理化学研究所(理研)は6月14日、ニホンウナギの筋肉に存在する緑色蛍光タンパク質が、バイオマーカーとして有名なビリルビンと結合して蛍光を発する仕組みを発見し、それを応用して、ヒトの血清などに含まれるビリルビンを直接的に定量する蛍光検出試薬(ビリルビンセンサ)を開発したことを発表した。

また、今回、その発表に併せて「ニホンウナギから人類初のビリルビンセンサー -ウナギが光る仕組みを解明、その特性を利用して臨床検査蛍光試薬を開発-」と題した会見を理研 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー(画像1)、同・熊谷安希子基礎科学特別研究員(画像2)らが開催し、ニホンウナギから発見された緑色蛍光タンパク質「UnaG」(画像3)を実際に披露したので、その模様をお届けしたい。

画像1。理研 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー

画像2。理研 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チームの熊谷安希子基礎科学特別研究員

画像3。今回発見された緑色蛍光タンパク質UnaG。ビリルビンを入れ、波長450nm程度の青い光で照らし、蛍光を発している様子

人間、規則正しい生活と適度な運動、そして控えめな食事をしていれば、普通は健康的にいられるものである。しかし、それが食生活や睡眠などが不規則だったり運動不足だったりしていると、若い内ならまだしも、だんだんと年齢を重ねてくると、不健康になってくるのはいうまでもない。筆者のように、40を過ぎた身体で、血液検査をすると、あっちこっちの数字がイエローだったりレッドだったりといった状態になっている覚えがある人も結構いたりするのではないだろうか(筆者もだいぶ持ち直してきたが、一時は入院を勧められるような数値もあった)。

一般的な血液による生化学検査では、肝臓や糖尿病関連、肥満、血液そのもの数値がいろいろとわかるわけだが、その中の1つに「ビリルビン」という肝臓系の数値がある。数値が健康な人はあまり注意しないかも知れないので少し説明すると、「直接ビリルビン」と「間接ビリルビン」と、それを足した「総ビリルビン」の3種類があり、検査によっては総ビリルビンもしくは3種類すべてを教えてくれる具合だ。

この数値は、直接ビリルビンは0.00~0.40mg/dl、間接ビリルビンは0.20~0.70mg/dl、そして総ビリルビンは0.20~1.10mg/dlに収まっていることが望ましい。それ以上の数値が出ていると、「なんらかの疾病の可能性があるから、精密な検査をしてください」などとなる(一番高い可能性は胆石だそうだが、がんなどの可能性もある)。

筆者の場合、2013年2月時点の測定時の自身の数値としては低めで総ビリルビンで1.23(それでも通常版以外)だったが、高い時は3.07もあり(2012年7月の測定時)、「通常の3倍だよ、おいおい、筆者のビリルビンはシ○ア専用か!?」などとステレオタイプなツッコミを自分に入れてしまったりする状況だ(ちなみに、詳細な血液検査、エコー、CTと徹底的な検査をしてもどこにもなんの異常もなく、数値が高い理由は原因不明なので、放置することにした)。

まぁ、話はそれたが、ビリルビンについて化学的に説明すると、まず赤血球の崩壊(溶血)に伴い、赤血球中で酸素運搬を担うタンパク質としてお馴染みの「ヘモグロビン」は「ヘム」と「グロビン」に分離するところからスタート。ヘムが酵素の働きによって「ビリベルジン」となり、それがさらに変化してビリルビン(非抱合型ビリルビン)になるのである。ビリルビンは水に溶けにくいのだが、主に血液中の「アルブミン」に結合した状態で肝臓へと運搬され、そこで「グルクロン酸抱合」を受けて水に溶けやすい「抱合型ビリルビン」に変化し、胆汁へと排出されていくという具合だ(画像4)。

なお、筆者のようにビリルビンの値が高くなる理由としては、溶血が盛んか、肝臓の働きが弱まっていることが考えられるという。筆者の場合、肝臓は普通に元気なので、医者からは「たぶん」溶血が盛んなのだろうといわれた(しかし、赤血球数は正常の範囲内)。

