「AppleがiOSアプリの提供をApp Storeに制限し、アプリ価格の30%の手数料を徴収しているのは独占禁止法違反にあたる」として損害賠償を求める裁判を起こした……と聞いて、誰が原告だと思うだろうか。GoogleやMicrosoftといったApp Storeのライバル、または30%の手数料を重荷に感じているアプリ開発者が思い浮かぶと思う。では、Apple製品ユーザーがそうした訴えを起こせるか? それを審議する口頭弁論が米最高裁判所において行われた。

「Apple Inc. v. Pepper」 は、Apple製品ユーザーのRobert Pepper氏を中心に4人のユーザーが提起したクラスアクションだが、Appleはイリノイ・ブリック (Illinois Brick)判例に基づいて「App Storeユーザーが独占禁止法違反を問う裁判で原告となる資格を有さない」と主張しており、連邦地裁は原告の訴えを棄却、その判断を連邦巡回区控訴裁判所が覆し、最高裁での審議にもつれ込んでいた。

イリノイ・ブリックは、価格協定によって不当に高いコンクリートブロックが用いられたとして、ブロックを販売したIllinois Brick Companyをイリノイ州が訴えた裁判だ。結果は、イリノイ州が独占禁止法に基づいて訴えることが認められなかった。Illinois Brick Companyはブロックを石材業者に販売し、さらに石材業者が建築会社に販売、イリノイ州が契約した建物が建造された。Illinois Brick Companyからブロックを購入したのは石材業者であって、イリノイ州ではない。損害賠償を求められるのは石材業者のみ。イリノイ州が原告になれるのは、建築会社や石材業者などサプライチェーン全体をとりまとめた訴えになった場合だ。

  • イリノイ・ブリック判例のサプライチェーン

つまり、独占的行為による損害を請求できる原告適格は「直接代金を支払って購入した者に限られる」。最高裁判決からこれまで、40年以上にわたってイリノイ・ブリックは独占禁止法に関わる裁判において、重要な判例であり続けた。

App Storeでは、アプリの価格をアプリ開発者が決め、その料金を購入者は支払っている。Appleはアプリの料金を受け取っていない。アプリのユーザーはアプリ開発者の顧客であり、だからApp Storeユーザーは原告適格外というのが同社の弁護士の主張だ。

しかしながら、App Storeユーザーは30%の手数料をAppleに"直接"支払っている。Illinois Brick Companyはイリノイ州と直接取引を行っていなかったが、AppleはApp Storeユーザーと直接的な顧客関係を持っている。イリノイ・ブリックは重要な判例ではあるものの、1977年の訴訟であり、中間業者に関するものだ。あらゆるケースに適用できるものではなく、今回訴訟が起こされたカリフォルニアを含め、いくつかの州で同様の主張が却下された例がすでに少なくない。

そうした指摘に対して、Apple側は30%の手数料はアプリ開発者がアプリを販売し、ユーザーに提供するためのプラットフォームを維持していく費用に用いられており、その中にはユーザーから開発者への支払い決済の代行も含まれるとしている。

口頭弁論の傍聴レポートを読むと、Appleの主張に傾いているのは裁判長のJohn Roberts氏のみ、他の裁判官はイリノイ・ブリックにあてはめるのに疑問符を付けている。判決は来年になる見通しだが、ゴーサインが出る可能性が濃厚というのが現状だ。

イリノイ・ブリック判例のサプライチェーン

  • 近年Appleがサービス事業に力を注ぎ、売り上げが二桁の伸びを続けているのもApp StoreユーザーがAppleの直接的な顧客である印象を強めている。

App Storeのビジネスモデルはすでにライバルにも採用されている。ユーザーを原告とするクラスアクションの裁判が始まって、原告の主張が認められるようなことになったらネット産業やモバイル産業に多大な影響が及ぶといった懸念が、この訴訟が今話題になっている大きな理由である。

だが、ゴーサインが出たとして原告側に勝算はあるだろうか。まず、App Storeにおいてユーザーが損害を被っているかという疑問が浮かび上がる。独占的商行為で価格が上昇したのならともかく、実際にはモバイルアプリの価格はPCソフトウェアに比べて安く、Appleがアプリの流通をApp Storeに絞り込んで管理しているおかげで、iOSデバイスユーザーが豊富なアプリにアクセスでき、購入・アップデートが容易で、安全な環境でサードパーティのアプリを活用できている。ユーザーはむしろメリットを享受している。

そもそも、Appleはこの訴訟でイリノイ・ブリックを持ち出す必要があったのだろうか。AppleとしてはApp Storeのビジネスモデルの根幹に関わる裁判になるため、ビジネスモデルに関わる裁判より前の「App StoreユーザーがAppleを訴えられるか?」という段階で止めておきたかったのかもしれない。それでイリノイ・ブリックを盾に使ったのだろう。だが、その結果、App Storeにおいてアプリ開発者は直接的なAppleの顧客であり、アプリ開発者は同社の独占的な商行為の問題を問えることを口頭弁論を通じて認める形になった。

アプリ提供がApp Storeに限られることで、開発者同士の低価格競争の末にアプリの価格が不当に低くなっていると不満を訴える開発者が少なくない。直接的な関わりがある顧客が損害を主張できるだけに、そちらに飛び火してクラスアクションを起こされるようなことになると、Appleや他のプラットフォーマーには本当に厄介なことになる。