射場設備は一部改修

イプシロンの射場となるのは、M-Vまでの打ち上げにも利用していた内之浦宇宙空間観測所。イプシロンの組立や発射のためには、イプシロン用の設備が必要となるが、なるべくM-Vの設備を活用することで、コストを抑える方針だ。

内之浦宇宙空間観測所の概要

回転式のランチャーは、M-Vのものを改修する。イプシロンの打ち上げに対応するため、改修する場所はいくつかあるのだが、大きいのは、傾斜発射から垂直発射に変更となることだろう。そのため、従来はランチャーを海側に傾けていたが、イプシロンでは退避のため、逆側に傾けることになる。

改修後の発射装置。イプシロンではロケットを真上に打ち上げる

イプシロンのランチャーの役割は、アンビリカルを繋げておくこと

また、ロケットの真下に、新たに煙道を設置。燃焼ガスを水平に逃がして、ロケット側に戻ってこないようにした。さらに、ロケットを支える支持台をかさ上げすることで、ロケットを地面から十分離した。こうした対策により、打ち上げ直後の音響環境を緩和することができ、フェアリング内部の衛星にかかる負担を軽減した。

サブスケールの発射台を使った燃焼試験により、音響環境を検証した (C)JAXA

射場の様子で、「劇的に変わる」(森田プロマネ)のは管制室だ。イプシロンで実現するモバイル管制により、ロケットのすぐそばに設置する必要がなくなるので、数kmほど離れた宮原地区のレーダーサイトに、管制室を新設する。設備はパソコン2台、作業も数人で行えるため、建物は簡素なプレハブで十分だとか。

イプシロンは打ち上げ自体を簡素化する。少人数での管制が可能に

管制室は射場の地下から、警戒区域外の安全な場所へ移動する(左下)

イプシロンについては、地元からの期待も高い。M-Vの廃止後、肝付町は「訪れるJAXA関係者や観光客は激減。閉鎖する民宿が出るなど地域経済は落ち込み、町から活気がなくなってしまった」(永野町長)という。「はやぶさ」の帰還のおかげで知名度が高まり、今は活気が戻りつつあるとのことだが、イプシロンの運用開始は追い風となるだろう。

M-Vの廃止後、町は積極的に誘致活動を推進した。右は中学生が作った看板

射場が決まったときには、なんと広報誌の号外まで出したという

永野町長は、宇宙をコンテンツとした「スペースサイエンスタウン」構想について言及。今年はちょうど、内之浦に縁が深い"日本の宇宙開発の父"糸川英夫博士の生誕100年、そして内之浦宇宙空間観測所の開設50周年ということもあり、今後、子供達が"国内留学"できるような仕組みや、企業の誘致を進めていく。

なお、同町にはすでに一般向けのロケット打ち上げ見学所があるが、手狭になっているため、イプシロンの打ち上げにあわせて拡張する予定とのこと。交通の便が良いとは言えない場所であるが、種子島と違い、陸路のみでも行けるので、こちらも観光の候補として検討してはどうだろうか(今年11月10日~11日には記念式典や観測所の一般公開もあり)。

肝付町の「スペースサイエンスタウン」構想。宇宙で町おこしを進める

ロケット打ち上げの見学所(2005年に撮影)。あまり大勢の人は入れない

今後のロードマップ

こうした取り組みによって、イプシロンが目指すのは「使いやすいロケット」だ。使いやすければ、結果として利用者も増える。当面、イプシロンは官需による打ち上げが続くが、民需の取り込みも視野に入れる。

官需としては、500kgクラスの「小型科学衛星(SPRINT)」シリーズの打ち上げがすでに決まっている。初号機の打ち上げは技術実証も兼ねるが、いわゆる"カラ打ち"ではなく、いきなり本番の衛星を搭載する。搭載するのは惑星観測用の宇宙望遠鏡「SPRINT-A(EXCEED)」で、これがSPRINTシリーズの1号機である。打ち上げは2013年8~9月の予定。

ミッションの詳細については省略するが、その次には2号機「SPRINT-B(ERG)」を2015年に打ち上げる。3号機以降は未定だが、SPRINTシリーズの候補としては、ワーキンググループとして多くのプロジェクトが立ち上がっている(一覧についてはコチラを参照)。

小型科学衛星については、宇宙基本計画の中で「5年に3機程度」の打ち上げが定められており、これがまず需要の基本となる。このほか、JAXA内で検討されている宇宙利用や技術実証の小型衛星や、JAXA以外の省庁のニーズも取り込んで、「最低でも年間1機の打ち上げを確保する」(森田プロマネ)考えだ。

これに加え、民間の衛星も打ち上げるとなると、重要になるのがコストだ。イプシロンの打ち上げコストは、初号機は53億円となるものの、定常段階では38億円となる見通し。しかしコストダウンについては引き続き研究開発を進め、2017年度には打ち上げコストを30億円程度にまで下げた"低コスト版"のイプシロンを実現させる計画だ。

イプシロンは小型衛星を安く・早く打ち上げることを目指したロケットであるが、低コスト化とともに、大型化という別の方向性も期待されている。

M-Vの廃止後、日本は小型ロケットのイプシロン、中型ロケットのGX、そして大型ロケットのH-IIA/Bという、3系統のロケットをラインナップする計画であったが、GXは完成の遅れと開発費の増大により計画自体が中止。イプシロンが完成しても、打ち上げ能力には大きな空白が生じる。現状では、本来M-V規模の衛星でもH-IIAを使わざるを得ない。

これについて、まだ国の方針は決まっていないが、森田プロマネは「これは非常に重要なテーマ。現状のまま行くのか、それともイプシロンの大型化でカバーするのかは1つの選択肢になり得る」と言及。「個人的な見解」としつつ、「より大きな科学衛星にも対応できるよう、大型化の検討も進めていきたい」と前向きな姿勢を見せた。

「月刊宇宙開発」とは……筆者・大塚実が勝手に考えた架空の月刊誌。日本や海外の宇宙開発に関する話題を、月刊誌のような専門性の高い記事として伝えていきたいと考えているが、筆者の気分によっては週刊誌的な内容も混じるかもしれない。なお発行ペースについては、筆者もどうなるか知らないので気にしないでいただきたい。