エネルギーに満ちた早朝、出羽三山の神々に参拝

朝7時05分。羽田空港発「おいしい庄内空港」行きANA393便は、出発してわずか45分ほどすると徐々に高度を下げていった。着陸間近の約15分、眼下に広がるのは広大な田園風景と西側には日本海、そしてなだらかな稜線をもつ鳥海(ちょうかい)山の絶景だ。山頂に雪が残り、山の麓が日本海まで延びている。この日は雲一つない快晴。噂に高い神々の里「出羽三山(でわさんざん)」を参拝するには絶好のプロローグだった。

  • 羽田空港発「おいしい庄内空港」行き。眼下に広がるのは広大な田園風景と西側には日本海、そしてなだらかな稜線をもつ鳥海(ちょうかい)山の絶景

日本有数の穀倉地帯、庄内平野を擁する庄内地方は山形県の北西部に位置する。東は出羽山地、南は朝日山地、北は鳥海山(ちょうかいさん)に囲まれ、西は日本海に面し、広大な平野が広がる自然豊かなエリアだ。面積は2,405km2、県土の約26%を占める。人口は約27万人。鶴岡市・酒田市・三川町・庄内町・遊佐町の2市3町で構成される。

神道と仏教を融合した神仏習合、出羽三山の成り立ち

この旅で真っ先に目指すのは、知る人ぞ知る霊山「出羽三山」。出羽三山とは、羽黒山(はぐろさん)、月山(がっさん)、湯殿山(ゆどのさん)3つの山の総称である。

  1. 羽黒山……現世の幸せを祈る信仰の山「現在・現世」
  2. 月山……死後の安楽と往生を祈る行の山「過去・前世」
  3. 湯殿山……生まれ変わりを祈る神秘の山「未来・来世」
  • 遠くに月山を望みながら、庄内平野を車で走り抜ける

古くは山・樹木・川などに神が宿るとされる自然崇拝の霊場だった。日本に仏教が伝来した7世紀以降は「羽黒山寂光寺」として仏教信仰の山となる。真言密教から始まり、江戸期は天台宗が信仰された。江戸幕府からの保護も厚く、現在・過去・未来の三山を巡ることで「生まれ変わることができる」と、江戸からも多くの参拝者が訪れたという。

  • 山形県には歴史ある神社仏閣が多く点在する

しかし明治以降は、新政府の政策である神仏分離令により神道を強いられて出羽三山神社となった。

「ずっとお経を上げていた僧侶に、突然祝詞(のりと)を唱えなさい、という無茶な話です。神道の教えだけでは、長年守ってきた出羽三山の信仰は揺らいでいきます。3つの山があって、初めて生まれ変わりの山となるわけです。そこで、神社になってから国から派遣された特命宮司達が英知を結集し、お山の改革に乗り出します。山岳で厳しい修行を積み霊力を身につける修験道(しゅげんどう)、つまり、羽黒山伏(はぐろやまぶし)を確立しながら、その時代に合わせて修験道、仏教、神道を融合して、人々を導いてきました。ところが、明治政府は、国家神道にそぐわない宗教は危ないとそれさえも廃止したのです」

そう話してくださったのは、出羽三山神社の参事、吉住登志喜(よしずみとしき)さん。

  • 出羽三山神社の参事、吉住登志喜(よしずみとしき)さん

明治時代、修験道廃止令が発令されて、羽黒山の修験道も十数年廃止されたそうだ。しかし、この地の先人たちは、水面下で「仏教の生まれ変わりの思想」を含む修験道を命がけで守り続けてきた。

スタートは羽黒山随神門と森の中の表参道

出羽三山の参拝は、本来なら3つの山を巡るのが良いが、時間がない場合は羽黒山山頂にある「三神合祭殿(さんじんごうさいでん)」に羽黒山・月山・湯殿山の三神が祀られており、そこで"生まれ変わり"のための参拝や御祈願ができる。

  • 羽黒山・月山・湯殿山の三神が祀られている「三神合祭殿(さんじんごうさいでん)」

玄関口となる「隋神門(ずいしんもん)」から羽黒山の表参道の杉並木を歩いて山頂を目指す。山頂にいたる約2kmの参道は、樹齢300~600年もの杉木立がうっそうと茂り、森の精霊でも出てきそうなくらい神聖な空気に満ちている。石段は2446段あり、フランスのガイドブック、ミュシュラン・グリーンガイド・ジャポン3つ星に認定されているそう。

