年を取ったせいか、最近スーパーなどで買い物をした後の支払いの計算に手間がかかる。お釣りが表示されて小銭入れから一円玉などを含めて切りのいい小銭を持っている場合だと気持ちがいいが、切りのいいお釣りがなく、仕方なく大きな札で払って入店した時より余計に小銭を持ち帰る羽目になると、何となく敗北感を感じる。

もともと引き算が得意でない私は、五円玉などを巧みに渡して小銭の最小化を図る技などは持ち合わせていない(ちなみに、「足し算文化」のアメリカではこの方法はまったく通用しない。最近はクレジットカード払いなどもあるが、現金の場合、お釣りは払った総額まで手渡しながら足し算するのがアメリカの小売店での流儀であることは、多くの人が海外出張をした時に経験することである)。

日本政府はキャッシュレス決済の普及にやっと本腰を入れ始めたようだが、これは私のような年寄りへの配慮からではないことは明らかだ。日本は先進各国と比較して決定的にキャッシュレス化が遅れている。最近、三菱UFJと三井住友の2大銀行がやっとATMの仕様を統一したというニュースが流れた。2020年に迫った五輪/パラ五輪に備えて政府の動きは急だが、長い間使われてきた現金決済という文化を変えるにはまだまだ時間がかかるように思われる。前置きが長くなったが、今回は以前にも書いたFacebookの仮想通貨「Libra」の最近の状況とそこに見え隠れする世界経済の力学について考えてみたいと思う。

発表から3か月がたった現在のLibraへの評価

Facebookはもともと古代ローマの通貨であった「Libra」を自社が推奨する仮想通貨のブランドとして使用するというかなり大胆な発想で、次世代の金融システムとして満を持してLibraを発表した。その衝撃の発表以来、すでに3か月がたった。その間Libraについては多くの議論がなされている。以前に書いた記事を基にLibraについての簡単なおさらいをしておこう。

  • Libraはブロックチェーンをベースにした仮想通貨で、Facebookが次世代のゴローバルな決済手段として推奨する新たな経済インフラである。
  • ビットコインなどが投機的な対象として普及したのに対し、Libraは安価な決済手段としての通貨となる事を目指している。安定通貨となるために円、ドル、ユーロなどと交換できる仕組みになっている。
  • Libraを管理するのはスイスに設置された独立した管理法人Libra Association(Libra協会)で、Facebookはそれに参加する多くの大手企業の一社としての議決権しか保有しない。

世界中に27憶人の利用者を持つというFacebookが推奨するLibra発表に対する世界の反応は早かった。7月にフランスで開催された主要7か国(G7)の財務相、中央銀行総裁会議においてLibraはトップの議題として取り上げられ、G7各国はLibra規制に向けて枠組みの策定に動き出した。米議会は早速公聴会を開き、FacebookのLibra担当重役に対し多くの質問、提言を行った。現在Libraは米中の貿易戦争と並行して、世界の主要各国の政府、金融関係者が最も注目しているものの1つとなっている。

Libraについての反応は今や単なる各界からの興味/関心のレベルを超えて、先進国の金融システムの中枢を担う人たちにとっての脅威であり、大きな悩みとなっているように見える。

既存の金融システムの擁護者たちのネガティブな反応の主な理由は下記の通りである。

  • 主権国家が運営する中央銀行のような国単位の伝統的な管理機関がない仮想通貨の普及を放っておけば、マネーロンダリング(資金洗浄)や反社会的な商取引などの助長につながる。
  • 景気循環を繰り返す世界経済の動きに介入する中央銀行の金融政策が効果を持たなくなる可能性がある。そもそも、中央銀行の専権事項である紙幣発行の意味がなくなる可能性がある。
  • 経済基盤が脆弱な発展途上国の通貨が簡単にLibraに置き換わってしまう危険性がある。
  • Libra

    Libraは将来通貨として普及するか? (著者所蔵イメージ)

等々、既存の金融機関関係者、経済学者たちは確かに十分な反論を挙げながら警鐘を鳴らしているし、Facebookは当初予定していた2020年の運営開始をひとまず諦めたようであるが、これは単に事態を先延ばししているに過ぎない。サイバー上の動きはリアル社会の動きよりもはるかに速いスピードで変わることは我々皆が実感していることである。

米国vs中国、リアルvsサイバーという対立の構図

私にとって最近大変気になっているのは、米中の貿易戦争と並行して、リアルvsサイバーという構図の対立が加速していて、しかもそれが重なりながらお互いに関係しあって動いている点である。

米国も中国も主権国家としては世界経済に最大限に影響をかけられる存在であるが、Facebookが抱える国境を越えた27憶人というユーザーベースはこの2大覇権国の人口を合わせても太刀打ちできない巨大な規模である。こうした国境をまたぐユーザーを掌握する経済圏は何もFacebookに限ったことではない。米国ベースの他の巨大プラとフォーマーであるAmazonやGoogleなども大きな経済圏を掌握している。しかもこうした巨大プラットフォーマーは米国ベースに限った存在ではない。中国ベースのBATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)はファーウェイを除いてまだ海外に本格進出していないのでその実力は世界に知られていなかったが、米中の貿易戦争で表面化したのがファーウェイの実力とその影響力の高さである。

  • 中国元

    中国は人民元のデジタル化を急激に進めている

最近ファーウェイは独自OS「Harmony OS」を発表した。米中の貿易戦争という地政学的リスクの影響をまともに受けたファーウェイが、中国企業としての立場をはっきりさせたともとらえられる。中国はキャッシュレス経済の先進国である。しかも中国政府は自国通貨「人民元」のデジタル化を急激に進めているという。それを使うインフラはBATHがすでに構築済みである。中国はこの経済システムをそっくり低開発国などに移植することも可能である。

FacebookでのLibraの責任者であるデビッド・マーカス氏は、米議会の公聴会でLibraの運用開始を当初の予定である2020年よりも遅らせることを表明したが、最後に「我々がLibraに失敗した場合、価値観が劇的に異なる人々によってデジタル通貨が支配されることになるだろう」、と発言した。米政府はLibraに対峙するのと同時に中国のデジタル通貨インフラの脅威にも対峙しなければならない。

「思い起こせば、やっぱりあの時が世の中が大きく変わる瞬間だったのかもしれない」、などと10年後に現代を振り返るようなことになるのかもしれない。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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