今回は、女子バレーボール日本代表のアナリストとして、北京オリンピックやロンドンオリンピックの日本代表チームに同行された渡辺啓太さんにお話をうかがいました。

スポーツアナリストという職業、聞き慣れない方も多いかもしれませんが、実は数学なしでは成り立たない職業です。バレーボールと数学の関係をお聞きしてきました。

―本日はよろしくお願いします。渡辺さんご自身もバレーボールのプレーヤーだったのですか?

そうですね。中学1年生からバレーボールをやっていました。小学生のときは野球をやっていたんですが、中学に入って、ちょうど後ろの席の友だちからバレーボール部の見学に行こうと誘われて、そのまま入部しました。

―今の渡辺さんのキャリアを考えると、なんだか運命の出会いですね。バレーボール部は強豪だったのでしょうか?

中高一貫の進学校でしたので、バレーボールはそんなに強くはありませんでした。そのチームでキャプテンをやっていたのですが、練習場所も他の部活と共用だったので、週に3回程度しか練習できませんでした。

―大変な環境だったんですね。そうした中で渡辺さんはいつアナリストという役割に出会ったのですか?

僕は中高とバレーボールをやりながらも、情報系にとても興味があったんです。当時はIT革命とかWindows 98とか世間的にもみんながコンピュータに興味を持ち始めた時代でしたので、その空気はすごく感じていました。

社会でもコンピュータに対する関心が高まっているなか、バレーボールの国際大会の試合を観ると、外国のチームのスタッフがベンチでパソコンを使っているんですよ。それが衝撃的で。

最初はなんで試合会場にパソコンを持ち込んでいるんだろう、ボールがぶつかったらあぶないよな! といった印象でした(笑)。コンピュータで分析して戦略をたてるということがスポーツと結びつくことが新鮮でしたね。

だから高校のときから記録をとったり集計したり、そういうことを実践していました。それがとてもおもしろく、どんどん興味が深くなっていきました。

―時代の流れとご自身の興味がマッチしたんですね。大学も情報系を選んだのですか?

そうですね。ところが僕、文系だったんです。当時、文系で情報系を学べる大学というのが少なく、高校では私立文系のコースに在籍していたので困りました。そんな中、文系にも門戸を広げてくれていた、専修大学のネットワーク情報学部に出会い、進学しました。

まだできたばかりで、僕が2期生でしたね。ITバレーボールをめざしたい、ということをAO入試でプレゼンテーションして入学しました。

―バレーボールと情報の融合、当時としては新しかったでしょうね。大学ではどのような勉強をされていたのですか?

最初はパソコンの組み立てから始まりました。あとはホームページをつくるとか、統計処理だとかですね。

そのあとは、モデル分析やシミュレーションなどの授業を自分でバレーボールに置き換えながら勉強していった感じです。

―自分の興味にひきつけて勉強できるなんて理想的です。大学でもバレーボール部に所属されていたのですか?

もちろんです。専修大学のバレーボール部は、当時関東2部と1部を行き来するチームということで、部員もみんな全国大会に出場したことがあるようなスポーツ推薦入学の選手ばかりの強豪でした。

だから僕は入ってみてもプレーヤーとしてはコートにまったく立てませんでした。でも、当初からコンピュータを使ったバレーボールをやりたかったので、そのことはずっと監督にも伝えていました。

―プレーヤーとしてではなく、アナリストとしての道が開けたんですね。

大学3年生のときに、女子バレーボール日本代表の柳本晶一前監督に声をかけられました。ベンチにパソコンを持ちこんでいる人間は珍しかったんでしょうね。

女子バレーボールの日本代表って、2000年のシドニーオリンピックには出られなかったんです。だから、2004年のアテネオリンピックには、なんとしても出なくてはいけない状況でした。そのアテネオリンピックの最終予選から僕は代表チームに関わり始めました。

―当時のバレーボール界はどのような状況だったのでしょうか?

世界はもうデータバレーを導入しているのに、日本はどちらかと言えば遅れている状況でした。バレーボールにおけるアナリストという職業も、まだまだ知られていませんでした。

世界的には90年代の後半にはコンピュータを導入し、データに基づいて戦略をたてるバレーボールが徐々に普及しているのに、です。

―バレーボールではどのようなソフトを、どのような目的で使用しているのですか?