  • 玄関口となる「隋神門(ずいしんもん)」

  • 森の精霊でも出てきそうなくらい神聖な空気

しばらく坂を下り、祓川にかかる赤い橋の側には「須賀の滝」がある。かつては出羽三山に参るためのお清めの場所でもあったそうだ。

  • 「須賀の滝」

こちらは国宝に指定されている「羽黒山・五重塔」。高さ29.9m、柿葺きの三間五層、素木造り。創建は平将門と伝えられ、現存の塔は南北朝時代に再建されたもの。

  • 「羽黒山・五重塔」

山頂に建つ「三神合祭殿」。高さ28m、厚さ21mもの茅葺屋根は独特の形状で、趣がある。東北随一の規模とのこと。羽黒山は、6世紀末の崇峻天皇(すしゅんてんのう・在位587~592)の第一皇子・蜂子皇子によって開かれたと伝えられている。

  • 羽黒山山頂にある「三神合祭殿」

  • 茅葺屋根は独特の形状で趣がある

外国人ツーリストに大人気の理由

出羽三山は、日本人よりも海外からの旅行者に注目されているという。ある外国の旅雑誌の中で日本でいちばん行きたい場所ベスト10にも入っているそうだ。元々、神社・仏閣が造られる場所は磁場が良く、この地はとくにエネルギーが高いとのこと。

  • 国立公園出羽三山案内図

「外国人が何をしにやってくるかというと、ここにきて、ただ木々のそよぎや鳥の囀りに耳を澄まし、森の苔の香りを胸いっぱいに吸い込む。五感を最大限開いて旅をしています。1400年以上昔の姿を留めるこの場所にきて、何もせず、ただゆっくりと大自然の中で魂を癒す。それだけです。1時間くらいで登れる参道も、彼らは5時間ほどかけて歩いています。いっぱい観光地を回って旅をした気分になっている日本人とは大違い。日本人は外国人から学ぶべきものがたくさんあると思います」と吉住さん。

コロナになる前は、パワースポットというイメージが先行して、ここにきて、たとえば御朱印をいただけば何かご利益があるのでは、という人が多かったが、コロナ禍になってからは、真剣にお参りする姿が増えてきたのだという。

「この2年間のコロナ禍で、心に拠り所がない人はどんどん落ちていきましたね。逆に心にぶれないものを持っている人は、きちんと現状に向き合い前向きに進んで行けます。

先人たちは、疲れた時、悩みに苦しむとき、辛い時、死にたい時、この出羽三山に来て、深呼吸をして手を合わせることで救われてきたのです。宗教や信仰ということではなく、こういう場所が残されていることがどれほど大切なことか、ということを、外国人たちはコロナになる以前から理解していたと思うのです」

吉住さんのお話にぐいぐい引き込まれる。

生まれ変わるとはどういうこと?

「日本人は今、可哀そうなくらい心を閉ざしてしまっています。魂を癒せる場所が近くにありながら、どうも宗教・信仰という言葉に惑わされて、なかなか足が向かないのでしょうか。しかし、ここにやってきて、体、心、魂を開放して何かを体感できた人は、今までなぜこんな考え方をしていたのかと気付かされ、すべてのものに感謝の念を感じることができるようになるのです。そうすると、プラスのエネルギーがどんどん大きくなり、生きる希望が湧いてくるのです」と吉住さん。

  • 新たな魂をいただいて生まれ変われる場所

出羽三山は生まれ変わりをテーマにした神社だ。予想だにしなかった疫病や戦争が起きて、世の中が見通せなくなっている今、うまく行っている人も行かない人も、この場所を訪れて新たな魂をいただいて、生まれ変わってみてはいかがだろう。

現に、三神合祭殿を訪れ、吉住さんから貴いご講和を伺った筆者たちは、気持ちが上向き、どんな苦難があってもポジティブな気持ちで日々過ごしている。

ユネスコ世界遺産のお誘いを断る?

