10月8日、鉄道の自動運転に向けて注目すべきニュースが2つ報道された。ひとつはJR東日本、もうひとつはJR九州だった。ついにJRが自動運転へ動き出す。ただし、自動運転と言っても無人運転ではない。運転士または安全要員として乗務員は添乗する。

  • 常磐線(各駅停車)綾瀬~取手間へのATO(自動列車運転装置)導入は2020年度末の予定

JR東日本はこの日、常磐線各駅停車でATO(Automatic Train Operation : 自動列車運転装置)を2020年度末から導入すると発表した。これにより、綾瀬~取手間で運転の自動化が進むことになる。ただし、報道資料に「無人運転」の文字はない。運転席には乗務員が座り、発車時にスイッチオン、そこから次の駅の停車までが自動化される。

車やバスの自動運転はここ数年で実用化されつつあり、話題にもなっているけれど、鉄道の自動運転そのものは珍しくない。日本では1960(昭和35)年に名古屋市営地下鉄で、1962年に営団地下鉄(現・東京メトロ)日比谷線で試験運行が行われたという。本格的な全列車自動運転は1976年開業の札幌市営地下鉄東西線から。後に手動運転に戻っているものの、各地で自動運転を採用するきっかけとなった。つまり、自動運転は試験運行から約60年、本格導入から40年以上の歴史がある。

現在、ATOは全国の地下鉄や新交通システムを中心に、つくばエクスプレスなどの鉄道路線も採用している。しかし、いままでJR各社の路線では採用されておらず、山手線で自動運転の構想が報じられた程度だった。その理由のひとつが踏切だといわれている。地下鉄や新交通システムの大半の路線は踏切がなく、軌道もトンネルや高架で隔離され、管理しやすい。つくばエクスプレスも全区間で地下化・高架化されている。

山手線では昨年末から年明けにかけて、深夜の時間帯に高性能なATOによる走行実験が行われている。今回、本格的な自動運転に向け、常磐線各駅停車にATOが導入される理由としては、踏切がないこと、各駅停車のみでダイヤを管理しやすいことなどが考えられる。相互直通運転を行っている東京メトロ千代田線もATOを採用しており、すでに全列車にATO装置が搭載されていることも理由に挙げられるだろう。

なお、JR東日本の報道資料には「ATO導入後に整備するホームドアにより、さらなる輸送の安全・安定性向上を図ります」とあり、ホームドアを採用しているかどうかは問わなかったようだ。新交通システムではホームドアが当たり前になっているけれど、本格採用は1981年のポートライナーから。自動運転のほうが先に普及している。

自動運転の列車は、運転士が発車ボタンを押し、あとは運行を監視し、非常時に緊急レーキをかける。常磐線各駅停車では車掌も乗務すると思われる。なにしろ列車は10両編成。運転士だけでは見通しが悪く、車掌も乗務して安全確認を行う必要はあるだろう。いずれにしても、鉄道業界ですでに実用化され、定評のあるATOの導入区間が東京メトロ千代田線から常磐線各駅停車に延長されるだけと考えれば、心配には及ばない。

また、山手線や大手私鉄の路線ですでにTASC(Train Automatic Stop-position Controller : 定位置停止装置)も採用されており、駅での停車も自動化されつつある。これはホームドアのある場所へ確実に乗降扉を合わせるためのシステムだけれど、実質的には停止のみ自動運転する装置といえる。

■JR九州「自動運転」初採用路線は筑肥線か

JR九州の「自動運転」については、公式発表ではなく、西日本新聞の報道で明らかにされた。10月8日付の記事「JR九州 自動運転実用化 踏切あり、ホームドアなし 全国初年度内にも」によると、福岡県内の路線で実証実験を始め、今年度中にも実用化したいという。JR九州は「中期経営計画 2019-2021」の中で、「IoT技術を活用した省力化と安全性の向上」「自動運転の実現」「新列車制御システムの導入」「運行管理のAI化」などを挙げており、着々と準備を進めていたようだ。

報道では、自動運転を導入する具体的な路線名が挙げられていなかった。しかし、筆者は筑肥線で間違いないのではないかと予想している。JR東日本が東京メトロ千代田線の延長にある常磐線各駅停車を選んだ条件と照らし合わせると、筑肥線は福岡市地下鉄空港線と相互直通運転を実施しており、空港線はすでにATOを導入済み。空港線に乗り入れるJR九州の303系・305系もATO機器を搭載済みとなっている。

  • 筑肥線を走行する305系。福岡市地下鉄空港線にも乗り入れる

特筆すべき点として、筑肥線には踏切があるけれど、乗務員が前方確認するから踏切事故の対策もできるということだろうか。踏切事故については、京急電鉄の神奈川新町駅で9月5日、踏切センサーなどの安全装置や職員の障害対策手順が正しく作動していたにもかかわらず、トラックと電車が衝突した事故が記憶に新しい。この事故では障害検知から非常ブレーキまでを自動化すべきとの声も多かった。

筑肥線に「自動運転」が導入され、その後も無事故で推移すれば、あるいは事故を未然に防いだとすれば、今後、1カ所だけ踏切がある山手線をはじめ、多くの鉄道路線で自動運転の実用化が進むのではないかと考える。

■鉄道ファンとして喜べない事情も…

鉄道事業者が無人運転に期待することとして、おもに「安全性向上」と「人件費削減」の2つが挙げられるだろう。

安全性としては、ヒューマンエラーの防止がある。人間はどうしても間違いを起こす。あらゆる安全対策が「人は間違える」という前提で作られている。人ではなく、AIが作業すれば、ヒューマンエラーはなくなる。ただし、人にしかできない細かい作業はまだできないし、利用者に妥協を強いるかもしれない。運転士100人のうち1人しか間違わないようなミスでも、AIの場合は同じプログラムを100台に導入するものと思われ、ひとつのプログラムミスですべての作業を間違えてしまうおそれもある。

人件費削減は「運転士が不要になる」と考えればわかりやすいけれど、実際はそれほど単純ではない。運転士はいなくても、無人運転のハードルは高い。保安要員としての乗務員は必要になる。いまのところ、削減できるコストといえば運転士養成にかかる費用くらいだろうし、人間を相手とする車掌は人間が担当したほうがいいと筆者は思う。

ところで、自動運転の普及は鉄道ファンにとって良いことだろうか。未来感があってワクワクするし、自動運転がもっと進歩して運転席が無人になれば、前面展望を心置きなく楽しめるようになる。

一方、運転台の後ろにかぶりついて、運転士のハンドルさばきを見たい人にとっては残念に思われるかもしれない。『電車でGO!』のイメトレもできなくなる。ただし、運転士の中には「かぶりつき」を好まない人もいらっしゃるはず。それは普段、私たちが仕事中にパソコンの画面をのぞき見られる気持ち悪さを考えれば、当然の感覚だろう。

将来、電車の運転士になりたいと思っている人がいれば、憧れの職業なのにやがて失職するか、運転士という職業そのものがなくなってしまうことも考えられる。これも残念ではあるけれど、運転士に必要な資格を取らなくても、「乗務員」として運転台に座れる機会が増える可能性はある。

JR各社が採用することで、自動運転の普及にどのような影響を与えるだろうか。その評価はまだまだ先の話だ。私たちは鉄道の自動運転史の証人として、ワクワクハラハラしつつ見守るとしよう。