元国税職員さんきゅう倉田です。好きなポケモンは「ゼニガメ」です。

ぼくの名前はイトウケンスケ。この「K文デザイン事務所」に勤めて3年になる。初めて、チラシに添えるイラストを任されて、気持ちが高ぶっている。

日本初上陸のフランス製コーヒーメーカーらしい。課長は「この逆ノルマンディ上陸作戦のデザインをお前に任せる」と言って、ぼくを指名した。意味は分からなかったが、嬉しかった。

メールで送られてきたチラシのデータには、商品の写真とコピーが入っていた。ぼくの役割は、ここにイラストを添えることだがどうも気になる。ブランド名がどこにも入っていないし、コピーに誤字があるのだ。

「暖かい話しを温かいコーヒーと共に」

「話し」は「話す」の連用形だ。名詞の「はなし」ならば「話」としなければならない。ぼくは、イラストの横にこのブランドのロゴを入れ、コピーを修正することにした。作業をしていると、ちょうど課長が通りかかった。

「もう終わっているじゃないか。早かったな。イラストも良いじゃないか。ブランドイメージとも合っているし、コーヒーを片手に楽しく会話する様子が伝わってくるよ。かなり良くできているんじゃないか」

「自分でも会心の出来だと思いました。でも、このチラシ、社名が入っていないんです。せめて、ロゴを入れた方がいいと思うんですよね。あと、ここに誤字があったので、直してからクライアントに戻そうと思います。軽微な修正だけど、喜んでくれるでしょう」

課長は斜め上を見て黙っていた。何かを考えているようだった。

「この間、コンペの打ち上げでワインバーに行ったんだよ。そしたら、ソムリエが、ブルゴーニュのグランクリュが1杯だけあるからサービスしますよ、って言うんだ。みんなワイン好きだろ。じゃあ、一番早くメデューサのイラストを描いたやつが飲むことにしよう、ってなってさ」

「なんでメデューサなんですか」

「そのワインバー、『セキカ』って名前なんだよ。とにかく、コースターの裏に描くことになったんだ。でも、俺なんかはコピーライティングが主な仕事だろ。デザインやってるやつには勝てないよ。デザイン部に入った新入社員のタナカがあっという間に描き上げたんだ。でもさ、あいつメデューサを知らなかったんだよ。先に写真を見て良いですか、って言うから、それはだめだよって言って、雰囲気だけ伝えたんだ。頭に蛇がいっぱいいる女性の怪物で、目が合った人間は石化するんだよって」

「若いから、メデューサを知らなかったのかなあ」

「そんで、完成させて、ワインを取ろうとするタナカに言ってやったんだ。おい、このメデューサの蛇には足がないじゃないか。ちゃんと足まで描けよ、って。そしたら、あいつヘビ一つひとつに足を描いたんだよ。結局、ワインは俺が飲んだんだ」

「何の話ですか」

「蛇に足なんてないだろ。つまり、調子に乗って余計なことするなってことだよ。ブランドロゴがなくても、社名がなくても、それがクライアントの意向なんだろ」

「でも、誤字は修正してもいいですよね。ほら、話し、になってる」

「そのコピーはさ、別の会社のコピーライターが入れてるんだよな。だから、お前が直せば、クライアントはそのコピーライターに悪い印象を持つだろう。一方で、クライアントはお前を高く評価するだろうか。俺はしないと思うんだ。本来、コピーライターが直すべきものなのに、お前が勝手に手を加えれば、職務を超えたと見なされるだろう。二人とも損をする。だから、直すな。仕事はそんな単純じゃないんだ。お前が正しいと思ったことが、組織の中で正しいとは限らないよ」

イトウは自分の未熟さを痛感した。

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