手順

最後に森本氏は、改革を進めるためのポイントとして「マネジメントが必要性を実感し、実践の後ろ盾になること」「全社で実施するために各部門の協力を得ること」を挙げ、「ソフトウェア資産管理の取り組みも、全社一丸となって進めてほしい」と参加者にエールを送った。