去年の冬に米国内を旅行した時、シリコンバレーから車で5時間ぐらいのところにある隣の州の街で、シリコンバレーでもよく行くハンバーガーショップに入った。そうしたら、いつも家族で30ドルを超えている料金が20ドル弱だった。何か注文を間違えたんじゃないかと思ってレシートを確認したら間違ってはいなかった。全ての値段がシリコンバレーの2/3程度だったのだ。

そのハンバーガーショップは、いくつかの州に展開していて、商品価格が全ての店舗で同一ではなく、それぞれの地域の物価や環境 (ローカル食材の手に入れやすさや最低賃金など)に合わせて変えている。シリコンバレーの物価が高いことは分かっていたけど、いつも食べているハンバーガーショップの同じメニューでそれほどの違いを突きつけられたことで改めて考えさせられた。そのあと車の中で、生活費の高騰でストレスが増す一方のシリコンバレーに住み続けるより、田舎で暮らしながら必要な時だけシリコンバレーを訪れる方が良いのではないか、という話で盛り上がった。今の仕事を今のまま続けていけるなら……、それも良い。

数カ月前まで「リモートワーク禁止」だったシリコンバレー企業

Facebookがリモートワークを希望する社員に対して「リモートワークを認める」方針を明らかにした。新たな雇用についても、今後はリモートで働く人の雇用を強化し、将来的には半数がリモートワークになると予想している。ただし、賃金基準は社員が住む場所にローカライズする。つまり、生活費が安い街に住む社員が得る報酬は、同じ能力を持つシリコンバレーに住む社員よりも低くなる。

新型コロナウイルス禍でリモートワークが不可避と考えられる中、Facebookのリモートワーク支持への転換はサプライズではなかった。Facebookの調査では40%がフルタイムのリモートワークに変更することを希望しており、そのうちの75%以上が他の地域への移動を考えているという。しかし、賃金がローカライズされるなら判断が難しくなりそうだ。

日本でもここ数カ月でリモートワークの議論や導入が急速に進んでいるが、米国のテクノロジー産業においてリモートワークの歴史は古い。1970年代のオイルショックの時に研究が始まり、それから試行錯誤が繰り返されてきた。最初の開花は2000年代にWeb産業が成長した時、「柔軟な働き方」の価値が評価されて一気に広がった。しかし、2010年代に入ると「スピードや生産性が期待したほど上がらない」「社員の交流が減少するとアイディアの創出が衰える」といったリモートワークの限界が指摘されるようになった。そして2013年にそれまでリモートワークを支持してきたYahoo!がリモートを原則禁止にし、IBMも追従。米IT大手の多くが「リモートワークを認めない」方針で固まり始めた。AppleがApple Parkを作り、FacebookやGoogleが地域密着型の大規模キャンパスに乗り出したのもオフィス重視の表れである。

それが新型コロナの感染拡大で一転した。リモートワークが強制される状況を経た今、以前のような「リモートワークを認めない」という考え方は通用しない。しかし、米テクノロジー企業は試行錯誤の歴史からリモートワークに限界があることも知っている。リモートワークの短所も併せ呑み、オフィスワークとそれぞれの長所をうまく使い分けていくこと。それがシリコンバレーのこれからの働き方である。

リモートワークと地域格差

リモートワークの導入は、シリコンバレーや他のいくつかの大都市への社員の集中の緩和を意味する。

今シリコンバレー企業で働く人達の賃金基準はシリコンバレーの暮らしに基づいている。リモートワークでもそれと同じ賃金が貰えるなら、より生活コストが安いところで暮らした方が生活は豊かになる。そうして近郊の街にシリコンバレー企業社員が集中して移り住むようになると、その街の物価が上昇して、それまで住んでいた人たちが追い出されるようなことが起こる。例えば、Amazonが第2ヘッドクォーターの建設地候補を募集していた時に、名乗りを上げようとする市や州に対して住民による反対運動が沸き起こった。またシリコンバレー企業にとって、人材のローカル化が急速に進み過ぎるとシリコンバレーの空洞化が起こり、人と人の交流からイノベーションが生まれる文化が失われかねない。今のシリコンバレーをベースにした賃金体験のままリモートワークを推進することは、健全な成長の障害になり得る。

他の産業では「全米平均」ベースを採用している例もあるが、賃金が平均よりも高いテクノロジー産業では社員にとってデメリットが大きい。全米平均以下の街に住んでリモートワークするならともかく、それよりも高い場所、シリコンバレーのような生活費がかかる場所に住みたい社員にとって、そうした街に住むコストが重くなる。

Facebookが採用する「社員が住む場所」がベースだと、社員はどこに住んでも、その場所で暮らすのに十分な賃金を得られる。シリコンバレーや他の大都市に住むのも、田舎で暮らすのも本人の自由。シリコンバレーより生活費が高い場所 (そんな場所は少ないけど……)に住める可能性も広がる。チームメンバーが全米中に散らばっていたとしても、メンバーの生活水準の格差は生じにくくなる。

ただ、今シリコンバレーのFacebookで働く社員のほとんどは、地方からリモートで働く暮らしを選ぶと給料が下がってしまう。シリコンバレーにいても、地方にいてもリモートワークなら同じように能力を発揮できるのに、住んでいる場所を理由に賃金のべースが下げられてしまうなら、自分の能力に自信がある人ほど納得できない心理になる。それが社員の急速なローカル化を抑止する一方、「社員が住む場所」ベースを採用することで、Facebookはリモートワークでもっと自由に働きたいと考え始めた優れた人材を惹き付けられなくなるリスクを抱える。

リモートワークと「社員が住む地域」ベースとの組み合わせは、企業にとっても、社員にとってもメリットとデメリットがあって、長期的な変化がどのようなものになるのか予想できない。今不満を覚えているシリコンバレー企業社員が新たな働き方を思い描いてデメリットを受け入れたら、従来のオフィスワークのメリットと共に新たなリモートワーク文化が開花するかもしれないし、その逆も考えられる。サンフランシスコ・シリコンバレー地域の現状において、給料が下がっても他の地域でリモートワークしたいというテクノロジー企業従業員が35%もいる。だが、賃金の30%以上のダウンを受け入れるのは、その内の6%にとどまる。