  • 出羽三山らしさが守られている

驚いた話がある。日本中の観光地がユネスコ世界遺産登録のために躍起になっている中、十数年前、出羽三山を守ってきた地元の人々は、ユネスコ本部の世界文化遺産登録の誘いを断り続けたという。出羽三山らしさをそのまま未来に繋いでいくには世界遺産にならないほうが良い、という決断だったそうだ。「庄内はそういうところです」と吉住さんは話す。

  • 神殿内も誰でも入りやすい雰囲気に

現在、山形交響楽団などとコラボしてのミニコンサート、夜の特別企画のヨガや神道行法など、神殿内でイベントを催し、誰でも入りやすい雰囲気にしているという。希望すれば参事のご講話を聞かせていただけるそうだ。

東京からはほんの1時間のフライトでアクセスできる山形県庄内エリア。ある日、突然思い立って旅してみてもいい。きっとこれからの時代に生き抜くヒントをいただけるはずだ。

  • 三神合祭殿の駐車場そば食堂の、名物玉こんにゃくはぜひご賞味あれ!

●出羽三山神社社務所
住所: 山形県鶴岡市羽黒町手向字手向7
開館時間: 8:30~17:00   ※羽黒山随神門までのアクセス: 庄内空港より車で約32分
(新型コロナウィルス感染中の現在は中止となっているが、四季折々の羽黒修験道体験(6泊7日)が可能。詳細はHPで確認のこと)

ランチはお寺の周りで採れた山の幸で作る精進料理

三神合祭殿から歩いてすぐのところにあるのが、斎館(羽黒山参籠所)。江戸時代の寺院だった建物が、現在は精進料理をいただける食事処として利用されている。羽黒山に参拝した後、ここで籠って身を清めて、次の日に月山に向かうというところ。現在は、一般客も宿泊と食事ができる。

  • 精進料理をいただける食事処「斎館」(羽黒山参籠所)

山伏の食文化から独自の発展をしてきたこの精進料理。地場の山菜やキノコを使い、自然の素材の良さをそのまま生かす料理法が施されている。

実に手の込んだ滋味深い精進料理がいただける。ナスの田楽、胡麻豆腐、干しワラビ、ふきのとうの味噌(ばんけ)、在来野菜トノジマキュウリの佃煮、手づくりの湯葉、月山筍(ネマガリダケ・春~夏のみ)、干し柿の天ぷらなど13種。

  • 滋味深い精進料理

かつては、山伏が修行し生きていくための料理が、現在では山を訪れる客をおもてなしする料理に代わってきた。山で育ったものを口にすることは、山と一体化するということで食べながら修行にもなる。さらに山の中で食べることでエネルギーももらえるそうだ。そんな気持ちでいただいてみたい。

  • 食べながら修行にもなる

●斎館
住所: 山形県鶴岡市羽黒町手向黒山33
開館時間: 11:00~14:00 無休
※アクセス: 庄内空港より車で約47分

自ら土中に入って仏となる「即身仏」を参拝

湯殿山信仰を受け継ぐ寺院として栄えた酒田市の「海向寺」には、忠海上人(ちゅうかいしょうにん)と、円明海上人(えんみょうかいしょうにん)2体の即身仏が安置されている。即身仏とは自らの肉体を残した仏様。末世まで人々の苦しみを救い、願い事を叶えるために、湯殿山仙人沢に山籠もりをして木食行者となり修行をする。木食修行とは五穀・十穀を断ち、木の実だけを食べる修行。修行が終わると、地下3mの石室に入ってお経を読み続け永遠の瞑想に入る。3年3か月後に再び掘り起こされて、お寺に祀られるという。

  • 湯殿山信仰を受け継ぐ「海向寺」

日本国内に十数体の即身仏が現存するといわれていて、山形県には寺院などに8体が安置されている。

  • 忠海上人と円明海上人、2体の即身仏が安置されている

「海向寺」での即身仏との対面は、奇跡、ともいえる稀なる体験。現世とは思えない静謐で厳かな空気感の中、しっかりと感謝の念と、心からのお願い事をお伝えしたい。「仏様にお願いをするとご縁が繋がりますよ」と、案内の人の言葉が心に響いた。

●海向寺
住所: 山形県酒田市日吉町2-7-12
開館時間:9:00~17:00(冬期11~3月は16時まで)
休館日: 毎週火曜
※アクセス: 庄内空港より車で20分


取材協力: 庄内空港利用振興協議会
※庄内空港利用振興協議会は、県や庄内地域の市町を中心に構成され、庄内空港の利便性と利用者拡大に向けた活動をしています。