私が30年にわたる半導体業界での経験の中で見聞きした業界用語とそれにまつわる思い出を絡ませたコラムをしばらく続けている。これはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。今回はマーケティングに関するものとして「Corporate Marketing」を取り上げてみたい。なお、これらはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。

Corporate Marketingの仕事内容とその実際

私は1986年、日本AMDにマーケッターとして入社した。ちょうど30才になる手前の時期だった。AMDの日本支社での採用ではあるが、直接には本社のCorporate Marketing本部と言うグループに所属していて、直属の上司も米国本社のアメリカ人である。

AMDに入社したての頃の私は、まさかその後に結局24年も務めることになるとはつゆにも思ってはいなかった。しかし今から考えると私の最初の仕事がCorporate Marketingの一員であったというのは非常に幸運であったと思う。というのもCorporate Marketingとは本社管理部門の一部で、各国に散らばる私のような部員は本社とFieldのつなぎ役を果たす役割を持っていて、本社の動きについての情報が真っ先に入ってくる部門だからである。しかもその役割上CEOも含め、本社各部門幹部とも直接面識を持つようになる。この経験はAMDという強烈な個性を持つ会社とその企業文化を知る上で大変に役立った。

通常"マーケティング"と言われる活動のほとんどが製品を中心にしたプロモーションであるのに対し、Corporate Marketingはその対象を会社全体としている。Corporate Marketing部の仕事内容とその実際は、私の経験からいうと以下のようなものである。

  • 企業ブランドの明確化とブランドの社内・社外へのコミュニケーションについてのすべての責任を負う。
  • その伝達方法はプレスリリース、Webでのメッセージング、従業員あての社内メッセージ、社内/社外イベントなどの企画と実施。
  • 部門名としては、広報、宣伝、社内広報などがこれに含まれる。

とにかくコミュニケーション活動の全てにかかわる仕事であるから、小さい所帯ながらそこで働く人間はメッセージ性が強い文章をタイムリーに作成・発信するプロの集団である。

私がAMD勤務中に会った人々には印象的な人物はたくさんいたが、その中でもAMD本社広報部長のジョン・グリーネーゲルは非常に興味深い人物で、いろいろな経験をさせてもらった。広報部長の職にありながら、自らがAMDのCEOジェリー・サンダースお気に入りのお抱えスピーチライターで、新製品発表、企業買収、Intelとの裁判結果などビジネスでの大きな節目になるイベントの際には、サンダース自身の言葉を対外発表用に素早く加工する術にたけていて、まさに言葉の魔術師であった。

彼がよく言っていたのは、「俺はジェリーのどんな突飛な発言でも一枚の白紙とペンを渡してくれたら15分で立派なプレスリリースに仕立て上げることができる」、と豪語していた。私が米国出張の折には必ず会いに行くレギュラーメンバーの一人であったが、非常にユーモアのセンスにたけた人でもあり、いつも奇妙な置物を部屋の中いっぱいに置いていて人を驚かして喜んでいた。ある時などは、すすめられた椅子の上にとぐろを巻いた作り物の大蛇が置いてあったので、私が「いつもの手だな」といって簡単にどけるとその下にはこれもとぐろを巻いたリアルな人糞の置物が置いてあって、さすがの私も思わず声を上げてしまった。

その後は、東京のかっぱ橋に売っているレストラン・ディスプレー用のスパゲッティーなどを土産にもっていくと子供のように喜んでいたのを思い出す。そんなジョンでも、仕事モードになると豹変する。いつもの米国出張での面会の途中で秘書が部屋に入ってきて耳打ちすると、きりっとした表情に変わり、「悪いが今日はこれで中断だ、ジェリー御大がお呼びだ。今度は何があったんだろう」、などと言ってそそくさと部屋を出ていったことが何度かある。そんな時の翌日には決まってAMD発信の大きなニュースが新聞に掲載されていた。

  • AMD

    1986年当時のAMDの本社ビル (出典:「THE SPIRIT OF ADVANCED MICRO DEVICES」)

思い出に残る数々の大発表と社内コミュニケーションの重要性

シリコンバレーの常として、私がAMDに勤務した24年間にも、4半期ごとの定期的な業績発表の他にも大きな発表が相次いだ。K6、K7、K8などの新製品の発表、インテルとの終わりのない法廷闘争とその勝敗、大きなリストラの発表、大規模な買収の発表など枚挙にいとまがない。

私はCorporate Marketing部門にいたので、Fieldでは常にこれらのニュースを真っ先に知る立場にいていつもハラハラさせられたが、社外向けの発表文の準備と同じくらい重要だと感じたのは社内コミュニケーションである。

会社の浮沈を決定付けるようなインパクトのある発表を行う場合には対外的メッセージは大変に重要であるが、従業員に対する会社トップからの社内メッセージはそれ以上に重要であると言えよう。昨今はビジネスの動きが目まぐるしく、従業員が自社の重要な発表を外部の報道で知ったなどという例が少なからずあるが、大掛かりな企業買収などのケースでは対外メッセージよりはむしろ従業員向けの社内メッセージの方が重要な要件であると思う。と言うのも、その企業買収の成功は買う会社・買われる会社、両社の従業員の同期をいかにとるかが重要な要件となるからである。そこで思い出すのがAMDによるカナダのグラフィックチップのブランドATI社の買収である。

  • AMD/ATIの合併イメージ

    AMD/ATIの合併は半導体ビジネスでは珍しい成功例と言われている (著者所蔵イメージ)

後から聞いた話によると、CPUでIntelと対峙するAMDがグラフィックス技術の重要性をいち早く察知し、合併相手として真っ先に話を持ちかけたのはNVIDIAであったが、誰が統合会社のCEOとなるかで合意に至らず、結局AMDはATIとの合併を決定したが、合併発表後の両社の統合プロセスは見事であった。

ここで大きな役割を果たしたのが社内コミュニケーションのチームである。資本比率ではAMDがATIを「吸収合併」するという形であったが、両社の幹部はあくまでも「対等合併」のスタンスにこだわった。社内コミュニケーションのチームは合併の標語として「OGT:One Great Team」というテーマを全面的に打ち出し、「企業統合によって両社の従業員が対等な形で1つの強力なチームとなって巨大企業Intelに対抗するのだ」というはっきりとしたメッセージを徹底的に伝えた。エンジニアリング、工場、営業、マーケティング、管理部門などの全社部門にわたる統合作業は1年以上にわたったが、OGTのテーマは隅々まで徹底されていて、結果的にこの企業統合は大成功であった。ATI社の企業ブランドは消えたが、Radeonブランドは今でも健在で、ATI社の技術をAMDが効果的に取り込むことによって、AMDが巨大企業Intelに真の意味で対峙する存在となったことは皆様もよくご存じのことであると思う。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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