今この記事を読んでいる人のうち、「座っている」人はどれくらいいるでしょうか。スマートフォンを使って出先で見ている人は立っていることも多いかもしれませんが、作業中の息抜きなどに見ていただいている場合、大半の方は座っているかと思います。

長時間かけて成果物を作り上げるクリエイターにとって、座った状態はもはやホームポジション。そのためもはや意識に上ることも少ないと思われますが、この姿勢で長時間過ごすのは、身体にとってはかなりの「重労働」。座り仕事の弊害に着目した「立ったまま仕事するためのデスク」も一時話題にこそなりましたが、今のところ市民権を得てはいないようです。

この連載では、忙殺され身体を酷使しがちなクリエイターが「健康的に創り"続ける"」ための知識を公開。敷居が高いイメージになってしまった「健康」を広く手の届くものにすべく活動されている鍼灸師・若林理砂さんが、忙しいクリエイターにもできる「健康への第一歩」につながるエピソードを語ります。第3回は、長い時間集中して作業するクリエイターにとって身近な「座りっぱなし」の弊害と、それを避けるための方法についてお話いただきます。


若林理砂
1976年生まれ。鍼灸師・アシル治療室院長。高校卒業後に、鍼灸免許を取得し、エステサロンの併設鍼灸院で、技術を磨く。早稲田大学第二文学部卒。2004年、アシル治療室開院。著書に「養生サバイバル」「安心のペットボトル温灸」など。好きな漫画/アニメは「進撃の巨人」「FSS」「おそ松さん」。一昔前は腐っていました。「どの宮崎アニメにも必ず出演している」顔立ちといわれています。夫はクーロンズ・ゲートの人。TwitterID: @asilliza

「腰」に一番負担がかかる姿勢とは

以前私が診療した、あるクリエイティブ職の患者さん。作業に集中するとトイレに行く時間すら惜しくなるということで、水分をとることすら控えて、とうとう膀胱炎を発症してしまったことがありました。「トイレに行くの、忘れちゃうんですよー。」と仰っていて、私には尿意を忘却するというその感覚がわからず、クリエイターの集中力ってとんでもないなあと驚愕したことを覚えています。

「座っているのだから大して疲れることもないし、長時間そのまま作業してたって特に問題ないでしょ?」と思っていらっしゃる方も多いのかもしれませんが、座ったままでいることはとても体に負担がかかるものなのです。

「座る」「立つ」「仰向けに寝る」の3つの姿勢の中で、座る姿勢は、実は一番腰への負担が高いのです。仰向けに寝ると腰への負担はゼロですが、立ち上がると体重の1.5倍、座ると2倍の負担がかかるとされています。体感と違うので意外に思う方もいるかもしれませんが、座るのは、立っているよりも腰への負担が高くなります。

それを象徴する症状として「腰のヘルニア」があります。これは一般的な呼び方ですが、腰椎椎間板ヘルニアという病気です。これは、骨の間に挟まっている椎間板という柔軟な組織の、そのまた中央に入っているゲル状の組織が、腰椎への恒常的かつ無理な圧力で「ブチっ!」と飛び出し、近くを走っている神経に直撃。強烈な痛みを発するものです。この病気にかかるリスクが高いのが、「座業」。座ったまま仕事をする方たちなのです。

腰椎椎間板ヘルニアだけではなく、座ったままの状態で仕事をしている方は、その他の疾患による死亡リスクが高いこともアメリカのコーネル大学の研究によって明らかになっています。長時間身じろぎもせずに座りっぱなしで作業を続けることにより、エコノミークラス症候群と呼ばれる症状に見舞われる可能性もあるのです。

これは、座りっぱなしでいることにより、下肢の静脈血が固まって血栓を作り、立ち上がった時などに血栓が動いて肺の静脈に詰まって、肺塞栓を起こすもの。飛行機のエコノミークラスでよく起こる症状のためにこの名前が付けられていますが、オフィスでも要件がそろえば起こりうるものです。よく旅行をする人はこの症候群自体は知っていると思いますが、座り仕事が多い場合、普段の生活でも同様の予防をするといいですね。

一時期「座り仕事の人は病気にかかりやすい」というような情報がネット上を飛び交っていたので、そこから「座りっぱなしはまずい」と知っていた人もいるかもしれません。立ったまま仕事をするための机なども販売されていましたね。ですが、立ったまま仕事をしたなら健康リスクを回避できるかというとそうではなかったとの研究結果も出ていました。じっとしているなら立ったままでも座ったままでも結局は同じだそうです。

座り仕事の危険を回避するためには

座りっぱなしのリスクを回避する方法は、時々立ち上がって歩くこと。1時間に1度程度、ほんの少しオフィスを歩くだけで十分。たったこれだけです。作業の集中を妨げるから嫌だ!と思う人は、インターバルタイマーを利用して、立ち上がる時間を忘れないようにしてもいいでしょう。その際、股関節周りをしっかりほぐすように腰回し運動を行うと、腰痛防止にもなります。

そのほか、「ペットボトル温灸」もオススメです。これは、私が自分の子供にお灸をするために開発した方法で、一般的なもぐさではなく、ペットボトルにお湯を入れて行うもの。伝統的な「お灸」はツボにピンポイントですえなくては効果が出にくいですが、これだとペットボトルを面であてれば良いので、一般の方でも手軽に効果が得やすく、その上火が不要なので場所を選ばず簡単にできます。

下肢の血流を良くするには、かかとの真ん中にある「失眠」に行うと効果的です。お湯を入れる際には立ち上がって給湯室へ向かうことになるでしょうし、一石二鳥です。ペットボトルにお湯を入れるときのコツなど、詳しいことはペットボトル温灸のサイトや書籍を見てくださいね。