元国税職員さんきゅう倉田です。好きな居酒屋は「お通しが選べる居酒屋」です。

少し前に、女性に誘われて飲みに行きました。急な誘いだったけれど、ちょっと飲みたい気分だったし、近くにいたし、ちょうど飲んではいけない時期の狭間だったので、出向くことにしました。

お店は、女性が探してくれた渋谷の裏のほうにある居酒屋でした。時間が遅かったので、2杯飲んでピーマンの肉詰めを食べたところで、閉店になりました。ぼくはお金を払い、駅まで女性を送り、歩いて帰ります。

家に帰ってから、領収証を見て、価格に違和感を覚えます。注文した料理とビールの価格を反芻します。

税別表示だったとしても、お通しがひとり1,200円でないと計算が合わない。しかし、そんなに高いとは思えない。正規のお通し料金が500円だとすると、700円多く払っています。ふたり分だから1,400円。

会計が間違っている。

たかだか1,400円なのに、それから3日も悩んでしまいました。

5,000円の仕事には心が動かないが

先日、顔見知り程度の人から、イベントへの登壇依頼がありました。メッセージで連絡が来たので、詳細を伺いましたが、なかなかギャラの金額を言いません。きっと、ギャラを払うつもりがなかったのだと思います。

「マネージャーに引き継ぐためにギャラを聞きたい」と言っても、「では、マネージャーさんに金額を言ったほうがいいですかね? 」などと言います。

やっとのことで聞き出した金額は5,000円でした。

相場から大きく離れた金額であるため、友人ではない人の依頼をこの金額で受けることはできません。他の依頼者にも申し訳ないし、その時間で本を読むほうが有意義だからです。

1,400円の損失では大きく悩むのに、5,000円の利益にはまったく心が動かない。少し不思議な気がしますが、行動経済学を勉強していると当然だとわかります。

同じ金額の損失と利益でも、人間の行動は異なる

行動経済学では、人間の行動は利益より損失に影響を受けやすいとされています。1万円を失うときの不快感と1万円をもらえるときの喜びは等価ではありません。

だから、小さな金額の支出でも納得のいく理由がなければ悩んでしまいます。一方で、お金がもらえるとわかっていても面倒であれば人の心はなかなか動かない。

若手芸人は、みんな個人事業者なので、自分で確定申告をします。ほとんどの場合、アルバイトをしていて、芸人としての所得と合わせて確定申告をして、所得税の還付を受けることができます。でも、それを劇場などで同期や先輩に聞いても、なかなか確定申告をしません。

面倒だからです。

面倒なことをしてまで、5万円や10万円の還付金を受け取ろうとは思わない。ただ、みんなでファミレスに行って、100円多く払うのは執拗に拒否します。

100円を失ったり、面倒なことをするのは、明らかな損失なので回避しようと行動します。けれど、10万円を得られないという損失は、面倒の壁が邪魔してよく見えません。

よく見えない利益では、人は行動しないと言われています。

デメリットを示すのではなく、やらないデメリットを示す

取材を受けて、株式投資について答えたり、税金について答えたり、キャッシュレス決済について答えたりすることがあります。そういうとき、必ずメリットとデメリットを聞かれます。NISAみたいなデメリットがないような制度でも、無理矢理聞き出されます。

メリットだけ提案すると、説得力が弱まるということなのでしょうか。

ぼくは、その制度やサービスのデメリットを示すより、導入しないこと、やらないことで起こるデメリットを示してあげたほうが良いと思っています。

例えば、二次元コード決済のデメリットを聞かれたら、「たくさん登録すると、お金の動きが見えにくくなるのでデメリットになるかもしれません、ひとつ導入すれば良いと思います」と答えます。

そんなことより、キャッシュレスをすすめるのなら「導入しないデメリットはなんですか?」と聞くのはどうでしょう。

「マイナポイントの予算はみなさんの税金から捻出されています。ポイントをもらわないとあなただけ損をします」「導入すれば、レジで財布を出したり、お釣りを受け取ったりする時間を短縮できるのに、現金で払うとそれができません」

と示せば、損をすることを避ける人間の心理が、キャッシュレス導入に向かわせます。

一般化すると、人の行動を変えようと思ったら、メリットを示すのではなく、行動しないことで被る損失を明確にしてあげると良い。

だから、「自然を大切にすると緑が増えて、気分がいいですよ。空気がおいしくなりますよ」とは言わずに「このまま自然を蔑ろにすると、空気が汚染されて、動植物が減り、人間も住めなくなり、少ない居住可能地域を求めて戦争が起こり、一部の人類は太陽のない地下で永遠に生活するようになりますよ」と脅してくる。人間には損失をチラつかせるのがいいわけです。

お通しのことは早く忘れます。

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