私が30年にわたる半導体業界での経験の中で見聞きした業界用語とそれにまつわる思い出を絡ませたコラムをしばらく続けている。これはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。今回はマーケティングに関するものとして「マーケッター」を取り上げてみたい。なお、これらはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。

1986年にマーケッターとしてAMDに入社した私

私は30歳になるちょっと前の1986年に日本AMDに「マーケッター」として入社した。今だから白状するが、私はAMDに入社するまで正式なマーケティングの教育などは持ち合わせていなかったので「マーケッター」とは到底言えないだろう。

正式な職名はMarketing Serivice Managerであった。「Marketing Service」という名称は今ではあまり聞かない職種だが今風に言えば「Corporate Marketing」である。

1986年にAMDに入社してから結局30年以上も半導体業界で働くことになったが、入社したてのころは外資系企業の経験を含めて、何もかも新しい事の連続であった。そもそものAMD入社の際の最終入社面接がシリコンバレーのAMD本社で行われたのを皮切りに、その後おそらくトータルで100回近くは米国を訪れたと思う。

参考:巨人Intelに挑め! - 自作PCユーザーを歓喜させたK6シリーズ 第4回 [番外編]海外出張の思い出 - 採用面接最終日はUS本社だった

その数々の経験で、常に中心にあったのはマーケティングであった。営業職もたくさん経験したが、私の思考回路は本来マーケティング的であるのだと思うが、ずぶの素人だった私にいろいろな刺激を与えてくれたのは、AMDで出会った数々の個性的で高い才能を持ったいつもやる気満々のマーケッター達であった。

  • AMD

    1986年当時のAMDの本社ビル (出典:「THE SPIRIT OF ADVANCED MICRO DEVICES」)

マーケティングの各分野とその特徴

技術集約的な半導体業界のマーケティングは他の業界(特に消費財業界などの花形マーケティングなど)と比較すればかなり特殊なものであるとよく言われる。

結局、私は半導体以外の業界での経験を得られなかったのでその違いは分からないが、基本的な考え方とその仕組みは同じなのではないだろうか。

半導体業界では、一言に「マーケティング」と言ってもその種類と責任分野は各々異なっており、その分野で成功するためにはマーケッターとしての適正と専門的な知識が要求されるが、私の場合はほとんどが仕事をやるうちに身に付けたものである。AMDで出会った数々のマーケッターとその責任範囲をざっと並べただけでも下記のようなものがある。

  • Corporate Marketing(あるいはCorporate Communication):日本語で言えば広報・宣伝などの部門で本社機能に属し、事業部・製品部門・工場などを横断的にカバーしながら会社から外部への全体的なメッセージ・企業ブランドについてのすべてに責任を持つ。会社トップから全世界の従業員へ向けての重要な社内メッセージ等の取り次ぎも行う。この部門で要求される資質は「異なる立場の対象人に対して会社が伝えたいメッセージをいかに正確に、迅速に伝えるか」という能力である。これはやってみると意外に難しく、最初の頃は私は一方的に言い放つことで自己満足していて後になって痛い目にあったことが何度かある。
  • Product Marketing:各事業部において製品のマーケティングについて世界市場における担当製品ブランドのポジショニング、ロードマップ、価格・シェアなどに対する責任、競合他社への対応、次期製品開発への助言などが含まれる。マーケッターとしては本流の花形ポジションであり、この部門ではMBAはほとんど必須条件である。US以外の国々からも文化の違いを超えて多くの才能が集まるが、全員がMBA特有の共通の言い回しを心得ていて、プレゼンなどをやらせるとまさに「立て板に水」である。AMDの場合には近くにスタンフォード大学やUCLAなどの名門校がひしめいているので私が会った人々はかなり優秀であったと思う。
  • Business Marketing:世界中の営業部門に一番近い本社機能で、Sales Operationとも言う。各顧客、チャネル別の価格の管理、製造キャパシティーと出荷数の調整、全社の営業目標達成のための期末の方策と在庫管理、グレーマーケットへの対応などが含まれている。この部門は毎日目まぐるしく変化する市場環境に対応するために世界各地域の時間帯を超えて四六時中世界の営業からのリクエストを受けるので、かなりの体力と集中力を要求されるポジションである。私の経験ではなぜかこの部門には軍出身の人が多かったように思う。上意下達が徹底されていて、その行動パターンが軍組織に似ているからであろう。営業にとっては価格・出荷数を握っている本社の有力者として映る。売り上げ目標達成のためには多少手荒なことをするのもいとわない。
  • Strategic Marketing:上記のBusiness Marketingが四半期ごとに行動が完結するのに対し、こちらは3年先、あるいはその先までを見越した中長期的なタイムスパンで戦略的に市場に向き合う。製品・技術開発の方向性についてもかなり先までの状況を視野に入れていて、場合によっては他企業・技術などの買収などについての会社幹部への提案なども含んでいる。この部門の人たちは沈思黙考型の人たちが多く、立場的にはFieldから一番遠い存在であるが、仲良くなっているといろいろな将来的な計画についてもちらっと教えてくれるので大変に勉強になる人たちである。

Fieldにいるとこれらのそれぞれに異なったMarketingの人間とやり取りをすることになるのでやりようによっては大変に勉強になり、自身の視野を広げることに大いに役立つ。本社からFieldに派遣されて来るマーケッターもいるし、その逆にFieldから本社部門に長期出張する者もいて、これはお互いの立場とその状況を相互理解するためには大変に良いプログラムである。グローバル企業では本社対Fieldの立場の違いに加えて、大きな文化の違いが存在することが前提になっている。ともあれ、各部門が相互理解を深めることはどのような場合でも共通目標の全社的な達成にとって非常に重要なポイントである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

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