天皇、皇后両陛下は3月26日、奈良県橿原市の神武天皇山陵を参拝された。天皇陛下が奈良や伊勢を訪問される際は近鉄の特急車両にご乗車される機会が多く、今回も近鉄の最上級車両「しまかぜ」(50000系)がお召し列車として京都~橿原神宮前間を走った。TwitterやYouTubeなどで、当日の写真や動画が投稿されている。

  • 近鉄京都線を走る観光特急「しまかぜ」(写真:マイナビニュース)

    近鉄京都線を走る観光特急「しまかぜ」(50000系)

天皇陛下の神武天皇山陵参拝は退位の礼に関する儀式「親謁の儀(しんえつのぎ)」によるもの。「親謁」とは、天皇が自ら参拝するという意味がある。橿原神宮の北側にある神武天皇山陵は初代天皇である神武天皇の墓で、天皇陛下が自ら退位を報告された。天皇の退位は1817年の光格天皇(退位後は光格上皇)以来、202年ぶりとのこと。

天皇の退位については、明治時代に制定された旧皇室典範において伊藤博文が譲位と太上天皇の規定を廃止し、戦後の皇室典範にも継承された。したがって、天皇は崩御されるまで退位されない。しかし今上天皇が退位を望まれたため、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が定められ、4月30日に今上天皇の退位、5月1日に皇太子徳仁親王の即位が決まった。即位の際に行われる親謁の儀は退位についても行われる。

先日の新元号「令和」の発表においても、その意味が報じられる際は明るく、新たな希望を感じさせた。「平成」の発表時は昭和天皇崩御が報じられた直後だから、厳粛で重々しい雰囲気だったように記憶している。今上天皇の退位のご要望は、公務と体力の問題だけでなく、国民が新元号、新時代を晴れやかに迎えられるようにというお気持ちだったかもしれない。鉄道ファンとしては、お召し列車の運行機会が増えたことも注目に値する。

近鉄のお召し列車の歴史は古い。沿線に天皇ゆかりの地が多いためだ。白川淳著『御召列車 知られざる皇室専用列車の魅力』によると、近鉄の前身、参宮急行電鉄は1940(昭和15)年に貴賓車「サ2600」を新造したという。玉座席を中央に置き、御供用の座席が20ある。形式名の「2600」は皇紀2600年にちなむ。実質的には長距離優等列車用に作られた2200系の流れを汲む付随車で、運用される際も2200系に挟まれる形で走った。

「サ2600」は皇紀2600年の記念行事で実際に使われたけれども、稼働機会は少なかったようだ。大切に扱われ、戦時中は三重県多気郡明和町の明星車庫(現・明星検車区)で疎開して温存されたものの、1952年に特急列車用の車両へ改造されている。これ以降、近鉄のお召し列車は特急列車用の車両が使われている。観光特急「しまかぜ」は2014年3月からお召し列車に起用され、現在に至る。

「しまかぜ」は2013年にデビューした。同年の伊勢神宮式年遷宮で観光需要が増大することから、従来の近鉄特急だけでなく、新たな旅を提供する目的で製作されている。構想の発表は2009年。JR九州が「SL人吉」「海幸山幸」、南海電鉄が「天空」を発表した年で、観光列車ブームの先駆けとも言える存在だった。2011年5月には、JR九州が「ななつ星 in 九州」の構想や詳細を発表し、同年7月に近鉄も「新型観光特急」の車両イラストなどの詳細を発表。豪華列車時代の幕開けを予感させた。

使用車両の近鉄50000系は6両編成で、先頭車の1・6号車はハイデッカーの展望車。隣の2・5号車はハイデッカーではないけれども、座席は1・6号車と同じプレミアムシートが採用されている。プレミアムシートは3列配置の大型座席で、表皮に本革を使用するほか、背もたれにエアクッションを採用。腰部を調整するランバーサポート機能、電動レッグレストも装備する。座席間隔は1,250mmで、JRのグリーン車よりも広々としている。JR東日本のハイグレード車両E655系「和(なごみ)」に通じる豪華装備だ。ネット上に投稿された写真を見ると、行幸啓では2号車または5号車が御料車として使われたようだ。

近鉄「しまかぜ」に限らず、お召し列車は鉄道ファンにとって珍しい被写体となり、沿線には多くのアマチュアカメラマンらが待ち構える。さらに、お召し列車を歓迎しようと、沿線の人々も大勢訪れる。なぜお召し列車の運行がわかるかというと、官報で行幸啓(天皇、皇后両陛下がご一緒に外出されること)が告知されるからだ。

日程は簡素に紹介されるのみにとどまり、実際に乗る路線や時刻の詳細までは記されていない。しかし、鉄道ファンは前例などをもとに、おおよその時刻を推理する。鉄道会社のダイヤ変更情報、自治体による道路や駅前の交通規制の公開も参考になる。両陛下が近鉄をご利用される場合、当日が「しまかぜ」の定期的な運休日と重なっていれば、ほぼ間違いなく「しまかぜ」をお召し列車に使用すると見極められる。

  • 観光特急「しまかぜ」は大阪難波駅・京都駅・近鉄名古屋駅からそれぞれ伊勢方面へ運行されている

今上天皇の退位は特別なことで、宮内庁の公式サイトにて関連行事の一覧が公開されている。4月18日には伊勢神宮で「親謁の儀」が予定されており、その前後にお召し列車が走るとみられる。これが平成最後の「しまかぜ」お召し列車となるかもしれない。