画像4。溶血から抱合型ビリルビンまでの流れ

ちなみにビリルビンの量が異常に増加すると一般的にどんな症状が出るかというと、ビリルビンが血管外の組織に沈着することから起きる「黄疸」がある(ただし筆者はなぜかこれが全然出ていない)。この黄疸が出やすいのは新生児だ(画像5)。新生児は、胎生期に使った余分な赤血球を壊すことから、もともと「新生児黄疸」になりやすい傾向にはあるのだが、あまり黄疸がひどくなると、やはりよくない。ビリルビンが「大脳基底核」などに沈着して、「黄疸症」や「ビリルビン脳症」といった後遺症が生じることもあるので、ビリルビン濃度を正確に測定できることがやはり望ましいのである。

画像5。ビリルビンの量でヒトは健康状態が変わる

このようにビリルビン濃度が高いと体に悪影響を与える傾向があるのだが、ビリルビンは容易に酸化してビリベルジンに変化する(戻る)性質も有しており、その顕著な抗酸化作用が注目されるようになってきたという。実際、軽度にビリルビン濃度が高い(1~5mg/dl)と、心筋梗塞・狭心症などの酸化ストレスに関連する疾患が発症しにくい傾向があるのだそうだ(その点では、もしかすると筆者は幸運なのかもしれない)。

というわけで、成人(特に中年以降)はもちろんのこと、中でも新生児はビリルビンの測定が重要になるのだが、実は、これまでの測定法にはいくつか問題があった。まず、なによりも複雑な工程を経ないと数値が算出されないという点だ。

現在、世界中で実施されているビリルビン測定法はいずれも「比色法」だが、具体的にどのようなことをしているのかというと、まずビリルビンよりも抱合型ビリルビンの方が酸化や「ジアゾ化」(ジアゾ化試薬との反応により、黄色のビリルビンから赤紫色のジアゾ化合物が生成される化学反応)といった反応がしやすいため、反応促進剤による反応前後でそれぞれ抱合型ビリルビン量(直接ビリルビン)と総ビリルビン量を測定し、後者から前者を差し引いて間接ビリルビン(非抱合型ビリルビン)量を計算するというものだ。要は直接的でないから煩雑なので時間はかかるし、なおかつ感度も悪く、さらにはさまざまな因子に影響されやすいといった問題を抱えているのである(画像6)。

画像6。既存のビリルビン定量法。いくつか問題点がある

前置きが長くなったが、そこで登場するのが、今回の発表の主役であるニホンウナギから抽出された緑色蛍光タンパク質の「UnaG(ユーナジーorウーナジー)」というわけだ。UnaGはビリルビンとの結合力が極端に強いので、サンプル中に存在するビリルビンがアルブミンと結合していても、それをすべて外した上で全ビリルビンと結合できるという特性を持つ。要は、UnaGを使えば、ビリルビンの直接的なセンサとなるので、ヒト血清ビリルビン濃度の蛍光測定法として利用できるというわけなのだ。

緑色蛍光タンパク質といえば、下村脩博士がノーベル賞を受賞したオワンクラゲの「GFP(Green Fluorescent Protein)」が有名だが、そもそも何がきっかけで今回のニホンウナギの緑色蛍光タンパク質が発見されたのかというと、まず2009年に遡る。鹿児島大学の林征一教授(当時)が、ニホンウナギの筋肉から緑色蛍光タンパク質の精製を報告したことが始まりである(画像7)。ただし、その時点では筋肉に緑色蛍光タンパク質が存在することはわかったが、その蛍光の仕組みの解明までは至らなかった。

画像7。シラスウナギの胴体横断面の蛍光像

そこで、宮脇チームリーダーや熊谷基礎科学特別研究員ら研究チームはその仕組みを解明することを目指して研究を開始したというわけだ。最初は、緑色蛍光タンパク質の遺伝子の単離を試みることからスタート。そして「シラスウナギ」(画像8)と呼ばれるニホンウナギの稚魚5匹を材料として、139個のアミノ酸からなるタンパク質の遺伝子が突き止められたのである。

