「米国で働きたい」という人にとって、新型コロナウイルスで日米間の行き来が滞った今年は最悪の1年だったが、コロナ禍が去っても米国で働くことが困難な状況が続きそうだ。米国の専門職外国人向け就労ビザ「H-1B」の受給資格が厳格化されたからだ。例えば、ソフトウェア開発者を含む永住権取得につながるような職種の場合、新規則では米国の会社が年収208,000ドル (約2,150万円)以上で雇用しないとH-1Bビザの申請が却下される可能性があるとNational Foundation for American Policyは分析している。賃金を抑えられないのなら会社は即戦力を雇う。米国の会社で経験を積みたい若い人達は職を得にくくなる。

米国留学から米国の会社で働いたり、日本から米国の会社に転職した人の多くが、これまでH-1Bビザのお世話になってきた。留学から米国で働く場合、米国の大学を卒業すると、プラクティカル・トレーニングという留学生が専攻する分野の実地研修目的で就労できるビザを得られる。4年制大学卒業なら、プラクティカル・トレーニングで働けるのは1年だ。その間にH-1Bビザに切り替える。H-1Bは「専門職外国人向け」となっているが、独り立ちしたプロフェッショナルでなければ取得できないビザというわけではない。プログラマやエンジニアだったら4年生大学を卒業していたら"専門職"の条件をクリアできる。H-1Bの有効期間は3〜6年。がんばれば、永住権 (グリーンカード)の取得が可能な就労期間を得られる。そうして米国で自由に働ける権利を得て、米国で起業したり、大きな成功をつかんだ外国人がシリコンバレーにはたくさんいる。

ここまでの説明だと米国で働くのがとても簡単なことに思うかもしれないが、プラクティカル・トレーニングで働くにも、H-1Bビザを取得するのも、雇用してビザ申請をサポートしてくれる会社があってこそだ。大学での成績が悪かったら雇ってもらえないから、「B」評価で満足する米国人を横目に「A」を取り続けないといけないし、プラクティカル・トレーニングで働き始めたとしても、1年という限られた期間内にH-1Bビザの取得をサポートしても「欲しい」と思わせるような成果を仕事で示さないとH-1Bにはつながらない。H-1Bを申請する際、登録会社は提出書類で「申請者の職を米国人の求職者で埋められない理由」を記述しなければならない。同じレベルで仕事を探す米国人を上回り、自分を雇う価値を示さなければならないから、米国で就労ビザを得るのは大変だ。だが、そうした条件をクリアできたら米国で成功できる。移民にチャンスを与えてくれるビザである。

  • 米国人の雇用を重視、バイアメリカン・ハイヤーアメリカン(BAHA)の一環でH-1Bビザに大きなメス

    米国人の雇用を重視、バイアメリカン・ハイヤーアメリカン(BAHA)の一環でH-1Bビザに大きなメス

新規則は、米国市民の雇用確保を掲げるトランプ政権の政策に従ったもので、専門分野職の定義を狭め、米国土安全保障省 (DHS)による職場の検査とコンプライアンスの執行を強化。そして最低賃金条件を引き上げた。エントリーレベルなら、同様の仕事で米国人の賃金の17パーセンタイルで認められていたのが、発効後は45パーセンタイルの賃金が必要になると予測される。レベル2だと従来の34パーセンタイルが62パーセンタイルに、レベル3は50パーセンタイルが78パーセンタイルに上がる。例えば、ジュニアプログラマ (実務経験のないプログラマ)の最低賃金条件は、従来の年収78,000ドルが112,000ドルになると見られている。

H-1B受給資格が厳格化された背景には、テクノロジー産業の爆発的な成長がある。2018年度のH-1Bビザ申請者はインド人が74%、続く中国人が11%と多数を占めた。職種ではコンピュータ関連やエンジニアリングで急増する一方で、他の多くの職種は減少している。H-1B取得者を雇用している企業の上位には、Amazon、Apple、Infosys、Facebook、Google、Intel、Microsoftといったテクノロジー大手が並ぶ。IT産業やテクノロジー産業の人手不足を補うために企業はH-1Bビザを利用している。しかしながら、H-1B申請がインドと中国に集中し、比較的レベルの低い業務に申請が偏っていることから、DHSはH-1Bビザのルールを利用して適正のある米国人の代わりにより安価で雇える外国人を雇用していると指摘。H-1Bビザによって50万人以上の米国人が職を奪われているとしている。

厳格化は「足りない雇用を海外の人材で埋める」というH-1Bビザ本来の目的に戻すものとDHSは説明している。

ただ、それで世界経済の中で米国が競争力の高い存在であり続けていけるかというと疑問符が付く。新規則は、米国でスキルを身に付けたいという人や米国での成功を夢見る人達が米国市民にとって脅威であるかのように扱っている。米国が排他的になったことは過去に何度もあるが、その度に移民の国であるという基本姿勢に立ち返り、包摂と多様性がもたらす持続的な社会の発展を実現してきた。足りない雇用を海外の人材で埋めるビザであるH-1Bが、なぜ多くの移民にチャンスをもたらすビザであったのか? 常に外からの刺激を求め、新しい血を入れてきた米国において、米国のダイナミズムを生み出す人達を受け入れるのもまた必要な雇用だったからだ。それが言葉通り、ただ「足りない雇用」を埋めるビザになってしまった。

新規則では多くの申請却下が予想されるため、施行に備えて米国での居住継続を諦め、米国以外でのキャリアアップを考える人が出てき始めている。お隣りのカナダは逆に技能人材を確保するため、米国のH-1B保持者を経済移民として積極的に受け入れる考えを示した。グローバルな人材の活用を優先して、主要業務のカナダ移転を検討する会社も現れている。