東京オリンピックの暑さ対策として一時的なサマータイム導入を検討していると報じられているが、実際にサマータイムが導入されている米国に住んでいる経験からコメントすると、私個人はサマータイムが好きだ。だからといって、日本での導入に賛成というわけではない。

私がサマータイムが好きな理由はただ1つ。仕事が終わった後の自由な時間が充実するから。北カリフォルニアだと午後8時半ごろまで明るくなるので、夕食の後にテニスやサッカーのような屋外スポーツを照明なしで楽しめるし、平日にBBQだって余裕だ。サマータイムに合わせてモールなども閉店時間が遅くなるから、平日ショッピングも増える。午後6時から9時の過ごし方が充実する。

暑さ対策効果になるかというと、米国のサマータイムは1時間の調整であり、それで暑さがやわらぐという実感は全くない。そもそもサマータイムは暑さ対策の時計調整ではない。米国でもみんなサマータイムと呼んでいるけど、カレンダーには「Summer time」と記載されていない。「デイライト・セービング・タイム (Daylight Saving time)」、つまり夏の長い日照時間をより活用するための時計調整である。

  • 米国では今年3月11日に「Daylight Saving Time starts」、カレンダーなどでの表記は「サマータイム」ではなく「デイライト・セービング・タイム」

たとえば、北カリフォルニアだと初夏から夏には早朝5時前に太陽が昇る。外が明るくなっているのに、ほとんどの人が眠っているというのはもったいないので、明るい時間帯に人が活動する時間をずらす。明るい時間の有効活用である。昼に営業している小売やレクレーション産業は営業時間を拡大でき、また夜の照明を点ける時間が短くなるので省エネにもつながる……と言われてきた。

しかし、実際にはそうしたサマータイムの価値を人々があまり実感していない。1年に2回、時計の針を時間を進めたり戻したりするのは想像以上にストレスであり、毎年やっている米国でも遅刻や約束の時間を間違えるなどトラブルが尽きない。午後6時から9時をアクティブに過ごせる以外は、むしろデメリットばかりである。

まず、期待ほど小売り/サービス産業を活気づかせていない。JPMorgan Chaseのレポートによると、夏時間を採用していないフェニックスに比べて、ロサンゼルスでは夏時間が始まってから1人あたりのクレジットカード利用が0.9%上昇、そして終了後には3.5%落ち込んだ。遅い日没で売上を伸ばすビジネスがあるものの、逆に悪影響を受ける夜のビジネスもあり、全体で見るとサマータイム効果が打ち消されている。

逆にサマータイムは、はっきりとビジネスのコスト負担になっている。例えば、企業内やサービスのサマータイム対応。数年前に、サマータイムを採用していないアリゾナ州で借りた車を、サマータイム中のカリフォルニア州で返した時に、実際にはぎりぎり48時間以内だったのに3日分が請求されてもめたことがあった。毎年サマータイムを繰り返している米国でも、システムがきちんと対応していないトラブルが起こるし、そうしたトラブルへの対応も負担になる。

また、夏時間中にcyberloafing (勤務時間中のネット私用)が増えるという調査結果もある。サマータイムには睡眠時間が短くなる傾向があり、それによって仕事への集中を欠き、生産性も減退するという。Lost-Hour Economic Indexによると、生産性の減少や医療費の増加といったコストが4億3000万ドルを超える。

省エネに関しても、カリフォルニア州では変化がなく、インディアナ州では逆にエネルギー費用が上昇している。午前中は過ごしやすくても、暑い時間が夜にずれ込んで冷房費が上昇している。

面倒でトラブルの多いサマータイムなのに、なぜ米国で数十年も続いているのかというと、CBCは、モールやデパート、スポーツ用品大手、レクレーション/キャンピング製品のメーカー、ゴルフ、食品大手 (BBQ関連)といった一部の産業にとってサマータイムが大きなビジネスチャンスになっており、それらのロビー活動が奏功していると指摘している。農業もサマータイムを支持する産業の1つと長く信じられてきた。しかし、時計とは関係なく、日の出と共に仕事を始め、日の入りにかたずける農家はサマータイムを必要とせず、むしろ習慣を乱すものとして反対の声を挙げている。

カリフォニア州では今、夏時間を廃止しようという議論が活発になっている。健康志向で早起きの人が多く、日の出が5時前でも日照時間を無駄なく過ごせる。そうした人々にとって、サマータイムは時計調整から起こる混乱のデメリットしかない。朝が早い学校関係者にもサマータイムは不評である。テクノロジー産業には夜型が多いが、早く寝て早朝3〜5時に起きる超朝型の人も増えている。

午前中の涼しい時間帯、早朝の静かな時間帯、夏の長い日照時間を有効に使いたいという人たちや会社は、9時〜5時というような時計の常識に縛られず、自ら行動を調整している。そんな柔軟な考え方や働き方が年々広がっているのは、長年、国全体で時計の針を年に2回動かすリスクとトラブル、莫大なコストに悩まされてきた結果である。そうした経緯を踏まえて、日本が試してみるべきなのは、時計の針を動かすリスクではなく、柔軟な考え方の方ではないだろうか。イベントは、オリンピックだけではない。サマータイムが終了した後も暑い夏はやってくる。暑い時間帯にイベントを慣行するリスク再びだ。