昔はAmazonに挑戦するスタートアップが珍しくなかったが、ここ数年はめっきり少なくなった。Amazonの存在が大きすぎて、その影に覆われて芽吹くことができないという感じである。そうした中、1万人限定のベータサービスを開始した「Jet.com」というEコマースサイトが「Amazonの脅威になるのでは?」と注目を集めている。というのも、創業者のMarc Lore氏は過去に成功させたベビー用品のEコマースサイト「Diapers.com」で、すでに一度Amazonを脅かしているからだ。

Jetは、日本にも展開しているCostco(コストコ)に代表される会員制ディスカウントストアをWebで再定義しようとしている。年会費は50ドル。Jetで販売されている商品は、Amazonなどオンラインストアの価格より5~15%ほど安い。

例えば、「Cottonelle Ultra Comfort Care」(12ロール入り)というトイレットペーパーはAmazonだと9.49ドル(サブスクリプション価格)であるのに対して、Jetの価格は6.23ドルである。送料は基本5.99ドルだが、1回の購入額が35ドルを超えたら送料無料になる。

「メンバー価格は一般的なディスカウント価格よりも安い」「買うほどに、さらに安くなる」と謳うJet.com

年会費50ドルで、間違いなく安く買える。Webやローカルのディスカウントストアのチラシを丹念に調べるという手間を省いてくれるのがJetの魅力である。現時点でJetは1万人のインサイダープログラムだが、年内に100万会員の達成を目指している。その大胆な目標に加えて、Alibabaが1億4000万ドルをJetに出資したという報道もJetへの注目を高めている。

刺激を受けたAmazonが成長

JetはAmazonを脅かす存在として注目されているが、筆者はJetによってAmazonも成長するのではないかと考えている。Diapers.comの時がそうだったからだ。

Lore氏が幼なじみと共にDiapers.comを立ち上げたのは、子育て中にかさばるオムツを度々買いに出掛けるのを面倒に感じ、オンラインで購入して定期的に配達してもらえたら便利だと思ったのに、当時Amazonがオムツを扱っていなかったからだ。

オムツは価格に対して箱が大きく、手頃な送料で配達するのが難しい商品だ。それをLore氏は配送センターの効率化を図り、データを徹底分析しながら倉庫のレイアウトやボックスのサイズ、在庫比率、配送スピードなど継続的に改善していった。その結果、消費者がローカルのディスカウントストアから購入するのと同じコストで、オムツをオンラインストアからサブスクライブ購入できるようにした。

同じ価格で購入できるなら、自宅まで配達してもらったほうが楽である。Diapers.comは順調に利用客を増やした。2009年にAmazonもベビー用品を扱う「Amazon Mom」をスタートさせたが、Diapers.comはすでにAmazonと競争できるだけの価格を実現し、ベビー用品のEコマースでブランドを確立していた。そこでAmazonは無理にDiapers.comと競争するのではなく、Diapers.comの買収に乗り出し、2010年にDiapers.comを運営するQuidsiを取得した。

Diapers.comは早くから配送センターにロボットを導入し、Amazonがベビー用品市場に参入した頃には少ないスタッフで大量の顧客への発送を処理できる体制を整えていた。当時、Amazonが利益を度外視してDiapers.comを潰そうとしたら市場を奪えたかもしれない。それをしなかったのはDiapers.comの配送センターのノウハウ、そして経営陣の才覚にAmazon CEOのJeff Bezos氏が興味を持ったためとも言われている。実際、Quidsiを買収してからAmazonの配送センター改革に加速がついた。

トイレットペーパー、シリアル、清涼飲料水など、会員制ディスカウントストアで買われている商品には価格に対してサイズが大きい、または重いなど配達に向かない商品が多い。それがAmazonがCostcoのライバルになり得ていない理由である。だから、Amazonでよく買い物しながら、Costcoなど会員制ディスカウントストアの会員にもなっている消費者は多い。

でも、かさばる品物だけに、同じ価格だったら消費者は自宅まで配達してもらえるほうを選ぶはずだ。Diapers.comの時と同じように、それを実現するアイディアをLore氏は持っているのだろう。

例えば、Jetでは複数の商品をまとめ買いすることで、価格がさらに下がる可能性がある。Jetのシステムはユーザーが注文した商品を発送する配送センターをリアルタイムでチェックし、配送しやすい地域ならその分を割り引き、また複数の商品を同じ配送センターから送ることが可能なら、それもディスカウントに反映させる。

ディスカウントストアのWalmartの創業は1962年、その21年後にCostcoが誕生した。WalmartもSam's Clubというブランドで会員制ディスカウントストアに参入したが、今振り返ると消費者にとっては、Walmart自身がウエアハウス型では不可能なサービスを充実させ、結果的により賢く、より便利に買い物できるようになったことのほうが大きかった。

近年、低価格よりも満足度の高いサービスに軸足を移しているAmazonは価格でJetに対抗しにくい。Webの会員制ディスカウントが成長したら、Amazonも別ブランドで参入する可能性は否定できないが、Amazon自身は即日配達など会員制ディスカウントにはない持ち味を充実させる可能性のほうが高いと思う。いずれにせよ、Jetの登場はEコマースの進化を加速させる刺激になりそうだ。偶然にもJetが登場した今年は、Amazonの創業(1994年)から21年後である。