6月4日~8日の日程でAppleは開発者カンファレンス「WWDC 2018」を開催する。WWDCといえば、iOSやmacOS、watchOS、tvOSの次期メジャーアップグレードの発表だが、今年はCapital Expenditure、資本支出に関する話題にも注目したい。

下のグラフは、投資家やアナリストがその年のAppleの売上高を予測する際によく取り上げるようになったデータの1つだ。赤色の折れ線グラフはAppleの年間売上高であり、緑の棒グラフの増減が売上高の増減と一致する。つまり、緑の増減は、その年のデバイス販売の出来を予想する上で有効な指標になるのだが、何の数字か分かるだろうか。

  • Appleの売上高の多くを占めるデバイス販売の予想で、アナリストや投資家が参考にするMPO

緑は「Manufacturing Purchase Obligation (MPO)」である。製品開発から最終製品製造において、Appleは製造を請け負うパートナーと作業を進めるが、必要なパーツや原料を確保して製造を進めるパートナーに引き受けを約定する。また、Appleも様々なサプライヤーから必要なパーツを獲得する。

2012年~2013年にMPOが減少した時には、ユーザー待望のスクリーン大型化を実現した「iPhone 5」が大きな期待ほど需要を呼び起こせなかった。2013年~2014年にMPOが増加した時に登場した「iPhone 5s」は、iPhone 5と同じデザインで、廉価帯のスマートフォンが注目される中で苦戦が予想された上位モデルだったが、A7プロセッサとTouch ID搭載でヒットしてロングセラーになった。その後の「iPhone 6」シリーズの爆発的なヒット、「iPhone 6s」シリーズでの減速、「iPhone 7」シリーズでの回復もMPOの増減と一致する。

MPOは、SEC (米証券取引委員会)に提出する報告書に記載されており、秋に年間レポート (10-K)、そして1~2月と4~5月、そして7~8月に四半期ベースのレポート (10-Q)が公開されている。5月に公開された10-QのMPOは、前年同期から25%近い伸びになっており、過去のパターンに従って予想すると、iPhone XとiPhone 8シリーズは順調に売れて、Appleは2018年に売上高の過去最高を達成する可能性が高い。

だが、楽観できる状況ではない。今後のAppleを予想する上で重要な製品である「iPhone X」は、発売からしばらくは「入手困難になる」と予想されたものの、アナリストの予想よりもずっと早く品薄が解消された。すると、今年に入って、販売ペースの減速、そして減産の報道が相次いだ。そんな売上不振説を、2018年1~3月期決算においてAppleは一蹴した。CEOのTim Cook氏によると、iPhone Xは上位機種でありながら、現行ラインナップで最も人気の高いモデルを維持し続けている。しかし、3月期決算のデータでiPhoneの販売台数の伸びは前年同期比3%増にとどまっていた。過去のiPhoneの新製品と比べて、iPhone Xがそれほど好調という実感を持てない人も多いと思う。

その点についてTim Cook氏は「スーパーボウルを制したチームのようだ。もっと大差の勝利を期待していたかもしれないが、でもこれはスーパーボウルでの勝利であり、そんな達成感を感じている」と述べていた。うまい表現である。NFLではスーパーボウルに勝ち上がるチームであっても、16週間のレギュラーシーズンを大差で勝ち続けることはない。ほとんどの相手と良い勝負をして、しかし強いチームは毎週の試合を着実に勝ちながら、スーパーボウルを制覇する。横綱相撲ではない。前シーズンのフィラデルフィア・イーグルスがそうだったように、毎週苦戦しながらも接戦を制し続けることで、やがて強いチームとして認められる。それはiPhone Xだけではなく、今のAppleにも言えることなのかもしれない。

そこで下のグラフである。赤の折れ線グラフは年間売上高、そして棒グラフはCapital Expenditureだ。薄い色がAppleが示した予測、濃い色が実際の数字だ。Appleの売上高が、Capital Expenditureの予測の移動平均 (青の折れ線グラフ)に沿って推移してきたことから、同社の売上高の予測においてよく指標の1つとして取り上げられている。

  • Appleの年間売上高とCapital Expenditureの推移

注目点は、ずっと上昇し続けてきていたCapital Expenditureの予測が、2018年は昨年と同じ160億ドルであること。来年以降、再び上向くのか、それとも下落に向かうのか、不透明な状況であり、もし下がるようなことになったら、売上減を危ぶむ声がでてくるだろう。

ただ、Capital Expenditureは増えれば良いというものではない。AppleのCapital Expenditureが売上高を予測する指標になっているのは、同社が効果的に現金を使ってきたからだ。Appleは自社文化を大事にして、ビジネスモデルやキャッシュフローをまるごと手に入れるような大規模企業買収は行わない。思い描く製品開発に必要なテクノロジーや人材を確保するための買収のみを繰り返している。それはCapital Expenditureにも現れていて、同社は工場を持たないメーカーだが、求める品質とデザインを実現するために、切削加工機やレーザー加工機といったツールを大量に購入し、製造を委託するパートナーにそれらを貸し出したり、またパートナーに投資する。次世代の成長を生み出すテクノロジーや製品への投資がCapital Expenditureに現れていたから、その増加がAppleの成長の指標になった。

Capital Expenditureの伸びの停滞は暗雲といえる。だが、良いデバイスを作って販売するだけが今のAppleのビジネスモデルではない。データセンターの拡充とサービス事業の強化、デバイスからプラットフォームへのシフト、タウンスクエア構想によるリテール改革、米国の製造業への投資も表明したし、環境保全など社会貢献にも力を注いでいる。Appleの現金の使い方が変わり始めており、増減だけにこだわると見誤る。重要なのは、現金の使い方が変わっても、それが以前と変わらず未来の成長のための投資になっているかどうかだ。

だから、iPhoneの新たな10年の始まりとしてiPhone Xが注目されるのと同じように、Apple Parkを完成させて新たなフェーズを迎えたAppleの始まりとして、Capital Expenditureの内容が注目点になる。