ニューヨーク・シリーズを始めた時から頭を悩ませてきたテーマがあった。01年9.11事件の現場、グラウンド・ゼロをどう書くか、という問題だ。冷戦後のアメリカが起こした最大の軍事行動、そして最大の失敗になるのであろうアフガン侵攻からイラク戦争までの道のり。その発端となった現場に触れない訳には行かない。といってどう取り上げたものか、結論の出ないままここまで来てしまった。もう逃げられない。

ワシントンからニューヨーク、ラガーディア空港に向かうエア・シャトルは風向きで二つのコースを取る。一つはニュージャージ側からロングアイランド・サウンドを下り、つまり北東から回り込むコース。観光客には明らかにもう一つのコースの方が人気があるのだが、私はこちらが好きだった。

ニューヨーク市の上流階級が好んで住むコネッチカット州の高級住宅のプールが鏡のように光る。牧場、教会、それを包む優しい緑が昼の陽光にも、夕闇のほの暗さのなかでもひときわ美しい。やがて大西洋とマンハンタン島をつなぐロングアイランド・サウンドが見えてくると今度は、白いヨットと豪華なサマー・ハウスが目に飛び込んでくる。フィッツジェラルドの名作、「グレイトギャツビー」の舞台だ。「ウエストエッグはどこだ?」(フィッツジェラルドが創作した架空の地名)と眺める間もなく飛行機は、「ドスン」とラガーディアに着陸して現実に引き戻される。

もう一つのコースが9.11と関係してくる。スタテンアイランドからマンハッタン島を北に上るコースで、かつて自由を求めて、「アメリカ、アメリカ」を目指した多くの移民がたどったコースを空から偲べる。

自由の女神から国連本部、アールデコー風のクライスラービルディング、そして重厚なエンパイヤーステートビルディングなどが視界に飛び込んでくる。マンハッタンのスカイスクレーパーを一望にたどるルートだから観光客にはたまらない。夜景も捨てがたいが昼間も素晴らしい眺望だ。

第二のコースでひときわ目立ったのが二棟の世界貿易センタービルだった。高さ415メートル、110階建。氷河が削り取った後の頑強な岩盤の上だからこそ建築可能な世界一のビルディング、目立たないわけがない。ただ私は機能最優先の長方形のビルより世紀末、あるいは第2次大戦前に建てられた個性あるビル群の方が好きだったが。

あの事件のとき私は毎日新聞社長室に勤務していた。何度もテレビに流れる突入シーンを見ながら、「自分が現場にいたらどのようにリポートするか」考えた。

第一の直感は、「これはただでは済まないな」だった。千人強の被害。しかもそのほとんどが軍人であった真珠湾攻撃でも、最終的には原爆投下まで行ってしまったアメリカである。米国の経済、文化の首都、そのシンボルを不意打ちされて3000人近い民間人を犠牲にしながら何もしないでは済まないからだ。

アメリカの庶民からすれば彼らの大統領は、ジョン・ウエインのような保安官だ。でっかくて日頃は優しい。でもひとたび悪人が街の治安を犯せばコルト45ピ-ス・メーカーにものを言わせる。だから、ブッシュ大統領がオサマ・ビンラーディンの潜むといわれたパキスタン、アフガ二スタン国境の山岳地帯に侵攻しないで済んだとは思えない。現在、イラク戦争に反対するほとんどの米市民もアフガン侵攻は正当だと主張する。「何故その先まで深入りしたのか」というのだ。

もう一つの問題は、犯人がなぜ世界貿易センタービルを狙ったのか、という問題だ。ずいぶん経ってからだがNHKのドキュメンタリート放送を見て、あの行動の論理が何となく理解できた。この番組でイスラム過激派の一人が、米国というよりキリスト教世界の富の象徴である世界一のビルの破壊は、バーミヤンの世界最大の仏像(一対)破壊と同じであるという趣旨の発言をしていた。「そうだったのか」と納得が行った。偶像崇拝を忌み嫌うイスラムにとって世界貿易センタービルの破壊はバーミヤン破壊以上のシンボリックな宗教的行事であったのだろう。

9.11事件について様々な陰謀説が流布されていることは承知している。一つだけはっきりしているのは「ブッシュの陰謀」は有り得ないということである。これはローズベルト大統領が意図的に日本軍の真珠湾攻撃をなすがままにしたという説と同じくらい荒唐無稽である。この説をなす人はアメリカという国では良くも悪くも50年たてばすべての記録が公開されてしまう、大統領の陰謀は、歴史の闇に葬ることはできないという単純な事実を見過ごしている。

大統領まで務めた人が死後であろうと、「歴史に断罪されること」にどのくらいの恐怖心を抱いていることか。キリスト教社会では犯罪者は棺桶から引きずり出しで処刑される。だから土葬にこだわるのだ。では現場に行ってみよう。