私が30年にわたる半導体業界での経験の中で見聞きした業界用語とそれにまつわる思い出を絡ませたコラムをしばらく続けている。これはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。今回は営業に関するものとして、「Sandbagging(サンドバッグする)」を取り上げてみたい。なお、これらはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。

Forecastにおける営業のテクニック、秘儀「Sandbagging」

Forecast(売り上げ見込み)と売り上げの数字は営業にとっては最重要な数字でその営業の昇進/進退にも直結するものであるが、その作り方にはいくつかテクニックがある。

正直な話、私自身は長い営業経験の中でForecastについて得意だと思ったことはなかった。しかし非常に巧みな営業はいろいろなテクニックを持っていていろいろと勉強させられた。その時の局面にも拠るがForecastに求められる要件とは以下のものである。

  • 数字は大きい方がいいが実現可能なものでなければならない。一番高く評価されるのは大きなフォーキャストを出してそれを超える売り上げを達成することだが、そんなに世の中は甘くない。やるといった数字をきちんと達成するのが優れた営業である。
  • 期末直前に数字を大きく変えると大事になるので、変えるのであれば期の中で徐々にそこはかとなくやる。必ず理由を聞かれるのであらかじめ準備しておく。
  • 期末になって営業Forecastにどうしても届かない状況が予想される場合、値段を下げてでも無理やり押し込みをする。来期の在庫の問題は来期に考えればよい。

AMDでForecastを本社と議論する局面は毎日のようにあったが、その時によく聞いたのは「Sandbag(サンドバッグ)」という言葉だ。

AMDの営業マンの給料体系は四半期ごとの売り上げ達成ボーナス部分が非常に大きく、その達成率次第では基本給の何倍かの給料が支払われるケースもあった。営業の腕一本で管理部の副社長連中よりも多くのキャッシュを手にする猛者もたくさんいた。そうした営業の中にはForecastのテクニックに非常に長けている者も多かった。

「Sandbagging(サンドバッグする)」というのはその四半期の達成率が非常に低く予想される場合に、その期は諦めて次の期に大きく儲けようとして恣意的にその期のオーダーを次の期の出荷に変えることである。もちろん、これをやるにはお客の同意も必要で、その場合はお客を「抱きこんで」やる必要がある。自身の年間手取りを最大化するための古典的な手法である。この手法では各期の売り上げの高低が大きく出る典型的なパターンを繰り返すことになる。結局、本社営業統括VPにはバレてしまい、「サンドバッグはやめろ。隠しているオーダーを全部出せ」などと詰め寄られてしまう。営業VPまで上り詰めた人たちは自身でこういったテクニックをよく経験しているので仕方がない。

ただ、私にはこの「Sandbagging」の語源についてはついにわからずじまいだった。

王道の営業姿勢、ジェリー・サンダース

AMDの創業者ジェリー・サンダースは、半導体業界では「天才的セールスマン」と呼ばれた有名人であった。

営業マインドが高い会社なのでAMDには大変に優秀な営業マンがたくさんいて、それだけに営業に求める資質はかなり高いレベルだった。選り抜きのトップセールスマン達はいつもビシッとしたスーツに身を包み、かっこいい車を乗り回していた。

AMDの社史を眺めていてAMDの古い広告を見つけた。「この営業マンはあなたの問題を解決するのではなく、自分の問題を解決しようとしているのでは? - AMDにはそんな営業マンはいません」というメッセージだが、四半期前にクモの巣が張ったような古いパーツを無理やり買わせようといかにも安っぽそうなスーツを着た営業マンがにやけているこの広告に私は思わず吹き出してしまった。

サンダースが常日頃口にしていた、「お客の成功が我々の成功である」というAMDの企業精神をうまく表現した広告である。営業マンが短期的な営業成績にのみに注目するあまり、その期をうまく乗り切れればそれでよいという考えを持っていたのではお客との真の信頼関係は築けない。逆に言えばお客との「真の信頼関係」がなければその営業には長期的な成功も望めない。AMDの創業者サンダース王道の営業姿勢である。

  • 1980年代のAMDの広告

    1980年代のAMDの広告 (著者所蔵イメージ)