週に1~2回は買い物をしていたMilk Pail Marketという食料品店が店をたたんだ。仕入れた野菜や果物を段ボールに入れたままドンと置いておくような店で、店の中は市場のように乱雑だけど、その代わり安い。一言で言い表すと「ファーマーズマーケットのような食料品店」で、地域に根づいた店だったのでなくなるのは寂しい。

Milk Pailがのれんを下ろすのは、営業していた地域が再開発されて大きな商業施設に生まれ変わったからだ。いつ行ってもお客さんがまばらな冴えない商店エリアの中でMilk Pailは孤軍奮闘していた。商業施設の工事が始まっても端の方にあったMilk Paleはそれまでと同じように営業を続けていた。しかし、ロビーにバーラウンジがあるような映画シアター、間もなくFacebookが入る予定のコワーキングスペースなどが入ったモダンなビルに囲まれ、青果市場のようなMilk Pailは異質な存在になっていた。

  • オープンエア形式の青果市場のような食料品店、以前はたくさんあったが、薄利で広い敷地が必要なためどんどん減っている

Milk Pail Marketのような食料品店、安くて美味いレストラン、本屋など、ここ数年の間にウチが日常的に利用していたなじみの店がどんどん閉まっている。その多くは、シリコンバレーに引っ越してきた時にあった店であり、小さな規模のビジネスばかりだ。

理由は明らかだ。家賃や地価の高騰である。Zillowを使ってGoogleの本社があるマウンテンビューで1ベッドルームのアパートを探してみると、家賃の最大を「1,500ドル (約16万円)」に設定しても1つも引っかからない。「1,700ドル (18万2,000円)」でもダメだ。「1800ドル (約19万3,000円)」まで上げてようやく2件出てきたものの場所や条件が悪い。「2,000ドル (約21万4,000円)」でようやく6件に増えて選べるようになる。

下のキャンピングカーがずらりと駐車している写真はキャンプ場やRVパークではない。ウチの近所の空き地になっているところの道路脇である。家賃が高くてアパートを借りられないから、シリコンバレーでキャリアを積み上げる数年間をキャンピングカーで暮らす人達が増えている。住宅や店の前に駐車すると文句を言われるので、空き地や公園などの道路脇に駐車している。そういう場所は限られるので、写真のように集中してしまうのだ。

  • シリコンバレーの新たな社会問題となっているキャンピングカー暮らし

普通の人が普通に暮らせない。同じことはビジネスにも言えて、契約更新のたびに最大限の上昇を続ける家賃を払えなくなる。薄利を多売でまかなえるようなレベルの家賃ではないから、Milk Pailのように薄利多売のままなら店をたたむしかない。

ものの値段が上がっているだけではない。街がどんどんつまらなくなっている。1杯6ドルで気軽に食べられた美味しいフォーの店が、経営が売却されて普通の味のフォーが1杯 11ドルのモダンなレストランに生まれ変わってしまった。Homebrew Computer Clubのたまり場だったダイナーがなくなり、LEGOを1個単位で購入できたLEGOクラブのストアがなくなり、Milk Pailがなくなった。私がシリコンバレーに引っ越してきた時、春になるとサーフボードを乗せた車とスキーを乗せたおんぼろな車が高速道路をすれ違っていた。今はテスラやマクラーレンを簡単に見つけられる。でも、サーフボードやスキーを乗せている車は見かけなくなった。

6月に、モノづくりを応援してMakerムーブメントを起こしてきたMaker Mediaが運営停止を宣言した。モノづくり専門誌「Make:」を発行し、モノ作りイベント「Maker Faire」を運営してきた会社だ。5月にシリコンバレーで行われたMaker Faireはチケット完売、盛況なイベントだった。しかし、シリコンバレーやニューヨークなどMaker Faireを行ってきた場所で会場コストが上昇し、IntelやMicrosoftといったスポンサーの撤退で経営が苦しくなっていた。Maker Mediaはメーカー達のコミュニティサイトなども運営しており、そうしたコストも含めると赤字だという。Makerムーブメントはかつてのシリコンバレーの創造性と合致して開花していった。そのMakerがシリコンバレーで活動を継続できなくなったというのは寂しい話である。

  • 「Maker Faire」のMaker Mediaが運営停止。イベントにはたくさんの人が集まるが、家族連れが参加しやすいようにチケット料金を抑えているため会場のコスト増が経営を直撃

Googleが6月末に10億ドル規模のハウジング計画を発表した。サンフランシスコ/シリコンバレー地域の住居不足問題対策への出資で、同社が保有する土地に約15,000軒の新たな住宅の建設を含み、中低所得者も利用できるようにする。同様の支援プランをFacebookも発表しているが、地域の住民からは歓迎されていない。というのも、Googleなどのキャンパスには無料で食べられるカフェテリアが充実していて、ランドリーがあれば、スポーツジムやプールもあり、シャワーも使える。夕方にメインキャンパスのカフェテリアに行ってみると、家族を招いて共に食事していたり、家族の分の食事までテイクアウトしている社員がたくさんいる (特にアジア系)。社員が無料で使えるキャンパス内レストランは常に予約がびっしりである。キャンパスが街のように機能していて、その街がどんどん拡大している。だから、GoogleやFacebookが住宅建設に投資しても、従業員やその家族がキャンパスという街を利用していたら、キャンパスの外にある街は変わらずテクノロジ企業発展の悪影響を受け続ける可能性がある。

このままだと1940年代から続いてきたシリコンバレーは消えていく。もちろんシリコンバレー自体がなくなるわけではない。大手テクノロジ企業のキャンパスと、モダンな店が並ぶ街で構成される新しいシリコンバレーが誕生しようとしている。それもシリコンバレーであり、テクノロジ企業が集まる都市として着実に成長しているという見方もできる。でも、個人的には、何かが起こる場所に住んでいるようなワクワク感を感じなくなった。変わった人達がいるだけの田舎だった頃のシリコンバレーを懐かしく思ってしまう。