11月8日、米国は「選挙の日 (Election Day)」だ。今年は大統領選から2年のタイミングで行われる中間選挙の年である。国政選挙を含み、今年は435の下院全議席と上院33議席が改選される。中間選挙の結果は現職大統領の2年間に対する国民の評価になり、トランプ政権に対する国民の審判が注目される。そして、もし厳しい審判が下されるなら、登場が噂されるAppleのコンテンツ・サブスクリプション・サービスの追い風になるかもしれない。「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないが、そうなる可能性が高い。

2016年の大統領選挙で跋扈したフェイクニュース、ロシアゲートなど、メディア報道が揺れに揺れた2年間を経て、中間選挙では既存メディアの信用も問われることになる。FacebookやTwitterなど巨大なSNSの情報拡散力を利用して、ニュース報道に見せかけた政治目的または広告収入目的虚偽情報が拡散され、既存メディアもネットに氾濫する情報や無料モデルに翻弄されてジャーナリズムをぐらつかせた。事実が歪曲され、操作される深刻な問題が浮き彫りになり、責任の一端を担うメディアやIT企業はフェイク対策に取り組んできた。

そうした中、Slateが、AppleのNews (以下Newsアプリ、日本では未提供)でのページビュー数が2017年9月からの1年間で3倍に増えたというデータを公表した。この夏にNewsアプリからの読者獲得がFacebookを上回ったという。これはSlateに限った増加ではなく、他の媒体も急増させており、FacebookやGoogleとトップを争うトラフィック源になっていることを認めている。

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Newsアプリが読者を増やしている理由はいくつか考えられるが、最大の理由は読みやすいことだろう。記事の表示が高速で、読みやすくレイアウトされていて、広告は目立たない。iPhoneやiPad、Macの標準アプリなので、ユーザーはアプリを入手することなく使え、またOSに統合されているので通知やデバイス間の連係といったプラットフォーム機能でスムースにニュースにアクセスできる。

Appleは、記者やジャーナリストから成るチームを作って、Newsアプリのトップニュースなどを人の手でキュレーションしている。人によるキュレーションが全てにおいてアルゴリズムに勝るとは思わない。一長一短がある。だが、Newsアプリの場合、偏りがなく、バランスが良い上に、「人のユニークさ」がうまく出ている。例えば、Facebookのニュースフィードだとキャッチーなタイトル、ニュース速報やスクープといった記事が並ぶ傾向が強く、記事を読んでがっかりすることが少なくない。Newsアプリのトップにはオリジナルストーリーや深掘りした記事がよく取り上げられている。ニュース速報やスクープも並ぶが、他所のスクープをただ紹介する記事ではなく、オリジナルのスクープまたはそのスクープに対する考察が選ばれている。

実際に使ってみて、Newアプリが読者を増やしているというのはうなずける。NewsアプリがFacebookやGoogleに並ぶ人々のニュース源になっているというのは、中間選挙を控えて「良いニュース」と言えるだろう。だが、しかし……だ。

  • 6月にAppleはNewsアプリに「2018年 米中間選挙」のセクションを追加

Slateのレポートは「The Temptation of Apple News」というタイトルになっているが、最初に公開した時は「Apple News Is Giving the Media Everything It Wants—Except Money」だった。記事のビュー数には大満足だけど、唯一残念なのが、それが売り上げにつながっていないこと。唯一にして最悪の問題である。

Newsアプリも広告をサポートしているが、媒体が自由に配置することはできない。広告スペースは限られ、広告はAppleが提携するNBCUniversalのもののみで、アプリ内で媒体が大きくフィーチャーされても十分な売り上げにはなっていないという。Newsアプリから媒体のWebページに読者を引き込めたら、媒体の記事ページで広告を提供できるが、Newsアプリはアプリ内に読者をとどめおくようなデザインになっている。アプリ内で記事の全文を読むことが可能。ブラウザで開く媒体のWebページに移動する方法は用意されているものの、アプリ内で色んな記事を読んだ方が快適だから移動する読者は少ない。

このままでは良質なコンテンツをただNewsアプリに提供するだけになってしまうから、Newsアプリを避け、売り上げにつながる別の方法でコンテンツを提供するか、またはNewsアプリの制限の中で売り上げにつなげる方法を見出さなければならない。前者で何とかしたいのが媒体の正直な気持ちだろうが、Newsアプリのトラフィック数、ユーザー (=読者)の支持は軽視できない。

この媒体のジレンマは、過去に何度か見てきたデジャブに思える。iTunes Music StoreやApp Storeがそうであったように、Appleが何かを変えようとする時、それまでビジネスの理屈が押し通されていたことに、ユーザーにとって好ましい環境を作り、ユーザーの支持を背景にビジネスや人々の考え方の変化を促してきた。広告の理屈でフェイクが蔓延したニュース配信は、まさにAppleが関心を持ちそうな分野と言える。

では、Appleは次にどのような一手を打つだろうか。1つ考えられるのは、噂される有料パッケージサービスだ。クラウドストレージや音楽ストリーミング、映像コンテンツ配信など、様々なサービスをひとまとめにして提供する。AmazonのPrimeのようなサービスと言われている。Appleは今年3月にTextureというデジタル雑誌購読サービスを買収している。「雑誌のNetflix」と表現されるサービスで、雑誌を一冊ずつ読めるだけではなく、全ての雑誌からユーザー向けにキュレーションしたハイライトを提供する。単なる雑誌の寄せ集めではなく、Texture自体がオンラインマガジンのように機能する。この夏、新聞にもTextureに参加するようにAppleが呼びかけているという報道があった。

  • Appleが今年3月に買収した「Texture」のiOSアプリ

これまでだったら、媒体も自らのサイトに読者を引き込むことに固執しただろう。しかし、広告依存の悪影響が浮き彫りになり、有料化の成功も一部に限られる中で、Newsアプリのトラフィックは魅力だ。今Newsアプリを使っている人たちは、信用できて良質なコンテンツに快適にアクセスできる価値の一片にすでに触れている。その価値をあまねく利用できるサービスなら有料サービスの契約に関心を持つだろう。それが媒体の新たなビジネスモデルとして機能したら、さらに良質なコンテンツが提供されるというプラス循環につながる。

TVや新聞からも得られるニュースを、有料のコンテンツサブスクリプションとして受け取る将来は想像しにくい。でも、音楽の変化を思い返せば、iPodとiTunes Music Storeの組み合わせによって、あっという間に人々がCDを買わなくなり、今やApple MusicまたはSpotifyと契約して音楽を聴くのが当たり前になっている。