年間1,000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施する武神健之氏(医師、医学博士、日本医師会認定産業医)が職場のストレスとコミュニケーションについて解説します。

  • 「きく」には主に5つの意味がある

    主に5つの意味がある「きく」

これまで1万人以上の働く人と面談した産業医の経験として、どんなに仕事が忙しくても、コミュニケーションが円滑に行われており、メンタル不調者やハラスメント被害者が出ない部門がありました。

今回は、そのような組織の上長たちがもつ「きく技術」についてお話しさせていただきます。

「きく技術」の「きく」を漢字で書いてみると代表的なものは5つあります。

  1. 音を感じとるという意味での「聞く」
  2. 傾聴、注意して耳に入れる、アクティヴ・リスニングの「聴く」
  3. 尋ねて答えを求める「訊く」
  4. 調べて判定する意味での「利く」
  5. 効果が現れるという意味の「効く」

以上の5つです。

この5つのうち最初の「聞く」は受動的、あとの4つは能動的・積極的な行為です。また、別の角度から考えると、5つの「きく」のうち「聞く」「聴く」「訊く」はその場だけの行為ですが、あとの2つ「利く」と「効く」は時間的な変化も含まれます。

とくに「効く」は、上司に話をきいてもらった人が、翌日になって「ああ、昨日は話を聞いてもらえてよかった」「あんなふうに言ってもらったんだから、今日もがんばろう」という効果として現れてくる「効く」です。

私の経験上、コミュニケーションの上手な人は5つを全部やっているわけではありません。しかし、その場、その場で必要な「きく」を意識せずとも自然とできている人が多いのです。それは、上記のような、「きく技術」を持っているからではなく、「きく技術」を使いこなす「マインド」を持っているからだと私は考えます。

そのマインドとは、「きく」ことは、「認める」ことと「気づかせる」ことだとわかっているということです。

「きく技術」の「認める」とは?

では「認める」とはどういうことでしょうか。

「認」という字は「言う」を「忍ぶ」と書きます。要するに「言うことを我慢する」つまり、「黙っている」ということです。

産業医面談を通じて感じているのですが、優秀なリーダーほど、部下が何か相談をしにきたときに黙ってきくことができません。

部下が「ちょっといいですか?」と相談してきたときに、上司は経験豊富ですから部下の話をちょっときいただけでもうわかってしまい、「そういうときは、こうして、ああして」とアドバイスをしてしまうことが多いのではないでしょうか。しかし部下はアドバイスがほしくて話しにきたとは限りません。

多くの場合、部下はアドバイスがほしいわけではなく、話を聞いてほしい、状況をわかってほしいから、ただ話を聞いてほしいということがよくあります。

人間には耳が2つ、口は1つあります。これは話す2倍はききましょうということです。たくさん聞いてもらうことにより相談をしにきた相手は、自分のことを認めてもらったと感じます。言うを忍べば、相手は認められたと思うのです。そうです。「きく技術」をもつ上司は、部下のいうことを黙ってきくことができるのです。

「きく技術」の「気づかせる」とは?

  • アドバイスではなく効果的な質問を

    アドバイスではなく効果的な質問を

もう一つ、「気づかせる」ということについて。

「きく技術」をもつ人は、自分が話す少ない時間のなかで、相手にアドバイスはあまりしません。

その代わり、相手のためになる効果的な「質問」をします。自分の知りたいことをきくことを疑問と言いますが、相手のためになること(気づかせること)をきくことを質問と言います。

きく技術を持っている人は、疑問ではなく、質問を相手に投げかけます。そうすると結局、相手に自分で気づかせることができるのです。これは言葉を変えれば、相手の視点を変える、変化させるということです。

大人は誰でも、間違いの指摘やダメ出しはされたくありません。相手の間違いを指摘して、「違うよ、それは」などと言ったところで、相手には通じません。上手な質問は、相手のよくないところ気づいていないところ、足りないところを指摘するのではなくて、本人の気づきを促すことができるのです。

そういうことができるのが、「きく技術」をもっている人の「きく」なのです。「きく」ことによって自分で気づかせることができるのです。これが、上手なコミュニケーションにつながります。

組織内でコミュニケーションを上手にしている人。例えばリーダーシップのある上長やメンタルヘルス不調者を出さない部門の上司とは、このように「きく」ことは、「認める」ことと「気づかせる」ことだとわかっている人だと私は感じます。

例えば、部下が深刻な顔をして「ちょっといいですか……」と声をかけてきたとき、話2割でアドバイスをするのではなく、部下が話し終わるのを待ってから相手の新たな気づきを促す質問をしているのです。そのようなマインドから始まる組織の中では、ハラスメント被害者やメンタルヘルス不調者は出にくいと感じます。

ぜひ読者のみなさまも、職場でこの「きく技術」を始めてみてください。

※画像と本文は関係ありません

著者プロフィール: 武神健之(たけがみけんじ)

医師、医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス株式会社、日本風力開発株式会社といった一流外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立。「不安とストレスに上手に対処するための技術」「落ち込まないための手法」などを説いている。
著書に『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書―上司のための「みる・きく・はなす」技術』(きずな出版)がある。