シリコンバレーに軒を並べる半導体企業にとって汎用CPUでビジネスをすることは大きなステータス・シンボルである。CPU(Central Processing Unit:中央演算装置)はなんといってもコンピュータの頭脳であり、その技術集約性ゆえに多くのエンジニアが新たなアイディアで挑戦を繰り返してきた特別な存在である。

ただし、汎用CPUビジネスの実現には斬新なアイディアだけでは充分ではない。財務的にも大きなリスクを伴うので多少の困難にもへこたれない精神力も必要である。また、いかに優れた技術でも登場のタイミングや市場の状況によって大きく影響を受けるので、成功の運を引き寄せる力も要求される。その困難さゆえに成功の報酬も大きい事もあって、CPUビジネスは半導体エンジニア・起業家たちの夢と言っても過言ではない。この夢の実現のために多くの挑戦者が現れては去って行った。

  • Athlon

    システムの中央に鎮座するCPUは半導体製品の頂点を極める特別な製品である、これはAMDの初代Athlon (著者所蔵品)

その汎用CPUの中でも常に最高性能を要求される汎用サーバCPUは、半導体技術の頂点を極めたものである。幾多のアーキテクチャーが現れては消えていって、現在ではx86のCPUでしのぎを削るAMDとIntelのみになってしまった。そこへ新たな挑戦者としてNVIDIAが名乗りを上げた。最近、CEOのJensen Huang自らがGTC 21の基調講演で発表した高性能サーバCPU「Grace」である。

NVIDIAが満を持して発表したサーバCPU「Grace」の今後のシナリオ

NVIDIAの年次イベントであるGTC 21で、CEOのJensen Huang自らが基調講演で発表したGraceはデータセンター向けの高性能サーバCPUで、広帯域のメモリーバンド幅でx86アーキテクチャーCPUのI/Oボトルネックを解消し、大きな性能向上を図るという。

イベントでは、GPUとセットにしたプリント基板が紹介されたが、かなり大ぶりなチップである。2023年に稼働予定の米国ロスアラモスとスイスのスパコンが早々に採用を表明した。このスケジュールを見ると、完成したチップレベルの製品は2022年中には出荷されると考えられるので、Graceはかなり現実味を帯びてきている。

NVIDIAがソフトバンクから買収を発表した英国Armのコアを使ったGraceは、買収の発表時期から考えると驚異的なスピードで設計されたはずで、「NVIDIAお見事!!」と喝采を送りたい気持ちだが、今後AMD/Intel/NVIDIA三つ巴のサーバCPU競争になるかどうかはまだわからない。不確定要素がいくつかあり、今後のシナリオがいくつか想像される。

  • 米中の技術覇権競争が激化する中、米国は中国へのスパコンの重要部品の輸出に規制をかけている。対する中国当局は、世界企業の半導体分野での大型買収について目を光らせており、NVIDIAによるArmの買収についての中国当局の承認は長引くか、買収そのものが成立しなくなる可能性もある。過去にもQualcomm/NXPやAMAT/Kokusaiの買収が頓挫したケースが実際にあった。
  • IntelはPat GelsingerがCEOとして復帰した後、IDM2.0に大きく方向転換をした。先端プロセスで先頭を疾駆するTSMCに追い付くことができれば、NVIDIAのGraceのファウンドリとなるかもしれない。あるいはすでに取り込んだAlteraのFPGA技術を生かし、さらに強力なアクセラレーターを開発しているかもしれない。一方、AMDもXilinxの技術を取り込んだアクセラレーターの開発を始めているだろう(こちらも中国当局の承認待ちとなるが)。すでにサーバCPUのメジャーブランドとして確立されているこの2社が強力な壁として立ちはだかることは明らかである。
  • 世界のトップを行く2つのスパコンがすでに採用を決めたことは、Graceがかなりの実力を持っていることの証だが、AMD/Intelのサーバビジネスの牙城である企業IT市場に参入できるかはまだわからない。Microsoftの出方が注目される。

どちらにしても、今後のサーバCPU市場はNVIDIA、AMD、Intel、TSMCといった技術リーダーが熾烈な競争を繰り広げることが予想される。

AMD64を実装したOpteronでサーバ市場に本格参入したAMD

企業IT市場は大きなもうけが見込まれる巨大マーケットであるが、一旦標準となった技術の向こうを張って割って入るにはかなり参入障壁が高い市場である。

AMDは2003年に発表したAMD64を実装したOpteronでサーバCPU市場に本格参入した。その後はAMD/Intelの技術競争によって優れた新製品が次々と投入された。こうした自由な技術競争で最も利益を受けるのは企業ユーザーである。

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    AMD64を実装したOpteronはAMDのサーバ市場での確固たるポジションを打ち立てた。写真はデュアルコアOpteron 880/885を搭載した東京工業大学のスパコン「TSUBAME 1.0」のモジュール (編集部撮影)

AMDが参入障壁のハードルが最も高いとされるサーバCPUに参入できたのには下記のようないくつかの理由がある。

  • Intelがクローズドな64ビット・ソリューションであるIA-64をごり押ししようとしたので、IT業界でのユーザーからの支持が得られなかった。それに加え、IA-64を実装したCPU「Itanium」の開発がうまくいかず、投入時期が大きく遅れた。AMDはこのIntelの停滞の間隙を見事に突いた。
  • AMDはK7コアのAthlonで(Intel互換ではない)パソコンCPU市場に参入を果たした後、サーバ市場ではx86の64ビット版AMD64を提唱し、それを実装したOpteronをタイムリーに市場投入した。これにLinuxベースのHPC/スパコンのハイエンドユーザーが敏感に反応し、こぞってOpteronの採用を決めた。
  • 企業サーバー用の標準OSの市場を支配していたMicrosoftもこの現状に間もなく反応しAMD64の全面支持に回った。この結果IntelはIA-64を断念し、AMD64を採用せざるを得なくなった。

そのころAMDに在籍していた私にとって、Opteronを売り込むのは比較的容易でしかも充実感の大きい仕事であった。「市場を味方につけた優れた技術は、放っておいても売れるものだ」、ということを経験できたことは貴重なことだったと思っている。

NVIDIAは汎用GPUをAIアプリケーションのアクセラレーターとして使用する分野をいち早く開拓した。しかも、GPUというハードをサポートするソフトウェアの資産に一日の長がある。また、現在までに培ったハイエンド・サーバビジネスのノウハウと顧客との関係は今後も十分に生かすことができる。Armの省電力性とスケーラブルなアーキテクチャーの特性が充分に生かされたGraceは今後投入されるNVIDIAのCPU製品の初代製品であり、NVIDIAは後続製品を急ピッチで開発していると思われ、今後の展開が非常に楽しみである。