東武鉄道「SL大樹」が8月10日に運行開始1周年を迎えた。他の列車なら「もう1年が経ったのか」と思うだけだろう。しかし「SL大樹」は不具合による運休も多く、「1年間、なんとか走り続けたなあ、頑張ったなあ」とも思う。故障と闘った関係者と、がっかりしても諦めずに乗ってくれた乗客たちが「二人三脚」で支えた1年だった。

  • 「SL大樹」が運行開始1周年を迎えた(写真は2017年6月の報道公開で撮影)

筆者は残念ながら「SL大樹」のイベントに参加できなかった。タイミングが悪く、1年前の出発式も、今回の1周年イベントにも立ち会えなかった。乗車も雑誌の取材で1往復、しかも試運転のときだけだ。営業運転で乗りたいと思いつつ、1年が過ぎてしまった。だから振り返るとしても、正式運行前の試乗取材と、その後の報道だけが手がかりになる。

試運転は非常に印象深かった。報道関係者向けの試乗会には間に合わないタイミングで、雑誌の取材を申し込んだ。運行開始日以降になると思ったら、期せずして東武鉄道から「試運転へどうぞ」と手配してくださった。この試運転が興味深い。機関車と運転士の練習運転と思っていたら、客車の車内は満席。ただし、乗客のほとんどが東武鉄道グループの社員と家族だった。

なるほど、試運転を兼ねて社員サービスか。東武鉄道は粋(イキ)な会社だなと思った。営業運転が始まると、一般の利用者で連日満員になってしまう。営業運転では東武鉄道の社員よりも一般のお客様を優先したい。ならば試運転で乗ってもらおうという趣向か……。ところが、実際はちょっと違った。

この運行は試運転だった。しかし列車の運行ではなく「サービスの試運転」だ。「SL大樹」の営業開始に先立って、駅員が乗客をきちんと誘導できるか、車掌の立ち回り、車内販売の手順などの練習と確認作業。取材対応。それらのオペレーションをテストするための運行だった。乗客も正しくは「乗客役」であり、同意の上で乗っていたそうだ。

サービスの試運転は運行面でも重要になる。満員の乗客を載せて、その重さを受けて走行練習をするわけだ。乗り心地はどうか、運転士として駅で乗客に対応する場面もある。筆者ら取材チームも、取材を行いつつ乗客役を担い、車掌の案内放送を楽しみ、車内販売を利用した。実践テストなので、ちゃんと物品を購入し、現金をやり取りした。筆者たちが乗った時点で、なにも問題なく、快適な旅ができていた。サービスは完成しており、その日の試運転の仕上げは株主を招待した列車だった。

機関車の整備、車掌車の安全機器搭載、客車の整備などハード面と、営業サービスのソフト面。どちらも慎重に準備を重ねて、1年前の8月10日に「SL大樹」は走り始めた。

しかし、この1年間の道のりは順風満帆というわけにはいかなかった。2017年10月3日付の下野新聞「SL大樹、故障で運休 9月30日~10月1日 7日までの復旧目指す」によると、9月29日夕方の検査でボイラーの空炊きを防止する安全装置とブレーキ関連の空気圧縮機に不具合が見つかったという。

突然の運休だったため、普段は補機として連結しているディーゼル機関車DE10形が客車を牽引して運行し、SL指定席料金は全額払戻しとなった。また、実際には「復旧を目指す」と書かれていた10月7日も運休し、その後も10月20~23日の4日間連続で運休、11月3・11日も運休した。現在もしばしば運休が起きている。

乗客にとっては、楽しみに出かけたにもかかわらず、運休だと知るとがっかりする。憤る乗客も目立ったという。その一方で、「古い機関車だから仕方ない」「維持してくれるだけでもありがたい」と同情する声もあった。

運行1周年を迎えた「SL大樹」は、これからも元気で活躍してほしい。そのために無理な運行をせず、しっかり整備する時間も必要だろう。運転士の体調管理も重要だ。場内で「SLスチーム号」を運行している京都鉄道博物館の場合、公式サイトに「SL運行スタッフの熱中症防止のため、気温が大変高くなる時間帯は、SLスチーム号の運転本数を減らすこともある」と表示している。機関車も運転士も乗客も、体調管理に留意しつつ、末永く楽しみたい。

ところで、おそらく東武鉄道にとって意外な意見もあったようだ。「蒸気機関車の運休も知らせてほしいけど、ディーゼル機関車の代走も知らせてほしかった」「DL大樹ならもう一度乗りに行きたい」などの声があったという。

  • 「SL大樹」に連結されるディーゼル機関車DE10形。蒸気機関車が不具合を起こした際、DE10形が牽引する「DL大樹」として運行されたことも(2017年6月撮影)

じつはディーゼル機関車牽引の客車列車のほうが、鉄道ファンにとって貴重な存在となっている。一般観光客にとっては、蒸気機関車こそお楽しみ。それ以外の列車は珍しくないかもしれない。ただし、いまや蒸気機関車牽引の列車は全国各地にあり、定期的に毎年運行する路線は10を超えている。

しかし、蒸気機関車以外の「機関車が客車を牽く列車」は少ない。電気機関車の列車といえば、JR東日本が高崎地区で「ELみなかみ」「EL碓氷」を運行するほか、大井川鐵道も近年、電気機関車のイベント列車や臨時急行を運行している。ディーゼル機関車が牽引する列車も、寝台特急「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」や急行「はまなす」らが引退した現在、JR東日本の高崎地区で運行する「DLみなかみ」「DL碓氷」があるものの、運行回数は少ない。他にはトロッコ列車などに使われる程度だ。

こうした事情もあり、「DL大樹」は希少なディーゼル機関車の列車として、鉄道ファンの人気を集めている。東武鉄道もそれを承知してか、現在では運行予定表にあらかじめ「DL大樹」を組み込んでいる。蒸気機関車の現役時代を知らない世代の鉄道ファンには、SL列車よりもDL列車のほうが懐かしく感じられるのかもしれない。

ちなみに、期せずしてDL列車にもライバルが現れた。JR東日本が運行する「SLばんえつ物語」において、蒸気機関車の炭水車の車軸に不具合が見つかったことから、今年度は運休に。代替として「DLばんえつ物語」が走ることになった。「DL大樹」も「DLばんえつ物語」も珍しい列車だけど、どちらも蒸気機関車を今後も維持するために誕生した列車だ。趣味的にも楽しく、存在意義のある列車である。

「SL大樹」の1周年は喜ばしい。あわせて「SL大樹」を支えた「DL大樹」も称えたい。9月30日は「DL大樹」の1周年も祝ってあげたいと思う。