選手のデータを管理して分析してくれるイタリア製の「DataVolley 2007」というソフトが今の標準になっています。相手チームの分析と思われがちですが、自分たちの分析も大事ですね。傾向を分析することで、強みや弱みが明確になります。目標や課題を設定するために必要な情報ですね。

―それにしても大学時代から代表チームに関わっていたとなると、多忙だったでしょうね。

たいへんでしたね。そんな中でも情報の教員免許も取得したんですよ。数学の教員免許も取ろうとしていたのですが、1単位足りなくて残念ながらもっていないんです(笑)。

基本的に普通の大学生としての生活は捨てていましたね。一流の選手に関わるためには、プロ意識も必要です。でも、他の人たちにはできない経験ができたと思います。

―渡辺さんはもともと数学がお得意だったんですか?

実は算数は苦手でした。まったく興味をもてなかった(笑)。僕、興味をもったことしかできないタイプなんですよ。だから、バレーボールという自分の興味に即して、数学を取り入れてきたということですね。

―バレーボールのアナリストって具体的にどのようなことをされているのですか?

先ほどもご紹介した「DataVolley 2007」というソフトを使って、コートの中で起きていることを記録していきます。

試合中は監督がチェックしたいことを集計プログラムではじき出し、監督のiPadに送ったりしています。ただ、アナリストの仕事というのは「集める」「分析する」「伝える」というプロセスの仕事です。だから試合前の準備が大きな意味をもっています。事前の分析と現在の状況の差異ですね。

単純な例を出すなら、あの選手は今日はいつもほどボールを返せてないから狙っていこう、といった戦略を打ち立てられるわけです。バレーボールは2時間の試合でも、ボールが動いている時間は1時間弱で、ボールが動いている時間が少ないスポーツです。そのボールが動いていない時間に何ができるか、それがアナリストという仕事の大事な役割です。

―そういえば、実際にボールを回してアタックしてというように、ボールの動いている時間は少ないですものね。それにしても、代表でのお仕事は責任が重そうです。

北京オリンピックとロンドンオリンピックに参加しましたが、やっぱり国を代表して行くとなるとプレッシャーがすごかったです。

選手ではない僕がサポートする立場として参加できるというありがたさもあります。たとえば、自分の伝えたことによって、チームの作戦が変わる場合もあります。そういう意味では、責任重大ですよ。

―想像ができないようなプレッシャーですね。これからはもっとアナリストという職業が世に知られるといいですね。

そうですね。まだデータバレーを導入し始めた段階の国もありますし、そういった国でアナリストの育成に力をいれていきたいです。もちろん国内でもそのような活動をやっています。スポーツでも数理に基づいた理論が必須であることを、みなさんに知ってもらいたいですね。

―お忙しいなか、貴重なお話をありがとうございました!

バレーボールという絶対に勝たなければいけないというスポーツの現場。そこで勝つために使われているのが数学ということを知ることができました。勝敗というシビアな評価に常に向き合わなければいけないスポーツの現場。

渡辺さんにとって数学は、そこで戦うための強力な武器というわけでしょう。渡辺さん、バレーボールの舞台で戦い続ける数学のお話をありがとうございました。

今回のインタビュイー

渡辺 啓太(わたなべ けいた)
1983年東京都出身。筑波大学大学院スポーツ健康システム・マネジメント専攻修了。
北京オリンピック、ロンドンオリンピックにおいて、女子バレーボール日本代表チームのチーフアナリストを務める。

著書

データを武器にする――勝つための統計学(ダイヤモンド社)
なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか―勝利をつかむデータ分析術 バレーボール「観戦力」が高まる!!(東邦出版)
伸びる人のデータの読み方、強い組織のデータの使い方―全日本女子バレーボールチーム・アナリストが教える情報戦略(日本文芸社)

このテキストは、(財)日本数学検定協会の運営する数学検定ファンサイトの「数学探偵が行く!」のコンテンツを再編集したものです。

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