画像8。シラスウナギの蛍光像

UnaGの由来は、だいたい想像がつくと思うが、ウナギのUnaと、グリーンのGを合わせたもの(Gにはウナギのギもかかっていると思われる)だ。UnaGは、研究中から仮称というかコードネームというか、誰が発案者ともいうことなく呼ばれるようになり、論文にもそのまま掲載されたという。ちなみに、宮脇チームリーダーは「あまり個人的にはこのネーミングは気に入ってないのですが(笑)」とした。でも、クスっとくるネーミングなのでいいのではないだろうか。

さらに、このUnaGは「脂肪酸結合タンパク質(FABP)」のファミリーに属していることがわかり、脂溶性(水に溶けにくい)の低分子を「リガンド」(特定の受容体に特異的に結合する化合物)として取り込むことが予想されたという。そこで大腸菌やほ乳類培養細胞(HeLa細胞)に遺伝子を導入してUnaGを作ってその蛍光を調査。すると、大腸菌では光らず、HeLa細胞で光ることがわかったのである(画像9)。

画像9。UnaG遺伝子を導入した大腸菌およびほ乳類細胞の蛍光画像

このことから、UnaGが蛍光を出すためにはやはり何らかのリガンドが結合することが必要で、しかもそのリガンドは大腸菌にはなく、HeLa細胞にあるものであることが当然ながら予想されたのはいうまでもない。その仮説を検証するため、(1)HeLa細胞で作らせた「蛍光性UnaG(ホロUnaG)」からリガンドを抽出して解析する、(2)混合実験を行って大腸菌で作らせた「無蛍光UnaG(アポUnaG)」を変える生体サンプルを探す、という2つのアプローチでリガンドの探索が行われた。そしてその結果、最終的に同定されたのが、ビリルビンだったというわけだ。

実際にアポUnaGにビリルビンを添加すると、一瞬にして緑色の蛍光が出現するのが観察され(画像10・動画1)、ホロUnaGを使った結晶構造解析の結果では、1.2Åの高い分解能で構造が決定された(画像11・動画2)。UnaGタンパク質の内部にはポケットがあり、ビリルビンはそこに完全にはまり込んでいること、ビリルビンを構成する4つの「ピロール環A~D」(炭素に加えて酸素と窒素を含む五員環芳香族化合物)の内(画像12)、蛍光発生に関与すると考えられるA/B環もしくはC/D環がそれぞれ1つの平面上に配置される様子などが明らかとなったのである。

画像10。アポUnaG(大腸菌に作らせたUnaG)とビリルビンとの混合実験
動画1。アポUnaGとビリルビンとの混合実験の様子。混ぜると一瞬にして蛍光を発する
画像11。ホロUnaGの結晶構造
動画2。ホロUnaGの結晶構造の立体構造を見られる

画像12。ビリルビンの構造。A~Dのピロール環がある

こうした構造から、UnaGにおけるビリルビン結合が非常に強く特異的であり、ほかのビリルビン誘導体は結合できないことが示唆された。また、その特性は別の分光学的あるいは生化学的実験でも証明されたという。こうしてUnaGをビリルビンセンサとして利用できることが見出され、ヒト血清ビリルビン濃度の蛍光測定法の開発に至ったというわけだ。

このUnaGビリルビン濃度蛍光測定法の特徴としては、前述したがUnaGとビリルビンとの結合力は非常に結合力が強いので、サンプル中に存在するアルブミンと結合しているビリルビンも検出できることがひとつ(正確には、前述したようにアルブミンを外してから結合する)。また、従来法のような煩雑な工程や計算が一切必要ない点もそうだ。それから、低酸素・無酸素状況においても蛍光活性を獲得できるという特性もある(従来法は有酸素状況でないと事実上利用できない)。

その上、蛍光法なので検出感度を著しく向上させることが可能で、サンプル血液は1μl、アポUnaGは0.4nmolというより少量の血液サンプルでの測定ができる点も大きいだろう。従来法と比べて3桁以上感度を向上させているので検査の際の採血量を大幅に減らすことができ、(超)低出生体重児(出生児の体重が2500g未満で低出生体重児、1000g未満で超低出生体重児)でもこれまでとは比べものにならないほどのわずかな負荷で検査できるというわけだ。さらに、血液サンプルの溶血などの影響を受けないことも大きな利点で、従来法と比べて測定値の有効数字を1桁以上増やせるのである。また、反応が出るまでの待ち時間はたったの10分だ(画像13)。

画像13。アポUnaGを使って開発したビリルビン定量法のメリットの数々

それらに加えて、UnaGの凍結乾燥試料がその活性を100%保持できるという点も大きなメリットだろう。つまり、UnaGビリルビン濃度蛍光測定法の試薬はその輸送や保管に冷凍・冷蔵の必要がないのである。簡単で迅速にビリルビンの定量を行えることから、大型の医療機関がないような地域、さらには発展途上国でも新生児医療で利用できるというわけだ。

このように、従来法と比較して大きなメリットがあることから、まさにビリルビン定量の革命ともいえ、前述した低出生体重児への負荷が少ないのにより正確に定量できることから「黄疸症」や「ビリルビン脳症」などの予防をより実践しやすくなるし、成人でも高精度のビリルビン濃度測定を持続的に行いやすいことから、ヒトの体内におけるビリルビン動態についての理解を深めるといったことも可能である。そのほかにも、前述したように低酸素・無酸素状況での蛍光活性があることから、固形がんの組織内における現象の可視化にも利用可能だという。要は、量に応じて薬にも毒にもなり得るビリルビンを、健康・疾病バイオマーカーとして多角的に測定する技術の確立に大きな前進をしたというわけだ。

ちなみに、いいことずくめのように見えるUnaGだが、ニホンウナギから採取されるという点で、それを試薬として製品化した際にどう量産するのか、という点は気になるところだろう。2013年には、ニホンウナギは極度の不良(漁獲高の減少)が続くことから、環境省によって絶滅危惧種に指定されている。そんなウナギから採取するというのはなかなか難しいところだ。

しかしそうした心配は必要ない。UnaGの量産は、なにもシラスウナギから採取しなければならないわけではなく、大腸菌にDNAを組み込んでの量産が可能なのだ。UnaGビリルビン濃度蛍光測定法が製品化が実現しても、ただでさえ漁獲高が激減しているニホンウナギを乱獲するような心配はないし、UnaGが希少故にそれが試薬にも極端な高価格として跳ね返ってしまうといった心配もないのである。なお、そうした試薬の製品化に関して、製薬メーカーなどと話が進んでいるのかどうかという点に関しては現在のところはなく、これからだとしている。

また、ウナギの仲間は19種類いるが、長距離を回遊するヨーロッパウナギやアメリカウナギの2種にもUnaG類似のビリルビンセンサがあることを確認しているという。似たような細長い体型をしているマアナゴやハモなどに関しても調べられたが、それらからは蛍光は確認されておらず、UnaG類似のビリルビンセンーは持っていないようである。

環境破壊の影響で、毎日多くの生物が絶滅していっているといわれるが、こうしてよく知られた生物からでも人類にとって役に立つ生化学物質などが見つかるわけで、その生物たちのことを心配してというのも当然だが、人類自身のメリットの面からも環境保護はやはり必要ということだろう。ウナギに関してはニホンウナギだけでなく、熱帯のウナギも希少性が高くなっており、固体の採取が困難で、一部のウナギについては輸入が制限されている状況だ。宮脇チームリーダーや熊谷基礎科学特別研究員らは、ウナギを保全するためにも、国家の枠を超えてウナギに関する研究を進める必要があるとしている。

なお今回の研究は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「宮脇生命時空間情報プロジェクト」の一環として行われ、詳細な内容は日本時間6月14日付けで米科学雑誌「Cell」オンライン版に掲載された。